第5話 夜会2

 キャロルとルハン様に挨拶したあと、テラスへ向かった。

 開放されたテラスへ行くと夜風が吹いていて気持ちがいい。

 会場内は熱気があったから丁度いいくらいだ。


「ふぅ……」


 今日はいつもと雰囲気変えたいと思って頑張ったけど、おかげで少し足が痛い。いつもより高いヒール履いたからだと思う。

 お母様はご友人や社交に忙しいからここで時間を潰しておこう。

 夜空に浮かんでいる三日月を眺める。なんか今日の三日月はクロワッサンに似ている。……こういうところが食い意地張っているのか。


「おや、メイファレット嬢?」


 ぼぉっと一人で夜空を眺めていたら声をかけられた。


「……マイク様?」


 名前を呼ぶとニコリと片手にシャンパンを持って近付いてきた。


「お一人ですか?」

「えっと、はい。少し夜風に当たりたくて…」


 相手の質問に答えていく。

 マイク様は同じ伯爵家の嫡男で私より少し年上の男性で夜会で数回会ったことがある。

 今日のダンスでも一曲踊ったけど……正直、名前は知ってるけど、交流がなかったため、声をかけられて少し驚いている。


「そうですか。では少しお話ししても?」

「あ、はい……」


 隣にやって来てグラスに入っているシャンパンを一口飲んでいく。


「今日はいつもと雰囲気が違いますね」

「ありがとうございます。少し雰囲気を変えたくて……そう言ってもらえると嬉しいです」

「なるほど」


 マイク様が愛想笑いをするため私もニコリと愛想笑いをする。

 その後も会話をしていくも、聞き役に徹する。

 理由は異性と話し慣れていないからだ。

 デビュタントをしてからはダンスや社交で子息と話したことがある。だけど、それはキャロルたちと一緒の時だ。

 お父様が強固なガードをし続けたせいで、子息たちと話す機会が殆どなく、何を話せばいいのかいまひとつわからない。

 だから聞き役に徹するようになった。

 ラウルはお兄様という共通点があるから気楽に話せるけど、他の子息はやっぱり緊張してしまう。


「それにしても今日は伯爵にアルシェン殿がいないのですね」

「兄は今日は仕事で。父も今は忙しくて…」

「それはそれは。よかった、今日はツイています」

「……?」


 何がツイているのかがわからず、返事ができずに困惑してしまう。

 そんな私の様子に気づいていないのか、マイク様はそのまま話していく。


「実は、前からメイファレット嬢とは親しくなりたいと思っていたんですよ」

「え、私と……?」

「はい」


 お兄様ならまだわかる。伯爵家の跡取りだから。でも、私?


「デビュタントしてから数回同じ夜会に参加していて遠目から見ていた時から親しくなりたいと思っていたんですよ。ご友人といる時は楽しそうに笑っている姿が愛らしいと思っていたんです」

「…………」


 沈黙になるのを許してほしい。これは……アプローチされているの?

 どうしていいのかわからない。こんな風に言われたのは初めてだ。え、どうしたらいいの? 何が正しい対処なの?


「え、えっとその……。マイク様、もしかして酔っていませんか……?」


 お願い。もし酔っているのなら忘れるから。そう言って……! こういうのは慣れていない、だからスルーしたい!


「いいえ、メイファレット嬢。酔っておりません、本当に愛らしいと思っているんですよ。緑のドレスと相まって本当にお美しく、森の妖精に見えました」

「何を言って……」


 森の妖精って何。そんなの言われたことないんだけど。多分、少し顔を引きずっている。

 困惑しているとマイク様が一歩近付いてきたため、私も一歩下がる。するとまた一歩近付いてくる。まずい、壁に近付いていってる。

 会場の方に行きたくても「まだ話しましょうよ」と邪魔してくる。

 どうしよう、と思っていたらお兄様に教えてもらった護身術を思い出した。ここはみぞおちに一発お見舞いしたらいいのだろうか。

 ……いや、ダメだダメだ。酔っているならともかく、相手は同じ貴族。穏便に対応しないと。


「ご冗談を……。私、会場に戻らないと」


 早口ながらもはっきりと言う。一刻も早くここから立ち去りたい。

 そう思っていたら、相手の顔が変わった。

 

「メイファレット嬢……どうしてそう素っ気ないんですか……!」


 相手が怒気を含んだ声で荒げて近付いてビクッとして大きく後ろへ下がった。


「だから近いですって! ……っ!」


 離れたくて後ろへ大きく下がったら、いつもより高いヒールを履いていることを忘れてきつく地面を踏んでしまった。足が捻った。痛い。

 片手をバルコニーの手すりにつける。

 苦痛が顔に出てしまう。早く離れないといけないのになんで今捻ってしまうんだろう。


「大丈夫ですか? 足を怪我しましたか?」


 心配そうに声をかけるけど、本当に心配している顔には見えないのは気のせいだろうか。

 マイク様が手を伸ばしてくるも、足も痛くて動けず、恐怖を感じて固まっていると──その手が横から出てきた手に掴まれた。


「──何しているんですか、マイク殿」


 冷ややかな、底冷えのような声に今度は違う意味で固まってしまった。

 この声はよく知っている声だ。いつも穏やかで優しくて、微笑んでいる人の声。

 よく知っている。なのにどうして、こんな別人に感じてしまうんだろう。

 そぉっ、と顔を上げて斜めにいる人を見るのと同時に、マイク様が焦った声を出した。


「ラ、ラウル殿……!! こ、これは…」

「……ラ、ウル……」

 

