作戦会議

「揃ったな。それでは作戦を説明する」


 夕刻、上級冒険者エルシオは、最後に入室したマーカス一行を視認すると、壁に貼られた簡易的な間取り図を指示棒で示す。集まった船乗りたちからしたら若造にしか見えない男は、淀みなく言葉を発する。


「ガーメッツの館への侵入口は三つ。そのうち正面を船乗りたちに任せ、我々冒険者は裏の二つから侵入する」


「ほ、本当に正面の魔物は少ないんだろうな?」


「ああ、暴れでもしない限り魔物が変装を解くことはないだろう。陳情を装い正面口を封鎖してくれればそれでいい」


「まあ海の中ならともかく、おかの上ならこっちも戦えるけどよ」


「用心棒だっているしな」


 強気な船乗りたちが笑い声を上げる。それが収まり始めた頃を計らい、エルシオは話を続けた。


「我々冒険者は敵の退路を断ってから、屋敷内を制圧していく。中は魔物の巣と思ってくれていい。人の姿をしていても躊躇するな」


「ま、待ってください!」


 声を上げたシエルに注目が集まる。視線に気圧されながらも、彼女はどうしても気になることを尋ねた。


「ほ、本当に中には、人はいないのですか? もし倒した相手が人間であったら……」


「いたとしても、魔物に加担するような輩だ。容赦は要らない」


「そんな!」


「あー、はいはい。現実を見ない子供は黙っててね~」


 エルシオ隊に所属し、彼と同じく上級冒険者であるカナンが、小馬鹿にするように言う。童顔である彼女は、その口調も相まって、エルシオよりも若く見えた。


「この作戦の責任者は俺だ。全員が満足のいく作戦でないことは分かっているが、俺なりに一番被害が少なく、且つ迅速に問題を解決できるものだと信じている。だから今は従ってくれ。価値観のぶつけ合いは問題が解決した後だ」


 エルシオの言葉に、初級冒険者であるシエルは歯噛みする。


「そしてマーカス隊、お前たちには別働隊として動いてもらう」


「別働隊だと? 我々も屋敷の制圧に加わるのではないのか?」


 ハザクラの問いに、眼鏡をかけた男、エルシオ隊の中級冒険者シーガルがため息をつく。


「マーカス隊の面々は、さっきから話の腰を折ってばかりだな。話が終わるまで待てないのか?」


「くっ……」


 ギリ、と奥歯を鳴らすハザクラ。咳ばらいをしたエルシオが改めて口を開く。


「金の無い者たちが奴隷として運ばれる島がある。その島に潜入し、奴隷たちを解放してほしい」


「……たった三人で?」


 マーカスの疑問に、エルシオは首を横に振る。


「義賊のアグロを含めた四人だ。奴隷たちを盾にされては困るからな。少人数で潜入し、密かに奴隷たちを解放してほしい」


「俺は一人でも構わないぜ?」


 欠伸混じりに言ったのは、この街を騒がせている盗賊、アグロだ。エルシオより少し上の年に見えるその男は、引き締まった体のほとんどを黒い服で隠していた。


「悪いが、義賊一人に任せるわけにはいかない。魔物による事件は、冒険者が解決に関わる必要がある」


「はっ。今まで知らんぷりしてきた奴らがよく言うぜ」


「ほ~? 義賊クンは喧嘩好きかな? 私買おっか?」


「ああ、言い間違えた。図星を突かれて逆上する奴らがよく言うぜ」


 カナンの額に青筋が走る。アグロは挑発するように笑みを浮かべた。


「二人ともよせ。今は無駄な争いをしている場合ではない」


「だったら無駄な配慮もいらないだろ。冒険者が必要だってのはそっちの都合だ。俺は一人でやらせてもらうぜ」


「……好きにしたいならそれでもいい。しかしその場合、この事件の後にお前がお尋ね者になるぞ」


 エルシオの脅しに、アグロの笑みが消える。


「こちらとしても、この街の問題の解決のために尽力してくれた者を悪人扱いしたくはない。しかし法に照らし合わせれば、お前のしたことは犯罪に当たる。それを調査活動の一環として扱うためにも、冒険者を連れて行ってくれると嬉しいのだが」


