第4話 夜会1
「よっと。……できましたよ、お嬢様」
「わぁっ……! さすがサリー!」
ふぅ、とサリーが額を拭って満足そうに笑って伝える。
くるりと鏡の前で一回転すると、きらっ、とエメラルドのネックレスが輝く。
今日はいつもと違う雰囲気にしたいと思って、サリーに頼んで挑戦してみた。
メイクはいつもと違う感じにして、ドレスは肩と鎖骨を晒したグラレーションドレスにして上半身は深緑、ウエストの部分からは少しずつ淡くなっていって、裾は白が混ざった淡い緑色となっている。
赤茶色の髪はシニヨンにしてまとめ、身長は高く見えるようにいつものより高めのヒールを履いている。
「いつもとはまた違って魅力的です」
「サリーのおかげだね。ありがとう」
「いいえ。やりがいがあります」
お互いに笑いあう。サリーからのお墨付きなら大丈夫だろう。
そして一緒に下へ降りていくと、お母様が待っていた。
「お母様、お待たせしました」
「ティーネ。じゃあ行きましょうか」
外には御者が既に待機しており、私と母、サリーとお母様付きの侍女が同乗すると馬車は動き出した。
「それにしても、今日はいつもと随分違うわね」
「サリーに頼んだんです。十六歳ならこんなドレス着ている子もいます」
「そうだけど、あの人が心配するでしょうね」
お母様が頬に手を置いてまぁ大変、と言う。本当に思っているのかわからない声音だ。
「お父様ですか?」
「ええ」
やっぱり。お父様だった。内心溜め息を吐く。
本日はとある侯爵家で夜会が開催され、私とお兄様、両親が招待されていた。
しかしお兄様はその日は王宮警備のため両親と私の三人で行く予定になっていた。
しかし、今の時期の近衛騎士団は繁忙期でお父様はそんな近衛騎士団の副団長。団長を始め、騎士団を束ねる幹部たちは執務に追われる日々で忙しく、仕事が落ち着いていないということでお父様は途中で不参加となった。
お父様の嘆きはすごかった。なんとしても、それこそ仕事を放り投げてでも夜会に参加しようとしてきた。
そんなお父様を止めたのがお母様である。お母様が「ちゃんと仕事をしなさい」と冷ややかな目で告げるとお父様は大人しく従った。
メイファレット伯爵家の真の支配者はお母様であるのは屋敷の者たちの共通認識だ。
「もう子どもじゃないんです。お父様にいちいち言われたくありません」
「そうよね。女の子なんだからいつかは嫁入りするのにあの人ったら。行き遅れになったらどうするつもりなのかしら」
お母様が常識人で本当に助かる。お父様はいい加減娘離れしてほしい。
「お母様、ちゃんとお父様に言いつけておいてくださいね」
「わかっているわ」
お母様が味方なら大丈夫だろう。お父様はお母様にに弱い。
そしてお母様たちと話していたら本日の夜会の会場である侯爵家へ到着した。
お母様とともに会場の入り口で受付を済ませホールに入ると本日の招待客が殆ど来ていた。
「ティーネ、貴女は若いんだからダンスして楽しみなさい」
「わかりました」
お母様にダンスの件について返事する。
リストニア王国ではダンスに決まりがある。
一曲目は婚約者か父親や兄弟、従兄弟といった身近な者たちと踊るというルールだ。
二曲目からは好きに踊ることが可能で、逆に踊らず談笑してもいい。
夜会は夫が仕事ということで女性だけが夜会に参加することもあり、女性だけの参加も認められている。
辺りを見回してキャロルを探す。
この夜会に参加すると聞いていたからだ。
どんなドレスで来るか聞いていたので探したらすぐに見つけられた。
キャロルも気付いて微笑んだため、こちらも微笑む。あとで話しかけよう。
そして、もう一人。本日この夜会に参加すると聞いていたラウルを探していると令嬢に囲まれているラウルを見つけた。
私より大人っぽい──おそらく年上の令嬢に囲まれている姿に胸がざわつく。
今までもラウルと同じ夜会に数回参加したことがある。そして、美しい令嬢たちに囲まれているところも見たことがある。
そんな光景を見ると、彼が遠い人に感じてしまう。