 いつも私に優しい目を向けていたラウルが、鋭い目でマイク様の手を掴んで冷たく見ている。

 それはまるで、怒っているように見えて。

 戸惑っているマイク様を一瞥した後、ラウルはマイク様の手を離して私の方を見た。


「──。会場に戻ろうか」

「え……」

 

 冷たい目は鳴り潜め、いつもの、見慣れた優しい顔で前半を強調して私にそう告げてくる。これは……助け舟を出してくれているの?


「う、うん」


 とりあえず、ここはラウルに合わせよう。そしてあとでお礼を言おうと決意する。


「あ、メイファレット嬢──」

に何か用ですか?」

 

 ニコリと笑っているはずなのに、ラウルの目はなぜか冷えているように見える。ううん、多分そうだ。マイク様がどんどん青ざめているから。


「い、いえっ……!」

「そうですか。それでは失礼」


 ラウルが短く告げるとマイク様を掴んでいた手とは反対の手で私を軽く支えて歩いてくれる。


「足捻った?」

「うん、多分……」


 耳元でラウルが小さく囁いて私も小さく答える。

 マイク様と対峙していた時の剣呑な雰囲気は消え去って、いつもの、私がよく知っているラウルが尋ねてくる。


「そうか。……とりあえず、あそこに椅子があるからそこまで歩ける?」

「うん、大丈夫……」

 

 見ると会場の端に休憩用なのか、椅子が置いてある。歩くと痛みが走るけど仕方ない。あそこまで歩こう。


「ありがとう……助けてくれて」


 小声でお礼を言う。固まってしまってたから、ラウルが来てくれて助かった。


「そんなのいいよ。それより、ごめん。すぐに来れなくて」

「そんな、ラウルのせいじゃないよ」


 申し訳ない顔をして謝ってくるけど、ラウルのせいじゃない。私が上手にかわせなかっただけなのに。


「ううん、遅かったなって思ってる」

「気にしないで。ラウルが来てくれて本当に安心したの」


 安心させるためにニコッと微笑む。

 ラウルのおかげて助かったのは本当だ。だからもう一度重ねて言うと、やっとラウルも黙ってくれた。


「……わかったよ。エルネスティーネはたまに頑固なところがあるからここで引くよ」

「頑固なところってどこが?」

「どこだろうね」


 とぼけてそれ以上は教える気はないらしい。お兄様と一緒にいるせいか、少し意地悪になった気がする。


「はい、座って」

「ありがとう」


 そしてラウルが近くにいた侯爵家の使用人を呼んで医師とお母様を呼ぶように手配してくれた。


「怪我をしているんだからもう帰った方がいい。副団長が大変だろうから」

「うっ……そうだね……」

「それまではここにいるから」

「あ……ごめんね」

「いいから。怪我人は自分のことだけ気にかけるように」

「はい……」


 ラウルに大人しく従って帰宅後について考える。

 私が怪我したって聞いたお父様の様子を想像してみよう。……うん、今日の、それも怪我した原因を知ったら悪鬼になってそう。 

 今から胃をキリキリ鳴らしているとキャロルが早足で駆け寄ってきた。

 

「エルネスティーネ! どうしたの!?」

「キャロル。ちょっと怪我しちゃって……」

「怪我!? 大丈夫なの!?」


 会場の端に来たキャロルが心配そうに尋ねてくる。

 ルハン様と一緒だったんじゃ、と言えば「ルハン様は友人が呼び戻してきたわ」と言った。そうですか。


「どこ? 足?」

「うん」

「履き慣れていないのに高いヒールを履くから! もう、気を付けてよね」

「はい……」


 キャロルのお叱りを素直に受けているとお母様と侯爵家の使用人がやって来た。


「ティーネ! 怪我をしたの?」

「お母様」

「夫人、使用人に医師を呼ぶように指示したのでそこで応急処置してもらってください」

「まぁ、ベルベット卿。ありがとうございます」


 お母様がラウルにお礼を言う。


「おばさま、私も行っていいですか?」


 すると今度はキャロルがお母様にそんなこと言い出した。キャロルの母と私の母が仲がいいので、お母様のことをおばさまと言う。


「キャロル。婚約者はいいの? 時間がかかるわよ」

「そうですけど……」

「ティーネに後で手紙を書かせるから夜会を楽しみなさい」

「………わかりました」


 そしてキャロルは私の方へ向くと「手紙、絶対よ」と言われたので頷いた。


「助けてくれてありがとう、ラウル。ごめんね、キャロル。すぐに手紙出すから」

「……わかったわよ。お見舞いに行くわ」

「うん、待ってる」


 まだまだ夜会は続いている。二人にずっと心配かけたくないため、別室で応急処置をしてもらった後、お母様と一緒に屋敷へ帰ったのだった。


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