第8話 明かされる事実

 一度伯爵家の馬車に戻ってサリーからお父様とお兄様用のアーモンドクッキーとラウルに渡すハンカチを受け取って再び王宮内を歩く。

 向かうのは当然近衛騎士団の駐屯所だ。

 隣には鍛練場があり、受付で近衛騎士団関係者に用件を伝えて呼び寄せてもらうことになっている。


 スタスタと歩いていく。

 王宮は姫様の遊び相手をしていたこともあり、王宮の内部や場所は把握している。そのため、一人でも道に迷うことなく進んでいく。


「ふふ、お兄様とお父様喜んでくれるかな」


 きっとお父様は大喜びしてくれるだろう。少し恥ずかしいけどお兄様だけに渡すのはかわいそうなので一緒に渡そうと考える。

 そして近衛騎士団の駐屯所に向かっていたら聞き慣れた声が聞こえた。


「──、────」

「……この声」


 声のする方向へ耳を傾けると目的の人が歩いているのを見つけた。


「ラ──」


 しかし、最後まで名前は呼ぶことはなく、途中で止めてしまった。

 なぜならラウルだけではなく、休憩中なのか、近衛騎士団の制服を着た騎士が三人いたから。


「あー、しんどかった」

「俺はもう寮にかーえろっと」

「ラウルは? まだ練習するのか?」

「ああ、その予定」


 そぉっと覗き込むと、お兄様はいないのか、四人で話しながら歩いている。


「張り切ってるねー。俺なんかやる気ないよ」

「それは、今年は剣だから?」

「そうだよ! 俺は剣より槍の方が得意なんだよ!」

「って言ってもお前、三年前に槍の試合でアルシェンにボコボコにされてただろう?」

「うるせぇ! アルシェンは人間じゃねぇの!」

「その言い方だと僕も人間じゃないみたいに聞こえるんだけど」

「ラウルも? 違いねぇ!」


 あははは、とラウル以外の三人で盛り上がっている。お兄様、人外扱いされています。

 しかし、この雰囲気。とても話しかけられる状況ではない。

 ……仕方ない。直接手渡ししたかったけど、ここは諦めて郵送しようと思い、踵を返す。


「にしてもさー、なんでラウルそんなに頑張ってるんだ?」

「そうそう。先輩もたくさんいて難しいだろう?」

「なんか目的があるの?」


 それが天覧試合のことだと気付いて足を止めてしまった。

 目的。もしかしてラウルは何か目的があるの?


「……優勝、したいんだ」


 優勝。ラウルは優勝を目指しているの?

 優勝と聞いて驚いたけど、それはラウルの友人たちも同じだったようだ。


「優勝!?」

「マジで!?」

「え、なんでなんで!?」

「なんでって……」


 声からしてラウルが気まずそうにしているのが読み取れる。

 言いにくいことなんだろう。盗み聞きするのはよくない、と思って動こうとしたらある言葉が耳に入った。


「あ、わかった! 好きな令嬢に告白する気だろう!?」


 再び足が止まった、ううん、固まってしまった。

 胸がドクンっと強く脈打つ。好きな令嬢? 好きな子がいるの?