「………………」


 暫く黙っていたアグロであったが、やがて諦めの息を吐いた。


「分ぁったよ。連れて行ってやらぁ。ただし、足引っ張ったら見捨てるからな」


「それでいい。マーカスたちも、それで問題ないな?」


「……ああ」


「承知した」


「はい……」


 三人の同意を得たエルシオは頷くと、その場にいる全員に語り掛ける。


今日こんにち、セブンブリッジは自由を取り戻す。各員、全力を以て臨むように!」


 力強い返事が上がった。




「本当に、これでいいんでしょうか……?」


 島に上陸する予定の四人は、宿屋の一室で準備を進めていた。その最中、シエルがポツリと呟く。


「屋敷の制圧について、か?」


「はい……」


 ハザクラの問いに頷くシエル。彼女はどうしても、人が犠牲になる可能性があることに納得できなかった。


「気持ちは分かるが、人に化けた魔物もいる以上、躊躇いはこちらの死に繋がる。納得するしかない」


「そんな……。冒険者が、人を殺すだなんて……」


「だったらお前が止めてみろよ」


 二人の会話に、アグロが割って入る。


「魔物の大群相手に、無傷で圧倒できるほどの実力があれば、不可能じゃないぜ?」


「それは……」


「お前だって分かってるはずだ。そんなこと無理だってな。だったらいつまでもうじうじ悩んでるんじゃねぇ。それはただの自己満足だ」


「っ……!」


「……アグロとやら、もう少し言い方があるのではないか? もし人がいた場合にどうするか、考えることも許されないと?」


「許さないとまでは言わねぇけど、時間の無駄だとは言いてぇな。作戦はもう決まったし、俺たちは屋敷で動くわけじゃねぇ。島で奴隷を盾にされたらどうするかを考えていた方がまだ建設的だ。今は理想を追う時間じゃない。違うか?」


「……それは、その通りだが……」


 納得しきれない様子のハザクラに、アグロは大きくため息をつく。


「やれやれ、見た目も中身も年相応かよ。あんたはどうなんだ? 隊長のマーカスさんよ」


 話を振られたマーカスは、準備の手を止めるとアグロに向き合う。


「俺は、俺にできることをやるだけだ。この作戦を成功させるためにな」


「はっ。流石は隊長殿。小娘たちと違って現実が見えてらっしゃる」


「ああ。だからあんたも現実を見てくれ。協力者が協力的でなければ、失敗の可能性が上がる」


「っ!」


「それに、あんたも理想があったから義賊をやってたんだろ? 納得できない現実をどうにかしたくて、考えた結果が義賊だったんだろ? なら時間の無駄に終わったとしても、思考停止して従うよりはマシだと思わないか?」


 反論されたアグロは、暫く沈黙してから、声を上げて笑う。


「はっはっは! 確かにその通りだ。これは俺が全面的に悪いわな。あーっと、シエルとハザクラだったか? すまなかったな」


「あ、い、いえ……」


「う、うむ……」


 深く頭を下げるアグロに二人が戸惑う。


「マーカスも、ありがとよ。島に着いてからも、その調子で頼むぜ」


「ああ」


「そんじゃ改めて、よろしくの挨拶ということで」


 そう言って、アグロが手を差し出す。マーカスは笑みを浮かべてその手を握った。


◇ ◇ ◇


(憧れの延長かと思いきや、意外としっかりしてんじゃん。これなら期待できそうだな)

(マーカス殿……やはり雰囲気が変わったか? 普段はもっと、控えめな態度であったように思えるが……)

(昨日とは別人みたいです……。午前中どこかにでかけていたみたいですけれど、何かあったんでしょうか?)

(先生、見ていてください。俺が必ず、世界を救って見せます)

 仲間から一目置かれるようになったマーカスは、自身を強くしてくれた相手に報いようと、入念に準備を進めるのだった。

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