決着:マーカスとミヨリ

「はぁあっ!」


 マーカスの斬撃がタコの頭部を持つ人型の魔物、オクトシャーマンを捉える。オクトシャーマンは手に持った杖を落として断末魔の叫びを上げた。


「バカナ……ナゼ……!」


「貴様らは人間を侮り過ぎた。それだけのことだ」


 そこに、親衛隊を破ったハザクラたちが合流する。オクトシャーマンは何も答えられず、そのまま息絶えた。


「……やったか」


「はは、まさか俺たちだけでここを制圧できちまうとはな」


「捕まってた人たちが協力してくれたお陰です」


「気を抜くのはまだ早い。他にも魔物が潜んでいる可能性もある。急いで彼らと合流するぞ」


 ハザクラの言葉に頷く一行。彼らは警戒を緩めずに、今来た道を引き返す。


「そう言や、見当たらなかったな」


 走りながら、アグロがポツリと呟く。


「何がですか?」


「いやほら、奴隷、ああいや、捕まってた奴らが話してたろ? 魔物たちがなんか、一抱えはある真っ黒な珠を運んでいるのを見たって」


「ふむ、たしかにそのような話が上がっていたな」


「爆弾かもしれないって話にあったやつか」


「もしかしたら高価なもので、奥のあの部屋に保管されてるかとも思ったんだが、無かったしな」


「別の場所に運び込まれたのでしょうか?」


「道中にそれらしきものはなかったが……まだ隠された部屋などがあるかもしれぬな」


「なら結局、今やることは変わらないな。この洞窟の構造を知っているのは、ここで働かされていた人たちだ」


「だな。悪い、余計なことを」


「いえ、もしかしたら大事なことかも知れませんし」


「ああ。私も言われるまで忘れていた。思い出させてくれて感謝する」


「……へへ。嬢ちゃんたちは優しいねぇ」


「俺は優しくないように聞こえるが?」


「おっと、こりゃ失礼」


 マーカス一行は、互いに笑みを浮かべながら、洞窟を後にした。


◇ ◇ ◇


 屋敷の前。ミヨリは苦戦を強いられていた。

「ギャア!」

 襲いかかってきたリザードマン、その体を貫いた血濡れの刃がミヨリを襲う。

「ううっ!」

 ミヨリは魔物の血を浴びながらも、後退して凶刃を避けた。体から剣を生やしたリザードマンは、何故自分が刺されたのかも分からないまま絶命する。死体は結晶を残して消え、ミヨリに付着した血液もすぐに空気に溶けていった。

「ちぇっ、役に立たないな。ほら次! どんどん行け!」

 剣士の命令に従ったリザードマンが再度ミヨリに殺到する。その目に迷いはない。

魔物とて生き物で、言語を扱う程度の知能を持つリザードマンであれば感情も持つ。しかし彼らは感傷を抱かない。同じリザードマンであっても、自と他とでは全く異なる存在であると考えるのだ。

 故に彼らは、仲間が刺されたことに関しても深くは考えない。あいつは何かヘマをしたから刺された、くらいにしか思わない。自分も同じように背後を突かれるのでは、などの疑いは抱かないのである。

 その思考回路は、弱肉強食の世界では合理的とも言えた。

「どうして……!」

 そしてその行動は、ミヨリの心を大きく揺さぶった。戦いの最中にあってもミヨリは、非合理的にも、彼らに同情してしまう。哀しみを覚えてしまう。

 何より、その行為を完全には否定できないことに、言葉にできない感情を抱いてしまう。

(私だって今まで、食べるために生き物を殺めてきた。襲いかかってくる魔物をたおしてきた。だけどこんな……こんな命の使い方……!)

 絶対に認めたくない。しかしその根拠を説明できない。命に感謝すれば赦されるのか? 不可抗力であれば赦されるのか? 感謝とは? 不可抗力とは? 疑問が湧いては消えていく。

「ほらほらほらほらぁ!」

 考えている間にも、リザードマンは突進してくる。赤い刃が命を狙ってくる。

「ミコちゃん!」

「くそっ、こいつらどんだけいるんだ!」

 せめてリザードマンだけでも相手しようとする船乗りたちも、別の魔物に襲われ手が出せない。回復する隙も与えられず、多対一を強いられ続けるミヨリは、確実に消耗していった。

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 杖を構えるミヨリを、リザードマンが囲む。その後ろに隠れた剣士は、どこから飛び出してきても不思議じゃない。

(相手に少しでも隙があれば……!)

「やれっ!」

 ミヨリの願いは届かない。剣士の声に、リザードマンたちは一斉に飛び掛かった。

「はぁあっ!」

 前、反動で後ろ、回して左右。

 眉間を突く。脇腹を薙ぎ払う。時には蹴りも交えて。

 余計な力は抜き、可能な限り最小限の動きで、間合いに入った敵を確実に戦闘不能にしていく。

「あっ!」

 しかし迷いのある中での攻撃は精彩に欠けた。無意識の内に加減された力は、時に体を疲れさせ、時に敵をたおし損ねる。

 そして攻撃を受けても意識を保つことのできたリザードマンが、ミヨリの杖を掴んだ。

 隙は一瞬。しかし機を窺っていた剣士にとっては、それで十分だった。

 バリィン!

