シナリオの進行
同日、夜。
(本当に、それしかないのか?)
バルコーは奴隷の集められた島で、必死に思考を巡らせていた。目の前に広がる海は、もうすっかり黒に染まっている。
(ムシクたちが奴隷を集めに出た好機、行動を起こすならここしかない。だけど……)
彼は島の中心部、丘の上に立つ建物に目を向ける。そこには未だ、彼が唯一対処できない相手、ローゼビスタがいた。
(本当に島から離れないのか? イベントは遅くともあと三日以内に進行するはず。それまでにローゼビスタはここから居なくなると思っていたのに)
いつか魔界に帰るだろう。シナリオ上で登場しないことを根拠にしたバルコーの希望は、ほぼ打ち砕かれていた。自然な退場が見込めない以上、バルコー自身が動いて事態を動かす他ない。しかし未だにローゼビスタが滞在している理由さえ分からない彼にとってはリスクが高すぎた。
巡視を装うバルコーは、海からは見えにくい位置を周りながら思考を巡らせる。
(実はローゼビスタはこの時点で陰からマーカスを見ていて気に入ったから手を出さなかった……いや、彼女の性格上それは考えにくい……)
何度目になるかも分からない、ローゼビスタの存在はシナリオ上正しかったという可能性の模索を行うも、結果は同じだった。何かから逃げるように足を速めたバルコーは、島を一周したところで立ち止まる。
(……覚悟を決めるか)
鋭く息を吐くバルコー。楽観的な希望を、行動への躊躇いを、頭の中から吐き出していく。
(大丈夫……。死ぬしかないと思っていたあの時よりかは、余程マシだ)
バルコーの目的は、ローゼビスタをこの島から去らせることであり、討伐ではない。それならばまだ、不可能ではないように思えた。
話の流れによっては、殺されることもあり得るが……。
(よし)
決心した、その時だった。
「っ!?」
海から強い気配を感じたバルコーは、反射的にその方角を向いた。その先は、ムシクたちが使用する港の反対側、奴隷たちが土を捨てる場所に近い崖の辺りだ。
(今夜かよ!)
そこはバルコーが下調べして見つけ出した、マーカスたちの上陸位置となる可能性が一番高い地点だった。気配の正体に気づいたバルコーは全速力でローゼビスタの元へと向かう。
(四つの気配……特に強い一つはアグロだろう。これならここのボスくらい普通に倒せそうだけど、その前に何としてでもローゼビスタを離れさせないと!)
丘の麓に着いたバルコーは跳躍し、僅かな突起を足場にして崖を上っていく。ムシクに教わったことで、足から魔力を放出し滞空することが可能になった彼は、落下を恐れず進むことが可能だった。
「ふう……」
バルコーは半分の時間で屋敷の前にたどり着くと、呼吸を整えてからノッカーを鳴らす。その強さ故であろう、危機に疎いローゼビスタは、如何なる時でも自分に対しての礼節を求めていた。
魔法を用いた照明に照らされた屋敷の中、真っ直ぐ最上階へと向かうバルコー。その歩みは、心臓の鼓動に合わせるかのように速くなる。しんと静まり返った室内に、足音が響く。
(落ち着け……。きっとなんとかなる……)
最上階。いくつかの想定問答を終えたバルコーは、大きな扉を軽く叩く。
コンコン
「誰?」
(よし、部屋にいたか)
「ガルフです。ローゼビスタ様にお伝えしたいことがございまして」
「そ。丁度良かったわ。入りなさい」
「はい」
丁度良いとはどういうことか。疑問に感じながら扉を開く。ギィ、という音と共に、部屋から闇が漏れた。
「……シュテン?」
扉を閉めたバルコーが瞬きをして暗闇に目を慣らすと、部屋の脇にオニマルが倒れているのが見えた。
「動くな」
駆け寄ろうと踏み出した足が止まる。ガラス張りの天井から差す月の光の下、深紅の双眸がバルコーを捉えていた。
「……これは一体、どういうことですか?」
「どういうことか、ですって? それはこっちのセリフよ、ガルフ」
豪奢な椅子に座るローゼビスタは、酷薄な笑みを浮かべて、続けた。
「あなた、私を騙したわね?」
