第6話 ラウルからの依頼

 予想どおり、軽い捻挫していて侯爵家で簡単な応急処置をしたあと、屋敷に戻ってちゃんと処置してもらい、安静にするように言われた。

 ダンスがある夜会で高いヒールを履いたのは軽率だった。幸いにも靴擦れはしていなかったけど、もしかしたら靴擦れする可能性もあった。これからはダンスがある夜会では慣れた高さのヒールにしようと決めた。


 それにしても、家に帰ってから大変だった。

 案の定、夜遅くに帰ってきたお父様は私が足を怪我をしたと聞いて大変心配した。

 そして予想どおり、お母様から怪我した経緯を聞いたら悪鬼の顔になった。

 ……正直、こうなることはわかっていた。でも、素直に話さないとややこしくなると思ったので正直に話した。

 それにお父様のことだ。多分、いやほぼ確実にラウルを呼んで何があったか聞くと思ったから。


 お父様は絶対安静するように、ということで一ヶ月は外出は勿論、お茶会や夜会への参加も禁止と私に告げた。

 軽い捻挫で、一週間もしたら治るのにお父様はご立腹で曲げなかった。自分がいない夜会で娘が怪我したからだと執事長のロドニーが教えてくれた。

 お母様もしばらくは屋敷で安静にしましょう、と笑顔で言ったので従った。お母様の笑顔には逆らえない。

 

 お兄様も怪我をしたのをラウルから聞いたらしく、顔を見に来てくれた。

 どこのどいつ?としつこく聞いてきたので一応教えたら、ふぅん、と言った後に小さく何か呟いた。

 聞こえなくて聞き直してもお兄様は教えてくれなかったけど、代わりに新しい護身術を教えてくれた。


「はぁ~暇だなぁ」


 裁縫をしていた手を止めて今の気持ちを口にする。

 夜会から十日。もう怪我は治ったため、暇である。

 キャロルとラウルの二人とは手紙のやり取りはして、もう完治したと伝えておいた。

 しかし、ラウルには助けてくれたため、何かお礼したい。そう思って何かほしいものはないかと手紙で伝えた。

 初めはお礼なんていらないと返事を出されたけど、助けてもらったのに何もお礼しないのは嫌だと思ってもう一度頼んだら考えると言われたので今は返事待ちだ。


 使用人にも強く命じているのか、運動として剣術の練習をしようとしたら全力で止められた。医師から確認して治ったと言ってもダメで屋敷の中へ戻された。


 実は私は少しだけ剣が使える。

 小さい頃は武家に生まれたことで剣に興味があり、お兄様とお父様に基礎的なところを教えてもらっていた。

 とは言っても、いくら武家の娘でも女の子が剣を振り回す習慣はあまり見られないので、小さい時の話だ。お父様も練習して怪我したら「もうやめなさい」とすごく心配したし。お兄様には怪我してもそんなこと言わなかったから昔は不満だった。

 剣術の代わりとして、お兄様が護身術を教えてくれたので、それからは運動がてらとして素振りをするくらいになってしまった。


「外に出たいなー」

「ダメですよ、お嬢様。裁縫でもしてください」

「えー」

 

 独り言を呟いたら速攻でサリーに言い返された。

 安静期間中は室内でなら好きに動いていいということで、ピアノに裁縫、読書などをして、手紙が届いたら返信を書いたりして過ごした。

 怪我をしたと聞いた姫様からはお大事にという手紙を貰い、安静期間が終わったらお茶会しましょうね、と優しい言葉と最近流行りのお菓子を贈ってくれた。ありがとうございます姫様。大好きです。

 キャロルからも手紙の返信を頂き、こちらはポプリをくれた。早速使ってみたら私の好みの匂いで気に入った。


「サリー。もう裁縫は飽きたよ」

「ですがお嬢様。剣術はダメですよ?」

「あ~誰か遊びに来てくれないかなぁ」

「一昨日キャロル様たちが来てくださったではありませんか」

「そうだけど~」


 私の言葉にサリーが即座に言い返してくる。ぐぅの言葉もでない。

 昔から伯爵家に仕え、私の侍女をしているサリーは私に堂々と物言いする。


「旦那様はお嬢様をそれだけ心配しているということです。それはわかってくださいね?」

「……わかってるよ」


 頬を膨らませながら答える。

 過保護なお父様だけど、心配させたのはわかっている。

 後日、お母様から聞いたらマイク様の実家の伯爵家は表向きは普通に装っているけど実は困窮しているらしい。あるルートから仕入れた情報らしいけど何それすごい。

 でもそう考えたら納得した。

 メイファレット伯爵家は王家の覚えもめでたく伯爵家の中でも裕福な分類に入る。困窮した伯爵家にとってはさぞ魅力的だったのだろう。

 それをお母様に伝えたら「貴女ったら鈍いわね」と言われて溜め息を吐かれた。何が鈍いのかは教えてくれなかった。

 