「まぁ、ベルベット卿じゃない。相変わらず人気ね」
「……そう、ですね」
私の様子に気付いたお母様が呟く。
話したいけど囲まれていて近付きにくいな、と思ってしまう。
そんな風に見つめていたらラウルとバッチリと目が合ってしまった。
「!」
驚いて目をそらして小さく呼吸をする。いきなり目が合って驚いてしまったからだ。
そしてもう一度そっとラウルの方を見ると、令嬢たちに挨拶をしてこちらへ歩いてきた。
「え?」
私の小さな声は会場の賑わいにかき消され、ラウルはいつもの優しい笑みで近付いてきた。
「こんばんは、メイファレット伯爵夫人。本日は副団長はいないのでしょうか?」
「こんばんは、ベルベット卿。ええ、今は騎士団は繁忙期でしょう? あの人も忙しくて」
「ああ、そうですね。副団長、渋っていたのでは?」
「あら正解」
お母様とラウルが挨拶と一緒に少し会話していくのを隣で大人しく聞く。
令嬢に囲まれて大変で知り合いである我が家へ逃げてきたんだろう。
「こんばんは、エルネスティーネ」
「こんばんは、ラウル様」
家では親しく話すことができるけどここは他家だ。伯爵令嬢である自分が侯爵家の子息であるラウルを親しく呼ぶことができないことはわかっているため、丁寧に話す。
「今日はいつもより大人っぽいね」
「はい、そうなんです」
「この子ったら大人びたいようで。私は無理する必要はないと思うんですけど」
お母様が補足してくれるが、大人びたいに決まっている。ラウルにいつも妹扱いされて悩んでいるのだから。
「どうですか?」
「かわいいよ。だけど寒くない?」
「…………」
また、この反応。今日も平常運転だった。
いつもいつもこの反応で悲しくなってくる。
「えっと……エルネスティーネ? なんか怒っている?」
「……いいえ」
怒っている。でもぶつけても仕方ないので否定する。あとでキャロルに報告しよう。
「ベルベット卿、侯爵夫妻は?」
「今日は私だけ参加しているんです」
「そうなのね」
お母様とラウルが話している側で無言で控えてさっきの言葉を思い出す。
『かわいいよ。だけど寒くない?』
また、ダメだった。風邪を引かないか心配しているのはわかっている。だけど今日も成果はなしだった。
内心はぁ、と溜め息を吐いていたらラウルに声をかけられた。
「エルネスティーネ。二曲目に予定がなければ僕と踊らないかい?」
「……ラウル、様と?」
ラウルの提案に思わずぱちくりと目を見開く。
今までは踊ったとしても二曲目で踊ることはなかったから。
「そう。どうかな?」
あくまでも私を尊重してくれるらしい。そんなの踊りたいに決まっている。
「は、はい。いいですけど……」
「よかった。じゃあ始まるまで隣にいてもいいかい?」
「え? う、うん」
そしてそのままラウルが隣に立つことになった。令嬢たちの視線が感じる気がする。
どうしてだろう。ここにお兄様がいればきっと仲良く話していたと思うけど今日はいないのに。
そんな風に考えていると主催者である侯爵が夜会開始を表明し、一曲目のダンスが始まった。
そして二曲目が始まる時にラウルが手を差し出してくれた。
「エルネスティーネ、踊ってくれませんか?」
「勿論です」
ニコリと微笑んでホールの中央に赴き、ダンスを踊っていく。
ラウルが上手にリードしてくれるため軽やかに踊ることができる。
「上手だね」
「ラウルのリードが上手だからだよ」
「それならいいんだけど」
音楽が流れているため、小声で会話をしても周りには聞こえない。
「もしかして高いヒール履いている?」
「うん。いつもより大人びたくて。でもいつもと同じだよね」
苦笑しながら明るく言う。自分で言ってて辛くなる。サリーが頑張ってメイクにドレスもしてくれたのに申し訳ない。これは私のせいだ。
そう思っていたらラウルがいつもどおりの優しい笑みで爆弾発言をした。
「そんなことないよ。正直、一瞬誰かわからないくらい美人だったし」
「……へ?」
……今、なんと? 美人…? 美人って言った?
