人事を尽くして

(流石に両手両足はやりすぎたか?)

 ムシクの背を眺めながら、バルコーは自責の念に駆られていた。

(キュウビの力なら治せはするだろうけど、あまり手加減はできなかったしな……。回復魔法だって、どこまで万能だか分からない。後遺症なんかがないといいけど……)

「っ!」

「ガルフ」

 反射的に、跪いた。

「浮かない顔だったわね。どうしたのかしら?」

「申し訳ありません、ローゼビスタ様。この度の任務、この男では十分な結果を得られず――」

「ムシク。あなたには訊いていないわ」

「……はっ。失礼しました」

「ガルフ。仕事の内容と成果を話しなさい」

「はい」

 ローゼビスタへの報告は、その蠱惑的な顔を見て行わなければならない。心の準備を終えたバルコーは、ゆっくりと顔を上げる。視線はギリギリまで下げ、肌色が見えた瞬間に上げることで、露出した肌を視界の中心で捉えることを避けた。

(ノースリーブ……いや、意識するな)

「私の仕事は、最近活気を取り戻している一部の船乗り共の心を再び折ることでした。仕事を失わせ、この島の労働力とするのが目的です」

「少し聞き取りづらいわ。もっと近くに来なさい」

 片耳に手を添えるローゼビスタ。たおやかな指が月に照らされる。

「はい」

 バルコーは立ち上がり、数歩進んだところで膝をつく。相手の顔がより見えるようになり、かぐわしさが際立つ。

「船乗り共が漁を再開するに至った要因として、魔物を退ける実力者が現れたことが大きいと判断し、これを叩きのめすことで目的に近づこうと考えました」

「そ。それで結果は?」

「実力者一名の手足を折りました。魔法の使い手がいれば傷は治るでしょうが、実力差を見せつけましたので、暫くは漁に出られないかと」

「生ぬるいわね。手足を切り落とすくらいしても良かったのに」

「申し訳ありません。相手も中々の強者でして、再起不能にするには惜しいと感じましたので」

 嘘ではなかった。ローゼビスタはその真意を測ろうと目を細め、やがて焦点をバルコーの背後に移す。

「ムシク。あなたから見たガルフの働きは?」

「はい。ローゼビスタ様の仰った通り、手ぬるいというのが率直な感想です。あの船にはもう一人、別の実力者もいました。再起の目をわざわざ残したのは失態という他ありません」

「そうよねぇ。これはお仕置きが必要かしら?」

 浮遊したまま近づいたローゼビスタは、腕を伸ばしてバルコーの耳を撫でる。官能的ですらある美しい腋を目にしたバルコーは、奥歯で砂利を噛む。

「……ローゼビスタ様から頂けるのであれば、喜んで」

「……ふん。まあいいわ。あの人間から文句が来なければ」

 バルコーの反応が面白くなかったのか、ローゼビスタは高度を上げる。

「ご苦労だったわね。もう休んでいいわ。ムシク。後はよろしく」

「はっ!」

 ムシクと共に頭を下げるバルコー。やがてその視界に、ムシクの足が入る。

(……よし、今回も耐えられたか。ある程度耐性もつきはじめてきたみたいだな)

 顔を上げると、ローゼビスタはもういなかった。ムシクは黙って夜道を進む。

「声くらいかけてくれてもいいんじゃないか?」

「黙れ。ローゼビスタ様によこしまな視線を向ける畜生が」

「……ひどい言いぐさだな」

 相手が見てないと知りつつ、バルコーは大げさに肩をすくめる。当然、反応はなかった。前に一度、腰の剣に手をかけても特に何も言われなかったことから、ムシクが死角の情報を得る手段はないと考えての行動だ。

(まともそうに見えて、ムシクも相当拗らせてるよな。自分がローゼビスタの一番の配下に相応しいっていう自尊心に凝り固まっているっていうか)

 何故そこまで心酔しているのかは分からないが、バルコーは呆れつつも、それだけ自分を懸けられるものがあることに憧れのようなものを抱いた。

(だけどゲームじゃ、ただの敵キャラクターで終わるんだろうな……)

 そして同時に、これだけのキャラクターがゲームの表舞台に登場していないことにやるせなさを感じた。

 だからだろうか。彼は別に言わなくても良いことを口にする。

「ま、安心しろよ。あと一週間もすれば、俺はローゼビスタ様の前から消えるから」

「なにっ」

 突然の告白に振り返るムシク。足を止めた相手に合わせ、バルコーもその場に立ち止まる。

「それは一体、どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。これ以上ここに居ても、得られるものはなさそうだからな」

「お前は強くなりたいのだろう? まだ先になるかもしれないが、魔界に案内されれば、お前に力を与えた魔族の情報も得られるかもしれないぞ?」

「俺をほっぽった魔族のことを知ったところでな。そもそも魔界に案内されない可能性もある。だったら俺は、元の気ままな武者修行に戻るさ」

「……ローゼビスタ様の力になりたいという言葉は、嘘だったのか?」

「嘘じゃないさ。だが俺が近くに居ると、ローゼビスタ様の下僕の中で一番の忠臣が働きづらそうなんでね。ローゼビスタ様のことを思えばこそ、身も引けるというものさ」

「………………」

 バルコーは歩みを再開すると、すれ違いざまにムシクの肩を軽く叩く。

「ちょっと早いけど、世話になったな。お前のお陰で空中浮遊も習得できたし、感謝してるぜ」

「う、うるさいっ。去るつもりならばさっさと去れ」

「ああ。もう少ししたらローゼビスタ様にも伝えるさ」

 ムシクの前を歩きながら、バルコーは夜空を見上げる。

(もう少ししたらイベントが進行する時期だ。ローゼビスタはいつまでここに留まるつもりだ……?)

 シナリオ上ではここでローゼビスタは登場しなかったため、いつか退去するだろうと期待を抱いていたバルコーだったが、それも怪しくなってきた。待つしかないと分かってはいるものの、バルコーの胸には焦りが去来する。

(強制力に懸けて何もしないという選択もできなくはないが、もしムシクたちが介入してきたらまずいことになる)

 ヤサカニ村のダンジョンでも、ゲームには登場しなかった敵キャラクターが出てきたのだ。ここでも、本来出現しないはずの『魔族に魅入られし者』が敵キャラクターとして現れてもおかしくない。そうなればゲームオーバー必至だ。

(宝箱の設置や地図の用意も終わったし、反乱の火種も撒いた。……あとはもう、祈るしかないか)

 無駄と知りつつも、夜空に輝く星に願うバルコー。

 その願いが届いたのであろうか。翌朝、彼が予想だにしなかった出来事が生まれることとなる。

 ただしそれは、彼のあずかり知らぬ場所で起きるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る