 何はともあれ、私は深窓の令嬢ではないので屋敷で過ごすのは少し物足りない。

 退屈そうにしている私を見てサリーは、では、と声に出した。


「手も疲れたでしょうし、少しお茶にしましょうか? おいしいお茶でも準備をします」

「……そうだね。あ、でもお茶だけでいいかな。お菓子食べ過ぎると危ないから」

「ふふ、かしこまりました」


 礼をしてサリーが出ていくと、部屋には私一人となった。


「んー」


 針をしっかり確認して片付けると、途中まで縫っていた小物をテーブルに置いて背筋を伸ばす。

 背筋を伸ばすと気持ちいい。サリーの前でやると注意されるのでこっそりとする。

 お父様に絶対安静を言い渡されて早十日。残りの二十日間をどう有意義に活用しようか悩む。

 何か新しいことにでもチャレンジしてみようかな。それとも、新しい趣味を探すとか?

 うーん、と考えているとサリーがティーカートを押して帰ってきた。

 手紙と、一緒に。


「もしかしてラウル?」


 問いかけた私にサリーはニコリと微笑んで肯定した。


「はい、ラウル様からですよ。お茶を飲みながら読みますか?」

「うん!」

「ではお茶を入れますね」


 淹れたばかりのおいしいお茶を一口飲んで、ペーパーナイフで封を切る。

 手紙を開くとときれいな文字が綴られていて、目を動かして内容を読んでいく。……これって。


「ラウル様からはなんと? お礼の品物ですか?」

「うん。そうなんだけど、それがハンカチだって」

「ハンカチ、ですか」


 繰り返すサリーに頷く。

 手紙の内容はお礼は時間があれば手作りのハンカチが欲しいと書いていた。


「ハンカチがダメになったからどうせならお礼として一つ作ってほしいんだって」

「なるほど。お嬢様は裁縫が得意ですからね」


 確かに私は裁縫が得意だ。お父様にお母様、お兄様にも手作りのハンカチを作って贈ったことがある。

 だけど、家族以外で贈ったことはない。


「ハンカチか……」


 ハンカチなら騎士団での訓練や普段の生活でも使えるし、何より小物だ。邪魔になることはないはず。


「ええっと……天覧試合までに作って欲しい、か」


 ラウルが書いている天覧試合は来月開催される国王陛下主催の試合だ。

 三年に一度開催されるその大会は、若手の近衛騎士が参加するのが決まりとなっている。

 天覧試合の成績に日々の勤務態度と訓練次第では幹部候補になることもできる。

 そのため、近衛騎士にまだ未婚の若い貴族令嬢には人気だ。

 今年は剣による試合で、お兄様も参加する。

 三年前は槍による試合で、お兄様もラウルも参加していたのを思い出す。

 天覧試合は若手とはいえ、三十前の騎士たちが対象のため、残念ながら十代後半のお兄様にラウルは優勝できなかった。熟練度が違うからだ。

 でも、今の二人は若手ながらも小隊の隊長を担うくらいだし、もしかしたら、と思ってしまう。

 二人とも得意な武器は剣だし、対戦したら接戦になるかもしれない。


「よかったですね。しばらくは作るのにお忙しくなりますね」

「うっ、そうだね……」


 時間が余っていた私にとって確かにこれからは忙しくなるだろう。

 だって、ラウルからの頼みで手作りするのだから。

 どんな色がいいか、素材にデザインなど考えると忙しくなる。

 手紙でやり取りしてどんなデザインがいいかなど尋ねるとまた時間がかかる。

 でも、どうせ渡すのならいいものを渡したい。

 なら早めに返信して色やデザインについて尋ねるべきだ。


「……よし! いいの作ろう!」

「はい、頑張りましょう! 何か必要なものがあれば言ってください」

「うん。とりあえず返信するね」

「では私は失礼しますね。終わったら呼び鈴鳴らしてください」

「ありがとう」


 サリーがいなくなったのを確認して机に座って羽ペンを手に取る。

 そして、挨拶をしてからハンカチ作りの了承、色合いにデザインなどについて希望はあるか書いていった。


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