じっとラウルを凝視してしまう。自分の幻聴だと言われた方が納得できる。
「……今、なんて?」
「美人だったよ」
幻聴ではなかった。
「じ、冗談じゃなくて?」
「なんで冗談言う必要があるの? きれいだよ」
「っ……」
私の気持ちを知らずに優しい笑みでさらりときれいだと言い放つ。ズルい。
「さ、さっきはかわいいって言ったじゃん」
「伯爵夫人の前できれいって言いにくいよ。それに…ほら、副団長に伝わったら僕、羽交い締めの刑だよ?」
「…………」
本日二度目の沈黙。確かに、お父様ならやりかねない。否定できないのが辛い。
それじゃあ、本当に思ってくれたんだ。
「よかった……」
これでサリーの努力が報われた。サリーは今日のために頑張ってくれたから後日何かあげよう。
「だから、この後は大変だろうね」
「……? この後?」
何が大変なのだろう。頭に疑問符を浮かべているとラウルが苦笑して小さく囁いた。
「とりあえず、高いヒール履いているし、ダンスは無理してはいけないよ」
「……わかったよ」
そして二曲目のダンスが終わって一言別れの挨拶をしてラウルと別れた。
「メイファレット嬢、私と踊ってくれませんか?」
次はどうしよう、と思っていたら三曲目でとある子息に声をかけられたため応じた。
そして、ラウルの言うことを理解した。
***
「キャロルキャロルキャロルキャロルー!!」
「私の名前はキャロルキャロルキャロルキャロルーではないけど?」
呆れた眼差しを向けながら葡萄の果実水を飲むキャロル。ごめん、でも許してほしい。今は疲れているんだ。
「やっと、やっと解放された……!」
「お疲れ様。はい、柑橘の果実水」
「ありがとう……」
キャロルから柑橘の果実水を受け取る。ひんやりとしていて、冷たくておいしい。
「まさか連続ダンスだとは思ってもいなかったよ……」
「今日のエルネスティーネはいつもと違うからね。化けたらすごいわね」
「キャロル、言い方」
昔から思っていたけど、キャロルは少し毒舌なところがあると思う。
「ごめんごめん。でもいつもはかわいさが残っているのに、今日はきれいね」
「うちの優秀なサリーのおかげです!」
ふふん、と鼻が高くなってしまう。サリーが褒められると自分のことのように嬉しくなる。
「そうそう、ラウル様と踊ってたわよね? どうだった?」
「! そうだ、聞いて! 今日はいつもと違ったんだ!」
いつも私の愚痴や相談に付き合ってくれているキャロルに早く報告がしたくて話すと、キャロルが自分のことのように喜んでくれた。
「よかったじゃない!」
「ありがとう!」
きゃあきゃあと会場の端で話す。この夜会では友人はキャロルしかいないため二人で盛り上がっている。
「もしかして美人系がタイプ?」
「う~ん。どうなんだろう。特に好みはない雰囲気だけど…」
かわいい系や美人系、清楚系に大人っぽい妖艶系の令嬢たちにも同じ雰囲気だからわからない。お兄様? 役に立たない。
「でも本当よかったわね」
「うん」
そしてその後も二人で話していたらある人がやって来た。
「キャロル」
「まぁ、ルハン様?」
キャロルに声をかけたのはキャロルの婚約者であるルハン様だ。
「ご友人と一緒では?」
「そうだったんだけど、冷やかしてきたから逃げてきたんだよ」
「まぁ、ルハン様ったら」
キャロルがふふ、と笑ってルハン様も幸せそうに微笑んでいる。これはあれだ。私、邪魔だ。
「キャロル、ルハン様とお話ししたら? 私はちょっと夜風に当たるから」
「ちょっと、エルネスティーネ?」
「メイファレット嬢?」
キャロルとルハン様の二人が声をあげるけど、婚約したばかりなんだ。二人で仲良く話してほしい。
こそっとキャロルに囁く。
「婚約結んだばかりでしょう? 今はルハン様とお話しして?」
「……エルネスティーネったら。ありがとう」
「ううん、じゃあね。それではルハン様、私はこれで失礼します」
「こちらこそすみません、メイファレット嬢」
「いいえ」
伯爵令嬢らしく、きれいなカーテシーだけしてテラスへ向かう。
夜会はまだまだ続くのだから。
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