第7話 姫様のお茶会

 小鳥たちがさえずる鳴き声、美しい多種多様の花たちが咲き誇る庭園、そしてテーブルに並んでいるのは最高級のお茶とお茶菓子。

 そんな美しい場所に本日、私は招待されていた。


「お久しぶりですね、エルネスティーネ。今日は一緒にお茶会ができてよかった」

「私も嬉しいです、姫様。本日はご招待頂きありがとうございます」


 そう、今日は姫様のお茶会に参加している。

 一ヵ月の絶対安静期間がようやく終え、一番に参加したのが本日の姫様のお茶会だ。

 場所は王宮の庭園。今までも来たことあるけど、やっぱり何度見ても多種多様な花が咲いている庭園は美しい。

 参加者は私に姫様、そして姫様と親しい令嬢数人も来ていてキャロルも入っている。

  

「堅苦しいのはやめて。私の友人ですもの、当然です」


 ニコリと微笑む姫様は天使のようにかわいらしくて美しい。本日も大変可憐だ。

 私にそう言って微笑んでくださる姫様のお名前はジャネット・ルクス・リストニア王女殿下。第一王女で私と同じ十六歳。

 緩やかなウェーブをした淡い水色の髪に長い睫毛の奥には美しい王家の証である黄金の瞳を持つ儚げな美少女だ。

 おっとりとして穏やかで誰にでも優しい姫様は淑女の中の淑女と呼ばれている。私も尊敬の対象で眼福だ。


「この間のキャロルのお茶会では私の予定と都合が合わなかったから、今日のお茶会楽しみにしていたんです」


 ふふ、と微笑む姫様はやはりお美しい。見ているだけで癒される。


「私もです、姫様」

「わたくしも、姫様とのお茶会楽しみにしていました!」

「わたくしもです! 姫様は忙しいのはわかりますが一緒にお茶をしたかったので……。なので本日はとても嬉しいです!」

「ありがとうございます、みんな」


 他の姫様の友人たちも声をあげて伝えていく。

 姫様も宰相のご子息と婚約しててお忙しい。そんな中でも貴族令嬢たちとの交友を大切にしていて、定期的にお茶会を開いてくれている。

 

「おいしいお茶とお菓子を用意したんですよ。どうか食べてくださいね」


 それを合図に、お茶会は始まった。

 友人たちが色んな話題をあげていく。

 最近のファッション、流行、お菓子、ミュージカルを始めとした芸術、近隣諸国の話まで広がっていく。

 私も一応知ってはいるけど、少ししか知らない話題もある。

 でも博識な姫様は美しい笑みで言い淀むことなく話していてすごいと思う。


 上質なお茶と最近流行りのお茶菓子を頂きながら時間を過ごしていく。


「そういえば、姫様。今度の陛下主催の天覧試合は見に行かれるのですか?」


 すると友人の一人が姫様に天覧試合を観戦するのかと尋ねた。

 天覧試合まであと二週間となっていて、お兄様を始めとした若手の近衛騎士たちは成績を残すために日々鍛練に励んでいるようだ。

 そして、天覧試合と単語が出てきたため、ハンカチ作りを思い出した。

 ラウルとは手紙でやり取りをして彼が希望した色にデザイン、素材を使って、先日ようやく完成した。

 いいもの作るんだ、と思いと好きな人にプレゼントする思いから妥協が許せず、時間がかかってしまったけど、自分の中で満足がいくハンカチができた。

 天覧試合まで二週間と迫っているため、練習時間を割いてわざわざラウルに来てもらうのも忍びない。だからと言ってお兄様経由で渡したらなくしそうなので、直接渡しに行こうかと考えている。

 ラウルにハンカチ渡すのと一緒に、天覧試合に向けて鍛練を頑張っているお兄様といつもお仕事頑張っているお父様にはサリーと作ったアーモンドクッキーを渡そうと思っている。