◇ ◇ ◇
潮の流れを知るアグロの操舵で目立たぬ場所に上陸したマーカス一行は、打ち合わせ通り一言も発さぬまま行動を開始した。夜目が利くアグロを先頭に、可能な限り静かに島の中を進んでいく。
「っ!」
道中、松明を手に巡回するリザードマンが現れるも、物陰に隠れてやり過ごす。
やがて彼らは、働かされている奴隷たちの姿を捉えた。男女問わずボロボロの衣服に身を包み、過酷な肉体労働を強制される姿に、シエルは思わず目を背ける。
「ひどい……」
「そう思うなら、少しでも早くあいつらを解放するぞ」
「と言っても、特に拘束されているようには見せぬな。スコップやシャベルは武器にもなる。見張りの魔物を倒せば反乱を起こせるのではないか?」
「いや、反乱を許すほど
マーカスの言葉通り、奴隷たちは皆、虚ろな目をして作業していた。
その内の一人、荷台で土を運ぶ女性が、足をふらつかせる。
「あっ」
思わず口を突いて出た言葉を、シエルは慌てて手で抑える。しかしその直後、それをかき消すほどの大きな音が響いた。
「あ……」
「倒れた……」
周りの奴隷たちは、疲労が滲む声で呟くだけだ。倒れた女性に、槍を持つリザードマンが近づく。
「オイ、ハヤクタテ」
「う、うう……」
「タテ」
ガッ!
槍の石突で女性を突くリザードマン。しかし女性は弱い呻き声を上げるだけで、動きはない。
暫く女性を突いていたリザードマンだったが、やがてその髪を掴むと、海の方へと引きずっていく。
「まさか……」
「ちっ……」
ハザクラが怒りに目を燃やし、アグロが舌打ちをする。シエルは両手で顔を覆った。
そしてついに、崖の近くまでやってきたリザードマンは、その手にあるものを投げ込もうとして――
「ア……?」
その前に、自身の頭が崖下へと落ちた。
「ナ、ナニモノダ!?」
「シンニュウシャダ! ハヤクナカマニ――」
その様子を見て騒ぎ立てる他のリザードマン。その内の一体の体から、アグロが手にするナイフが生える。
「はぁあああ!」
もう一体に斬り込むハザクラ。不意を突かれた魔物はろくに抵抗もできぬまま
「ナニゴトダ!」
「マサカ、ボウケンシャカ!?」
「ちっ、やっぱりこうなったかよクソッ!」
「ふっ、それでこそマーカス殿だ!」
「マーカスさん! その人は……」
「まだ息がある。回復を頼んだ!」
倒れた女性をシエルに任せたマーカスは、魔物の群れへと突進する――!
◇ ◇ ◇
「ハザクラ! 左から来る敵頼む!」
「う、うむ!」
「アグロ! 俺の脇を抜けてくる奴らは任せた!」
「おう!」
「シエル! 薬草で奴隷たちを癒してくれ!」
「は、はい!」
指示を出しながら、マーカスは押し寄せてくる魔物たちを次々と斬り伏せていく。決して弱くはない魔物たちを相手に大立ち回りする姿に、ハザクラとシエルは目を見張った。
魔物の波が引いた頃には、マーカスの前に魔物の成れ果て、結晶の山が築かれていた。奴隷たちから歓声が上がる中、三人の仲間が彼の元に集まる。
「やるじゃねぇかマーカス! 全然討ち洩らさねぇから、何もすることが無かったぜ」
「マーカス殿、一体どうしたというのだ? あの魔物たちをたった一人に相手をするなど……」
「戦いながら、指示もされてましたよね? あんな状況下で、全体を見ることができるだなんて……」
「あん? お前らはこいつの実力知らなかったのか?」
「いや、その、以前とは別人のようでな……」
「昨日から少し、雰囲気が違うんです……」
「へえ?」
戸惑いを向けられたマーカスは、薬草を
「俺のことは後でいいだろ。それより今は時間との勝負だ。一気に中を制圧するぞ」
「おっと、それはそうだ。早速行こうぜ」
「う、うむ、そうだな……」
「そ、そうですね。急ぎましょう」
奴隷たちを引き連れたマーカスたちは、魔物たちを倒した勢いのまま、要塞内に突入していった。
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