第11話 友人たち

お昼頃、約束どおりの時間にキャロルと姫様が我が家へやって来た。

 同性ということと、昔からの幼馴染ということもあり、私の部屋へ案内してサリーを始めとした侍女たちがお茶やケーキを置いてくれた後は三人だけとなった。


「今日は来てくれてありがとうございます、姫様」

「いいえ、私こそ直前に行きたいと申してごめんなさいね」

「いえ、そんな。久しぶりに来てくれて嬉しいです」

「それならよかった」


 ふわり、と微笑む姫様は今日も今日とて可憐で美しい。


「キャロルもありがとう」

「こちらこそ急な訪問なのにありがとうね。エルネスティーネの様子が気になってたのよ?」

「ご、ごめん……」

「ま、いいけど」


 そしてキャロルは早速用意されたミニショートケーキを食べ始めた。まるで自分の家にいるかのようにマイペースだ。

 まぁ、お互いの家に頻繁に行くのであながち間違いではないけど。


「でも驚きました。キャロルだけならともかく、姫様も訪問していいかと連絡が来て。どうしたんですか?」

「ああ、それですね」


 ケーキを食べているキャロルに聞けるはずもなく、向かいにいる姫様に問いかけると姫様がニコッと微笑んだ。


「実は、お茶会の日の様子を聞かれたんです。それで、心配して」

「……え? 聞かれたのですか!!?」

「ふふ、はい」


 クスクスと姫様が愛らしく笑うけどそれどころではない。

 いくら気になっても姫様に聞くなんて…なんて失礼なんだ。お父様か? お父様だな。


「もしや、お父様ですか?」

「あら残念。アルシェンですよ」

「お兄様ーー!!」

「ちなみに、私が来たのもアルシェン様経由」

「お兄様ーーー!!」


 ここにはいないお兄様を呼んで怒りを向ける。まさかお父様ではなくお兄様がそんなことするなんて。しかもキャロルだけならともかく、姫様にまで。やっぱりお兄様は予測できない。


「数日前にお茶会の日の様子を尋ねてきたんです。突然聞いてくるので不思議に思い尋ねると、エルネスティーネが落ち込んでいると聞いて。それで、私から訪問すると提案したんです」

「姫様から……?」

「はい。私がそう提案するとアルシェンも『よろしくお願い致します』と言ったんです。ですから、アルシェンは無罪ですよ」


 クスクスと小さく笑いながら姫様が鈴を転がすような声で話しながら私を見る。


「エルネスティーネ、アルシェンは副団長ほどではありませんが、貴女のことを大切に思い、かわいがっていますよ。それは昔からそうでしょう?」

「それは、そうですけど……」


 確かにお兄様は昔からなんだかんだ私を無下にしなかった。からかわれたらいつも助けてくれたし。

 しかし、お兄様は姫様のお兄様である王子殿下とは関わりはあっても姫様とは関わりがない。だからわざわざ姫様の元へ行って尋ねたとは思わなかった。


「エルネスティーネ、アルシェン様って結構伯爵に似てるわよ」

「お兄様が?」


 ミニショートケーキにミニロールケーキと紅茶ケーキをペロリと食べ終わったキャロルが話に参加してくる。早い。早すぎない?

 ちなみにキャロルは私のお母様のことはおばさまと呼ぶけど、お父様のことを伯爵か副団長と呼ぶ。

 まぁそれはさておいて、お兄様がお父様に似ている? 

 確かに騎士としてならお父様に似ているところはあると思う。士官学校に入るまでお兄様を鍛えたのはお父様だから。

 でも今の話の雰囲気的にそれを指しているとは思えない。


「そうよ。あの鋭い目で昔からエルネスティーネを守ってたし」

「近付くご子息には容赦のない眼光を見せていましたね」

「え、そうなの!?」

「そうよ」

「そうですよ?」


 キャロルと姫様が苦笑しながら「ねー」と笑いあっている。

 え、何それ。知らないんだけど。今の話は本当なの? あの、お兄様が?

 私の気持ちが顔に出ていたのかキャロルが肯定するように頷く。本当なのか。


「いつも夜会では伯爵かアルシェン様と一緒に参加してたでしょう? 言い寄る子息がいないのはあの二人を怖がっているからで、エルネスティーネったら子息にそこそこ人気よ?」

「え、そうなんだ……」

「かわいい系だからね、エルネスティーネって」


 そう言いながら次はモンブランを食べていくキャロルさん。毎回思うけど、胃袋どうなってんだろう。


「まぁ、声をかけたくても娘を溺愛する副団長の殺気が怖いので。アルシェンも無差別、ではありませんがじっと相手を見ますし、せいぜいダンスが限界ですよ」


 バトンタッチして今度は姫様が丁寧に教えてくれる。お、おおう、そうだったんだ……。あまり声かけられないと思ったらそれが原因なのね……。突然の暴露になんて反応したらいいのかわからない。