「天覧試合ですか? いいえ、私は観戦予定はないんです。ほら、血が出る可能性があるでしょう? どうしても苦手で……」

「姫様……!」


 控えめにそう伝える姫様がかわいい。同性でもかわいく思う。


「お父様とお兄様たちは観戦する予定ですが、私は部屋で過ごそうかと。みんなは観戦しますか?」

「私はせっかくなので観戦します」

「私は従兄が近衛騎士なので一応、応援しようかと」

「一応って何よ。ちゃんと応援したら?」

「だってエルネスティーネのお兄様がいるのよ? 残念だけど、勝てるとは思えないわ」


 唐突にお兄様の話題が出てきてみんなの視線が私に集中する。確かに、お兄様は武家の跡取りだから注目されるだろうけど。


「エルネスティーネの兄は参加するのですよね」

「はい。なので見に行こうかと」


 姫様に振られてそう答える。お兄様にラウルも出るから見に行こうかと思っている。


「アルシェンは此度の天覧試合優勝候補の一人と言われてますから楽しみですね」

「恐れ入ります、姫様」


 どうやらお兄様は優勝候補の一人らしい。まぁ、お兄様はお父様の指導のおかげで剣術は本当に優れているし。


「アルシェン様はカッコいいし、優勝したら令嬢にさらに人気になるでしょうね」

「お兄様ってそんないい?」


 キャロルの言葉につい反射的に返してしまう。お兄様は顔は整っていると思うけど、きつい顔立ちだし、中身ああだし。


「婚約者がいないし、伯爵家の跡取りだもの。人気よ?」

「ふぅん」


 きっと中身を上手く隠しているんだと思う。そう納得する。


「アルシェン様も優勝候補ですけど、他にもいますよね」

「ええ。トールフェル様やリンズク様とか!」

「あとはラウル様もね!」


 色んな近衛騎士の名前が出る中、ラウルの名前も出てきて一瞬ドキッとするも、平静に装う。

 ラウルも若手ながらも小隊の隊長をしてるし、優勝候補だろう。


「優勝した騎士は令嬢たちの奪い合いねぇ」

「当然よ。だって幹部候補になるかもしれないのよ?」

「これが婚約者がいる騎士なら違うけどねぇ」

「でも私たちには関係ないわよ。だって婚約者がいるし」

「そうよね」


 きゃっきゃっと友人たちが天覧試合と近衛騎士で花を咲かせる。恋愛としてではなく、興味本意で誰が優勝するか話している。

 ラウルとお兄様と戦ったらどっちが勝つだろう。

 私はどちらも応援しようと思う。二人とも、近衛騎士として日々頑張っているから。

 でも、どうしてハンカチがほしいって頼んだんだろうと考える。それも天覧試合までにと指定して。

 聞こうと思っても会っていないため、聞けず仕舞いだ。

 ハンカチ渡す時にでもさりげなく聞いてみようかな。うん、そうしよう。


「エルネスティーネ、どうしたの?」

「あ、ううん。何もないよ、キャロル」

「そう?」


 キャロルが不思議そうに顔を見てくる。心配かけてしまった。


「エルネスティーネ、もしかして足が痛いのですか?」

「いえ、そんな! 大丈夫です、姫様!」


 いけない、姫様までも眉を下げて心配の声をあげる。違うんです、誤解です。

 私の熱い弁明に納得してくれたのか、姫様が頷いてくれた。


「それならよいのですが……。無理はしないでくださいね」

「ご心配、ありがとうございます」


 そしてその後も話題が変わり、今流行りの恋愛劇の話へとなった。

 参加者が多ければ多いほど、話題はコロコロ変わるのだ。




 ***




「今日は来てくれてありがとう。おかげで楽しい時間を過ごすことができました」

「わたくしもです、姫様」

「楽しかったです!」


 友人たちが順番に一言姫様に告げていく。


「姫様、本日は誠にありがとうございました」

「キャロル。婚約おめでとう。またパーティーでお話しましょうね」

「勿論です」


 キャロルの後に私も続く。


「姫様、本日は招待してくださり、ありがとうございました。楽しかったです」

「エルネスティーネ。こちらこそ来てくれてありがとう。またお茶会しましょうね」

「はい!」


 姫様のお言葉に元気に返事する。また姫様とお茶会したい。


「エルネスティーネ、帰らないの?」

「キャロル。ちょっと用事があって……」

「用事?」


 キャロルが不思議そうな顔をするので小声で用件を言うと、楽しそうに笑ってきた。


「そう。じゃあ、頑張ってね」

「うん。ありがとう」


 キャロルに手を振って別れると見送りをしている姫様に近付く。


「姫様」

「エルネスティーネ? どうかしましたか?」

「あの、私はちょっと近衛騎士団の方へ用があるのでそちらへ行ってきます」

「そうなのですね。では、侍女から伯爵家の使用人に伝えておきます。副団長かアルシェンに用ですか?」

「いえ。その……」


 姫様の質問に詰まらせてしまう。家族にも用があるけどそれだけではないからだ。

 しかし、察しのいい姫様は私の反応から何か感じ取ったのか、小声で囁いた。


「もしかして、あの人ですか?」

「あ、はい……」

「まぁ!」


 肯定すると姫様が楽しそうに笑った。

 姫様とは家業のせいで、昔からの知り合いで長い付き合いになる。

 そして、私の恋について知っていて秘かに応援してくれている。


「ふふ、そうなのですね。一人で行けますか?」

「大丈夫です。渡す物は馬車の中にあるので取りに行ってから行く予定です」

「そうですか。では頑張ってくださいね」

「ありがとうございます、姫様」


 そうして私はラウルにハンカチを、お兄様とお父様にアーモンドクッキーを渡すために一度伯爵家の馬車の元へ向かったのだった。


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