屋敷での戦い
「まったく、魔物だらけじゃのう……」
用心棒たちと共にガーメッツの屋敷に侵入したヤクモは、人間の服を着た魔物を倒してから息をついた。
「モクヤさん、この辺りは制圧しましたぜ!」
「良し。外で負傷した者は中に入れよ」
指示をしている間に廊下の奥から、狼のような魔物の群れが姿を現す。
「やれやれ、よくぞこれだけの魔物を隠し通せていたものじゃ」
「モクヤさん、あいつらは俺たちが――」
男たちが言い終わるより早く、ヤクモが鞭を振るう。破裂音のような甲高い音が響くたびに、魔物は前から順に倒れ、結晶を残して消えていった。
「す、すげぇ……」
「モクヤさん、骨折してたよな……?」
「ミヨリ、ではなかった、ミコリの治療が良かったのでな」
(
骨を折られる直前、ヤクモは黒衣の男に謝られていた。そして、暫くは海に出ないよう伝えられていたのである。その言葉に従い十分な休息をとった彼女は、
(さて、どうするべきか)
問題は今の状況だ。船乗りたちの話によれば、自分たちは魔物の少ない正面口を押さえておけばそれでいいとのことだったが、まるで話が違った。屋敷の中から魔物の群れが溢れ出るばかりか、背後からも人間に扮した魔物たちが襲ってきたのだ。
戦闘は想定していたが挟撃されるとは思わなかったヤクモは、後背をミヨリに任せ、自身は屋敷の中へと攻め入った。そして今、屋敷の中に安全地帯を確保した彼女は、次の行動を思案する。そこに船乗りたちがやってきた。
「うおっ!? もう制圧してる!?」
「流石モクヤさんだぜ!」
「お主ら、背後の様子はどうじゃ?」
「ミコリンが抑えてくれてます!」
「怪我した奴らも回復してもらって、魔物たちと戦ってまさぁ!」
「ふむ、了解じゃ」
(ミヨリはよくやっているようじゃな。先に後顧の憂いを断つべきかとも思ったが、まだどれだけ魔物が潜んでいるかも分からぬ。我はマーカスに見られても問題ないはずじゃし、先に中の制圧を優先すべきかの)
「よし、お主らはこの場を死守せよ。我は中の魔物を倒しに
「え、でも冒険者たちは、俺たちに正面を抑えろって……」
「その指示は、我らが魔物どもに襲われないことを前提としたものじゃ。それが崩れた今、従い続ける理由はない。中を制圧せねば、外にいる仲間が危ういかもしれぬのじゃからな」
「なら俺たちも!」
「いや、我は一人の方が動きやすい。その方が不測の事態にも対応しやすいしの」
「……確かに、俺たちじゃ足手まといか……」
「分かりやした姉御! ここは任せてくだせぇ!」
「うむ!」
用心棒たちにその場の保持を任せたヤクモは、屋敷の奥へと駆けていく。現れた魔物はすれ違う前に斃し、素早く確実に制圧を進めていった。
(意外と少ないのう。さっきのが最後だったのか、裏から入ったらしい冒険者たちの方に行っているのか……どちらにしろ、もうすぐ終わらせられそうじゃな)
「ぐあっ……」
「っ!」
くぐもった悲鳴を耳にしたヤクモは、速度を速めて声のした方へと向かう。
「ここかっ!」
分厚い木の扉を蹴破るヤクモ。その視界に、無謀の面を着けた黒衣の存在と、壁にもたれるようにして立つ眼鏡の男が映る。
「お前は……やはり回復していたか」
「くそ……ここまでか……」
短剣を構える黒衣の敵は、明らかにバルコーではなかった。即ちこの街の問題を引き起こしている黒幕であり、それと戦っていたであろう眼鏡の男は冒険者だろう。
判断するが早いか、ヤクモは鞭を振るう。敵は攻撃をナイフで防ぎ、金属音が響いた。
「ぬ」
巻き付かせようとした鞭が弾かれ、拘束が失敗する。その隙に敵は弾いたのと逆の方向、眼鏡の男に向かって走った。
「動くな!」
人質にされるより先に、もう一つの鞭が男に伸びる。男は戸惑いつつも抵抗せずに拘束されると、そのままヤクモの元へと引き寄せられた。
「ちっ」
黒衣の敵は舌打ちをすると距離を取る。ヤクモは男の拘束を解くと、両手で鞭を構えた。
「お、お前は……」
「用心棒のモクヤじゃ。お主は冒険者じゃな?」
前を向いたまま答えるヤクモ。
「あ、ああ。シーガルだ。お前は、魔物じゃないのか?」
「ほう、分かるのじゃな。その通りじゃが、味方じゃよ」
「『ダークボルト』」
ヤクモは答えながら敵の放つ黒い魔弾を鞭で迎撃すると、再び敵の拘束を試みる。敵は鞭の軌道、先程見た長さと速さから、動きを予想し回避を行う。
しかし動くのは鞭だけではない。ヤクモ自身も敵に近づき、距離を詰めていく。それに伴い長さに余裕の出来た鞭の動きも複雑化していく。
「おのれ……」
敵は回避を諦め、短剣での防御に切り替えた。鞭を弾き、空いた手で放った魔弾でヤクモをけん制する。だがヤクモが振るったもう一つの鞭は、魔弾を貫くに留まらずその勢いのまま、逃げ場のない相手へと伸長する!