 それじゃあ、この間のマイク様が言っていた「ツイている」ってもしかして……。


「キャロル、この前の夜会でたくさんの人にダンス申し込まれたのって……」

「いつもと雰囲気変わっていたのもあるけど、あの二人がいないからダンスしやすかったからね。エルネスティーネはまだ婚約者いないし家は裕福だし。あの二人が怖いけどエルネスティーネ自身は聞き役に徹して大人しそうに見えるし」

「な、なるほど。でも私、大人しくないよ?」

「相手はそんなの知らないもの」


 私の疑問にキャロルが答えてくれる。

 だからダンスたくさん申し込まれたのか。納得納得。お父様とお兄様がいないのも理由だったんだ。


「それでお茶会の後を聞きたいのですが、どうしたのですか? 確かあの人に会いに行きましたよね……?」

「そうよね。なんかあったの?」

「うっ……」


 姫様についにそこを突っ込まれた。キャロルもフォークを持つ手を止めて私を見る。

 まだ吹っ切れていないけど、ずっと黙っておきたくない。だって二人は私の片想いを知ってて見守ってくれていたから。

 あの突然の失恋のお知らせから早二週間。失恋直後よりは立ち直り、心も回復している。今なら言えそうだ。


「……長い間応援して頂きましたが、この度、失恋しました」

「「えっ」」


 キャロルと姫様が大きな目を見開いて私を凝視する。

 そんな二人の様子に今度は私が苦笑しながらも、あのお茶会の後に起きた出来事について包み隠さずに話した。

 お茶もケーキも手を付けずにじっと黙って聞いてくれた二人は話し終わったら小さく息を吐いた。


「そんなことが……」

「そうだったんですね……」

「あはは、そうなんだ。自分の間の悪さを呪っちゃった」


 空元気だけど明るく笑う。せっかく来てくれたのに暗い顔を見せるわけにはいかない。


「ラウル様がね……。ラウル様が一番親しくしているのはエルネスティーネと思っていたのに」

「それはお兄様を通じてだよ」

「だとしてもよ。エルネスティーネが参加していない夜会で何回か顔を合わせたことがあるけど、どの令嬢とも一線を引いててとても好きな人がいるように見えなかったのに」


 キャロルが口を尖らせながら呟く。キャロルから見てもそうだったのか。なら、ラウルは隠すのが得意だなと思う。


「だから私もショックだったよ。そんな気配一切していなかったのに、実は好きな人がいます、って」

「まぁ、ラウル様っていつも穏やかだから親しくない私はわからなくても仕方ないけど。エルネスティーネも知らなかったなんてね」

「うん……」


 今でも思い出すと胸が苦しい。

 ラウルの好きな人って誰だろう。

 ラウルのタイプは知らない。だけど、今日の天覧試合で優勝したらその人に告白するつもりなんだ。

 そう思うと再び胸が締め付けられる。もう、ここ二週間で何回もしているのに胸は痛み続けている。

 失恋直後よりかは回復しているけど、完全回復ではない。


「では、もし今日の天覧試合で優勝すればベルベット卿はその方に気持ちを伝えるのですね」

「はい、そのようです」

「……大丈夫よ、ラウル様とは縁がなかっただけで、他にもいい人はたくさんいるわ」


 姫様に返事すると、キャロルが立ち上がって私の隣に座り、肩に手を置いて励ましてくれる。そうだ、ラウル以外にも優しくていい人はいるに決まっている。

 

「ありがとう、キャロル。…だから幸せになってほしいんだ」

「それは、ベルベット卿が優勝しても構わないのですか?」


 姫様が少し驚いたように声をあげる。目も少し見開いている。


「今は辛いですが時間が経てばきっと癒えてくると思うんです。辛いけど、やっぱり好きな人には幸せになってほしいんです」

「……エルネスティーネ!」

「わ。キ、キャロル?」


 キャロルが急にくっついて抱き締めてくれる。なんだこれは。


「新しい恋を探しましょう! ラウル様なんかよりももっといい人を! で、後悔させてやればいいわ!」

「べ、別に後悔はいいんだけど……」

「ダメよ、私の幼馴染を泣かせたんだから!」

「ええっ……?」


 キャロルの態度に困惑していると、姫様も移動して私の隣にそっと席に着いた。


「エルネスティーネ、傷を癒すのはゆっくりでいいと思うんです。無理して忘れようとしても忘れるわけではありません。自分のペースで治していきましょう。……それで癒えたら次に進んでいきましょう?」

「姫様……」

「王宮の夜会は貴公子たちがたくさん参加するのでオススメですよ」


 キャロルと姫様がそれぞれ提案して励ましてくれる。その優しさが胸にしみる。


「……ありがとうございます、姫様、キャロル」


 二人にお礼を言うとニッコリと微笑んでくれた。

 失恋は辛い。だけど、私には優しい家族に侍女、友人たちがいて恵まれているな、と思う。

 そんな二人に気を遣わせたくなくて、いつもどおりに笑って他の話もして時間を過ごした。






 そして天覧試合の優勝者が私の耳にも伝わった。

 此度の天覧試合の優勝者は──ラウルだった。


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