第9話 手紙

 両親とともに食事を摂った翌日、私は部屋の机に向かい合って手紙を書いていた。


 手紙の相手はラウルだ。

 ハンカチはせっかく作ったけど、失恋したのに渡すのもなんか気持ちが複雑なので申し訳ないけど、嘘をつくことにした。

 手紙には体調を崩したためハンカチ作りは遅れていて完成させるのは難しい、と書いて一緒に謝罪の言葉も書いておいた。

 嘘はよくないけど、実際、失恋したショックで今は体調がいいとは言えない。

 まだ回復していないためお見舞いは控えてほしいとも書いておく。優しいラウルなら心配してお見舞いにいこうと考えるのは目に見えている。

 今、ラウルと会ったら辛くて泣いてしまうかもしれないから会いたくない。だからあらかじめ手を打っておく。


 王都にある伯爵邸と王宮内の近衛騎士団寮なら距離が近いこともあり、今日中に送れば明日には届けられるはずだ。

 自分からお礼したいと言ったのにお礼の品作れませんでした、なんて自分勝手なんだと思う。

 でもラウルはきっとこの手紙を見たらそっか、と納得してくれるはずだ。八年間見てきたから簡単に想像ができる。

 ラウルは六日後の天覧試合で優勝を目指している。

 近衛騎士団は士官学校出身の貴族しか入団できず、花形の職だ。

 だからといって王宮と王家を守ることを仕事としているため、能力がない人はいくら大貴族出身でも近衛騎士団には入団できない。

 そのため、入団倍率が高い。

 天覧試合はその高い倍率を勝ち抜いた若手の近衛騎士たちが己の実力を示す場であるため、優勝は勿論、準優勝に入賞した騎士たちは名誉なことだ。

 その中でもやっぱり大人気なのは優勝した近衛騎士だ。

 優勝したら社交界でも噂になるし、婚約者がいない令嬢たちから人気者になる。

 ラウルは優勝を背負って意中の令嬢に告白して婚約を結ぼうとしているんだな、と想像できた。

 ならやっぱりハンカチは渡さない方がいい。意中の人にハンカチを頼んでもらえばいいし、お店で買ってもいい。お店の方が職人さんが丁寧に作っているので長持ちしやすいだろうし。

 私のハンカチは、必要ない。


「あとは……天覧試合は観戦できないと伝えて……」


 ハンカチ作りの際の手紙のやり取りで天覧試合を観戦するのか、と尋ねられて観戦すると答えたけどあの話を聞いたら行く気になれない。

 体調不良と伝えているから、大事をもって休むと書けばきっとわかってくれるだろう。

 お兄様も天覧試合に参加するけど見に来てほしいなんて言っていないからいいと思う。それでも一言お兄様には伝えておくつもりだけど。

 ……天覧試合は三十前の近衛騎士が参加するから優勝は難しいだろう。だけど、だけどもし、優勝したらラウルはきっとどこぞの令嬢と婚約する。

 そうしたらしっかりと距離を置かないと。誤解されるわけにはいかない。私のためにも、ラウルのためにもならないから気を付けないと。

 もう、「親友の妹」だからと仲良くしてはいけない。

「親友の妹」は、もう終わったのだから。


「よし、終わった」


 ラウル宛の手紙が書き終わってほっとする。

 そして今度は新しい紙を手にとる。


「次はキャロルだね」


 私が部屋に引きこもっている間に手紙を送ってきたキャロルにもちゃんと返事書かないと。あの時は返事書けなかったから謝罪の言葉を書いて返事を書いていく。

 あとは天覧試合の観戦をキャロルと行く約束していたから行かないと伝えないと。

 ……キャロルと姫様は私の恋をずっと見守って応援し続けてくれていたから近いうちに伝えないと。ずっと黙っておくのは申し訳ない。近いうちに二人同時に報告しないと。

 そう思いながら黙々と手紙を書き、書き終えたらサリーがそっとお茶を置いてくれた。


「ありがとう、サリー」

「いいえ。お嬢様の好きなお茶にしたのですがどうでしょうか?」

「本当!? ありがとう!」


 早速お茶を飲んでいくと、私のお気に入りのお茶でさっぱりとした味に香り高い匂いに口角があがってしまった。やっぱりおいしい。


「やっぱりいい匂いだなぁ。ありがとう、サリー」

「いいえ」


 お礼を言うとサリーがほっとした笑みをしたので、少しお茶を眺める。

 私の髪と同じ色の赤茶色のお茶には泣き疲れた私の顔が映っていた。


「お嬢様?」

「サリー……もしかして元気づけようもしてくれた?」


 私がそう尋ねるとサリーはぱちくりと目を見開いた表情をして小さく微笑む。


「……あのお茶会のあと、何があったのかは存じません。しかし、とてもお辛そうでしたのでお好きなお茶でも飲んで元気を出してほしかったのです」

「サリー……。……ごめんね、心配かけて」

「いいえ。私が勝手にそうしただけですから。……もし、お話ししたくなったらお話しください。解決する力はなくともお話しくらいなら聞きますから」


 サリーの優しさに心が温まる。本当に、私は周りに恵まれていると思う。


「うん……ありがとう」


 そしてサリーに微笑んだらサリーも同じように微笑んでくれた。




 ***




 手紙を送った二日後、ラウルから返信が来た。

 内容はハンカチは残念だけど、それよりも体調を案じてくれていて、ゆっくりと療養してほしいと書いてあった。

 これを期に手紙のやり取りもやめよう、と決めてそれから返信は書いていない。


 一方のお兄様の方は一言、わかった、安静にと書いてあった。本当に短かった。

 キャロルの方は手紙の返信が遅くてごめんと書いたら気にしなくていいと書いてくれた。

 そして、姫様を連れて我が家に来ていいかと書いてあった。

 姫様も!?と思ったけど、姫様が我が家に来るのは久しぶりだ。失恋したことも話したいと思っていたけど、まさかの日付が天覧試合の日だった。

 天覧試合に来るなんて、と思ってお父様が何か言ったのかと思い尋ねたら、何も言っていないと返された。

 怪しくてじっと見つめたけど首をこれでもかというくらいぶんぶん横に振っていたため信じることにした。

 ではお母様?と思って尋ねてもお母様も何も伝えていないと返された。

 不思議に思いながら姫様は忙しいお方なので了承の返事を書いておいた。


 失恋はしても時間は止まってはくれず、外出はせず、屋敷の中でいつもどおりに過ごした。

 ……いや、初めて味わった失恋の辛さや痛みを消そうと久しぶりに剣を振って鍛練に励んでいたのでいつもどおりではなかったと思う。

 剣を振っている間は雑念が消え、終わったあとは少しすっきりした気がした。

 お母様からも珍しく何も言われなかったのでついつい思う存分に鍛練に励んでしまった。


 そうして過ごしていて、天覧試合が前日となったお昼、お兄様が伯爵邸へ帰ってきた。

 なんでも明日に備えてお父様と手合わせしようと思ったらしい。


 お兄様も優勝しようと鍛練を頑張っており、天覧試合頑張ってほしいと思う。

 観戦することはないけれど応援するつもりだ。

 お兄様は特に私に話しかけることはなく、お父様から手ほどきを受けたあとは自分の部屋へと戻ってしまった。

 そして約一ヵ月ぶりに家族全員で同じテーブルで夕食を摂ったあと、私は自分の部屋へと向かったのだった。


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