「あー、知ってる。天覧試合で優勝したら告白成功率があがるって」

「それって迷信じゃねーの?」

「なぁ、もしかしてそれ?」

「…………」


 ラウルが否定しない。違うって言わない。

 それは、つまり。


「えっ!? マジで!?」

「相手は!? 相手!」

「アルシェンは? アルシェンは知ってるのか!?」


 ラウルの友人たちが興奮してラウルに問い詰める。やっぱりそうなんだ。好きな人がいるんだ。

 頭が真っ白になって呆然とする。ラウルに、好きな人。


「なぁなぁ教えろよー」

「っ……ああうるさい! 教えない! アルシェンにも教えてないから聞くなよ!」


 私には決して発しない言い方で友人たちに言い、一人足早に歩いて去っていき、友人三人が追いかけっていく。

 ラウルたちがいなくなり、一人呆然と立ち止まる。

 あんな態度、見たことなかった。

 私の前では優しいお兄さんのような姿ばかり見せていたから。

 そりゃあそうだ。あの人たちはラウルの「友人」で、ラウルにとって私は「親友の妹」なのだから。

 でも、こんな形で好きな人がいるって知りたくなかった。

 好きな人。ラウルの好きな人。

 それはきっと……私じゃない。


「……そうなんだ」


 掠れるような声でこぼれた言葉は誰の耳にも拾われずに消えていく。

 私はただの「親友の妹」でしかない。なのに、一人で頑張ってアピールしてバカみたい。

 いくらアピールしても無駄なのに。だってラウルには好きな人がいるんだから。


「……っ」


 辛くて辛くて、泣きそうになるのを堪えて今度こそ踵を返して急いで伯爵家の馬車へと乗り込んだのだった。




 ***




 とりあえずあの空間にいたくない、という気持ち一心で馬車に乗り込んで御者に帰るようにお願いした。

 サリーがすぐ戻ってきた私を見てどうしましたか、と一度尋ねてきたけどとても答えられる状況ではなく、首を横に振ることしかできなかった。

 それでも私の有能な侍女は何か察したのか、伯爵邸に戻るまで黙ったままでいてくれた。

 

 帰ってきたけど、正直、帰ってきた時の記憶はあまりない。

 お風呂に入ってからは一人にしてもらいたくて部屋に引きこもった。

 部屋に入ると他人に見られないと安心したのか、入ったらすぐ涙がこぼれだし、そのまま我慢せずに泣き出した。

 聞くはずのなかった、不意打ちによるラウルの好きな人がいるという事実は辛くて涙が治まらず、ボロボロと涙をこぼした。

 だって知らなかったから。夜会で令嬢に囲まれてても常に一線置いているし、好きな人がいるそぶりなんて全く見せなかったのだ。仕方ないじゃないか。

 わかったことは幾ら私が女性らしく頑張っても相手してもらえず、スルーされていたのは他に好きな人がいるからだということだ。


 あのハンカチも他意はなかったんだろう。

 ラウルが使ってくれるのを期待して一生懸命ハンカチを作ったけど、ラウルにとってはお礼としてなんとなく頼んだだけだったのかもしれない。

 初恋は砕け散り、失恋の味はとても苦いのだと知った。






「うわぁ……酷い顔」


 あれから一週間経過して、部屋で思う存分泣いたことで少し落ち着いたけど、顔が酷い。

 健康が取り柄なのに今は病人のように見える。失恋の力ってすごい。

 そんな風に思っていたらノックされて返事したらサリーがドア越しに話しかけてきた。


「お嬢様、ご夕食ができました。いかがなさいますか……?」


 声音が不安そうに聞こえるのは気のせいではないと思う。

 失恋のショックで食事もあまり喉が通らず、部屋で少量だけ食事を摂っていたのを思い出す。

 大号泣して一週間も食事もあまり摂らないと酷い顔になって当たり前かもしれない。いつまでも両親やサリーたちに心配かけてはいけないと思う。

 

「今日は食堂で摂るわ。サリー、顔色が悪いからちょっとお化粧してくれる?」

「かしこまりました。それでは失礼します」


 部屋に入ったサリーが不安と心配を混ぜた顔を浮かべて私の顔を見るので、安心させるために微笑んだ。


「ごめんね、サリー。心配かけて」

「いえ……。もう、大丈夫ですか……?」

「ちょっとましになったかな。こんな顔、お父様とお母様に見せにくいから誤魔化してくれる?」

「承知しました」


 サリーが手際よくメイクをしてくれるのでじっとする。

 まだ失恋して昇華できていないけど、泣いたことでちょっとスッキリしたと思う。

 それに、スッキリしたことで、周りの状況を分析する余裕ができるようになった。

 王宮の姫様のお茶会から帰ってきてから自室に閉じ籠ったため、両親には大分心配させてしまったと思う。

 お父様は毎日何かあったのか、嫌なことがあったのか、お父様に話してみなさいと部屋の前に来ては尋ねてくれたけど、大丈夫としか言えず、随分心配かけてしまったと思う。

 これは私の問題で、お父様にはどうすることもできない。だから大丈夫だと言うしかなかった。


 過保護なお父様と対称的なお母様も心配して、誰かと喧嘩でもしたのかと部屋に入って尋ねてきたけど大丈夫だと言えば、頑固と思ったのか、それ以上は何も言わなかった。

 キャロルからも手紙が届き、サリーからも心配している視線が突き刺さっていたし、子どもだと深く反省した。


「できましたよ、お嬢様」

「うん、これならいいかな」


 サリーのお化粧のおかげで随分顔色がましになったと思う。あとはちゃんと食べてちゃんと寝ないと。

 食堂に向かうと既に両親がいて、いつもどおりに戻った娘を見て両親はほっとした顔をした。

 両親の中で何か決めていたのか、お父様から何も言われずに少し驚いたけどほっとした。

 ただ一言、もう大丈夫なのか、と尋ねられたので笑って大丈夫と伝えておいた。


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