「『ダークボルト』」
「なにっ!?」
拘束を確信した瞬間、敵の背後から飛来した魔弾に鞭の軌道が逸らされる。動揺からもう一つの鞭の動きも止まり、その隙に敵は安全な場所へと退避した。
「ムシクさんともあろう方が、苦戦しておられるようですね」
「マキュロか」
そして現れたのは、ムシクと呼ばれた敵と同じような格好をして、短剣の代わりに杖を持った人物だった。鞭の長さを戻したヤクモは、額に汗を滲ませる。
(新手か……。奴も強そうじゃの)
「シーガルとやら、お主はまだ戦えるか?」
「……いや、難しいな……」
「ならば正面口へと逃げよ。今ならまだ我の仲間が
「……すまない」
シーガルの足音が遠ざかる。その間にマキュロと呼ばれた敵は、ムシクに回復魔法をかけていた。
(短期戦は望めそうにないの……)
ヤクモは息をつくと、鞭を背中にしまう。これ以上魔力を失っては厳しいという判断からだ。
ヤクモが戦いの方針を決めるのとほぼ同時に、敵の準備も終わった。
「相手の女性は、何やら魔物に似た気配を感じますが」
「大方、人間に使役されているのだろう。説得は無駄だ」
「そうですか……。残念ですね。中々の実力の持ち主だというのに」
「納得したなら、手早く済ますぞ」
「ええ」
ムシクが突進し、その背後のマキュロが空中に複数の魔弾を出現させる。
戦いの疲労が残るヤクモは、しかし笑みを浮かべて、連戦に身を投じた。
「うぉらぁ!」
「海の男なめんじゃねぇ!」
屋敷の前、船乗りたちの後背を襲ってきた魔物を船乗りたちが返り討ちにする。
人に化けていたリザードマンは武器こそ持っていないものの力が強く、最初は船乗りたちが劣勢だった。しかしミヨリが魔物たちの勢いをくじき、船乗りたちは数の優位を活かして多対一に持ち込むことで、形勢逆転したのだ。
「へっ。意外と大したことねぇな」
「見ろよ、魔物どもビビッて近づいてこなくなっちまったぜ!」
「これもミコちゃんのお陰だな!」
「ミコリン最高!」
「い、いえそんな……。それより皆さん、お怪我はないですか?」
狐面をつけたミヨリの言葉に、野太い歓声で返す船乗りたち。少し気圧されつつも、けが人がいないことに安心したミヨリは、ほっと胸を撫でおろした。
(ここはもう大丈夫そうですね。ヤクモの所にいった方がいいでしょうか?)
「っ! 危ない!」
思考の最中、魔物の間から黒い影が飛び出してきた。その手に持つ剣が屋敷から洩れる光を受けて鈍い光を放つ。
ガキィン!
咄嗟に影の正面に立ち、剣を杖で受けるミヨリ。黒衣に身を包んだ剣士は、剣を滑らせて指を狙う。ミヨリはそれに合わせる形で腕を引き、剣を支点に回転させた杖で相手を狙った。杖の先が頭に吸い込まれるより先に、相手は剣を持つ手に力を入れると、杖を押してその反動で距離を取る。
そこでようやく、船乗りたちが事態を呑み込んだ。
「ミコちゃん!?」
「こいつ!」
「離れてください!」
加勢しようとする船乗りたちに、ミヨリは強く言い放つ。その真剣な声音に、男たちの足が止まった。
武器は短剣でないものの、服装と言い仮面と言い、数日前に自分たちを襲った相手とそっくりな敵に、ミヨリの緊張が増す。
(この人……前に船で戦った人と同じだ。魔物じゃなさそうだけど、バルコーさんと似たような感じがする……)
間違いなく、周囲の魔物よりも強い相手だった。船乗りたちに相手をさせるわけにはいかないと、杖を持つ手に力が入る。
「へぇえ、結構やるじゃん」
黒衣の剣士はどこか楽しげに言うと、ローブの裾からもう一本、剣を取り出した。
「雑魚の腕を一本ずつ切り落とすだけのつまんない作業だと思ってたけど、思いの
「あ、あなたは人間ですよね? どうしてそんな残酷なこと……」
「はぁ? ボクが人間? 何言ってんの?」
敵は両手の剣を打ち鳴らすと、小馬鹿にするように笑う。
「ゲナーゲヘロ様に選ばれたボクがただの人間と同じなわけないじゃん。ボクはもっと上位の存在なの」
「……たとえそうであっても、人々を苦しませるなんて許せません!」
「許しなんかいらないよ。あんただって、魔物を倒すのに許可なんかとってないでしょ?」
「そ、それは……」
予想外の反論に言い淀むミヨリ。何か反論しなければと理論を組み立てようとするも、その前に相手が襲い掛かってきた。
「ハイ、ボクの勝ち! 分かったら死んでね!」
「くっ!」
ミヨリは迷いを押し殺し、邪悪な剣士との戦いに臨む――!
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