「キュウビ!」

 自分の意思で現れたキュウビが、防御結界を纏って間に入る。剣を叩きつけられた結界は甲高い音を立てて破れ、弾かれたキュウビの体が消える。

「うぁっ!」

 キュウビが稼いだ時間で体勢を整えたミヨリもまた、相手の勢いを正面から受けて飛ばされる。その先には、新手の魔物が待ち構えていた。

(……ダメ、倒しきれない……)

 迎撃の準備をするミヨリは、どうしようもない窮地にあることを自覚する。

魔物は五体。二体は倒せても、残りの三体に動きを封じられる。そして今度こそ、赤い剣に貫かれるだろう。

(ごめんなさい、キュウビ。ごめんなさい、オニマル。ヤクモ、ごめんね……)

 一体、二体、魔物を倒しながら、心の中で謝罪するミヨリ。

(ごめんなさい、師匠……!)

 涙に濡れたその目が、三体の魔物を映す。

「らぁっ!」

 しかし次の瞬間、絶望に歪んだ視界から、魔物が一体消える。

「え……」

 驚いている間に、残りの二体も倒れていく。そしてその奥から、明るい服を着た大きな男が現れた。

「祭りには間に合ったな! 大丈夫か?」

「あ、あなたは……?」

「酒場のごろつきだよ」

「っ!」

 ガキィン!

 暗闇から伸びる刃を杖で受けるミヨリ。

「うぉっ!?」

「ちぇ」

 突然現れた剣士に驚きつつも、巨漢はこん棒を振るって応じる。剣士は舌打ちをして距離を取った。

 そしてこの瞬間、ミヨリの周りに敵はいなくなる。

(今なら!)

「『ヒール』!」

「やばっ!」

 ミヨリは残り少ない魔力で回復魔法を唱えた。剣士は回復させまいと剣を投げる。

「っぶねぇ!」

 しかし直線的な動きは巨漢にも対応できた。ミヨリの前に出したこん棒に回転する剣が食い込む。その間に、ミヨリを包む柔らかな光は消えつつあった。

「ありがとうございます! あとは私が!」

「お、おい!」

 巨漢の言葉も気に留めず、ミヨリは剣士との距離を詰める。

「おいお前ら! って、くっそ……」

 剣士は盾代わりにするリザードマンを呼ぶも、数を減らしたリザードマンは全て、船乗りたちや巨漢に連れられた他のごろつきたちの相手をしていた。孤立した剣士はここで初めて、ミヨリと一対一で戦うことになる。

(魔力はもうない。残った体力を全て使ってでも、この人は倒す!)

「はぁあっ!」

 体力を取り戻したミヨリは、はやる気持ちを抱きながらも淀みなく攻撃を繰り出す。相手が非道な人間であることも相まって先程とはまるで異なる動きを見せるミヨリに、剣士は完全に防戦一方だった。

「ちょ、待て、うぎゃ!」

 元々二本の剣で戦っていた剣士は、一本の剣でどうにか対応するも、完全には捌ききれない。虚実入り混じった杖の動きに翻弄され、少しでも隙ができればそこを突かれてしまう。何度も打突を食らう剣士の体力は、限界に近づきつつあった。

「ふっ!」

 バギィン!

「へっ?」

 そしてそれは、武器も同様だった。剣が折られ、僅かに呆然とする剣士。その隙を見逃すミヨリではなかった。

「がっ!」

 地面すれすれの位置から加速した杖の先端が顎を捉えた。体ごと打ち上がった剣士は、ろくに身動きも取れないまま地面に落ちる。すかさず相手の上を取ったミヨリは、震える手を顔の辺りで泳がせる相手の首元に杖を向けた。

「あ、ぁああ……」

「えっ」

 そこで彼女は、自分が戦っていた相手の顔を見た。衝撃で仮面が飛んだらしい。口から血を流す、同年代のように見える少年の顔が、怯えの表情を浮かべてこちらを見上げていた。

「た、たすけ、命だけは……!」

「え、そ、その……」

 疲労と混乱が、ミヨリの頭から戦闘の意識を薄れさせる。杖の位置が揺れ動く。

「ぎゃはっ!」

「きゃっ!」

 それは致命的な隙だった。杖を引かれ体勢を崩したミヨリの腹に、少年の蹴りが刺さる。杖から手が離れたミヨリの体が後ろに倒れ、少年は立ち上がった。

「『ダークブレイド』ぉ!」

 魔法を唱えた少年の手に黒い刃が現れる。ミヨリはまだ立ち上がれない。その手に武器はない。魔力も、ない。

 ミヨリの体感時間が、間延びしていき――

「あ……」

 剣の形をした闇が振るわれる。ミヨリの視界に、鮮血が舞う。

「ぐぁあ……!」

 その血は、両者の間に割って入った巨漢のものだった。斬り落とされたこん棒が、ゆっくりと地面に落ちる。

「おい邪魔だっ!」

 再度血飛沫が上がった。男は声も上げずに崩れ落ちる。ぬるっとした感触が、ミヨリの頬を伝って。

「いやぁああああ!」

 考えて動いたわけではない。ミヨリは咄嗟に落ちている武器、こん棒に食い込んだままの剣を手に取ると、巨体の陰から真っすぐ、少年の胸に突き刺した。

「……は?」

 少年は自分の胸元を見下ろすと、呆けた声を上げた。それは奇しくも、彼の手によって貫かれたリザードマンの最期に似ていた。

 ミヨリの手に、人体を貫く感覚が刻まれ――


 ミヨリは 魔族に魅入られし者を たおした

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