エルドの正体

 三日後。

 エルドに報酬を払うべく、セブンブリッジの外で魔物を狩りまくり結晶を換金したバルコーは夜、『BAR:In Brain』にてオニマルと一緒に水を飲んでいた。

「なあガルフ、遺産が隠されてるって話、本当か?」

 そこに、以前バルコーにちょっかいをかけてきた巨漢が声をかけてくる。バルコーは不快そうに目を細めた。

「どこからその話を聞いた?」

「さてな。だが噂になってるぜ。今夜取りに行くんだろ? 俺にも一枚噛ませてくれねぇか?」

「悪いが今は、協力者は要らないんだ」

「そう言うなよ。お宝探すのに人手はいるだろ?」

「場所は分かってる」

「……ちっ」

 巨漢は舌打ちすると、自分の席に戻っていく。やっぱり聞かれていたか、とバルコーはため息をついた。他の席でも、ここに遺産がだのどこが怪しいだのという話がまことしやかに囁かれている。随分と尾ひれもついているようで、噂が流れる原因となったバルコーは申し訳ない気分になった。

 カランカラン

 噂に盛り上がる酒場の喧騒が、その者の登場で止んだ。三日前と同じ格好で現れたエルドは、自身に集まる視線も意に介さず、カウンターへと歩みを進める。

「水を」

「は、はい」

 水を受け取ったエルドは、バルコーとオニマルのいる席へと向かう。どこかの席で、溶けた氷がグラスに当たる甲高い音が店内に響いた。

 エルドはバルコーの正面に立つと、水をテーブルの上に置き、立ったまま話す。

「準備はできた」

 おお、と誰かが声を上げ、バカ、と誰かに咎められる。店の端にある席の会話を少しでも正確に聞こうと、その場にいる誰もが耳を澄ませていた。

「今すぐ行けるか?」

「ああ」

「よし」

 短く答えると、エルドは背を向け出口へと向かう。

「水、飲まないのか?」

「くれてやる」

「ありがとう」

 バルコーは水を一息に飲み干すと、オニマルと共にエルドの後を追った。

 カランカラン

 外に出ると、冷たい夜の空気がバルコーの肌を刺した。エルドは後ろを振り向くことなくかなりの速さで進んでいく。尾行を警戒しているのだろうか、と考えながら、バルコーもその後を追った。

 エルドの足はどんどん速くなっていった。雲の多い空からの僅かな星明りだけが頼りとなる暗い道を、まるで自分の庭であるかのように駆けるエルド。バルコーはその気配を追ってどうにか距離を保ち、それを追う形でオニマルもついていった。

 やがて、バルコーとオニマルは人気のない波止場へと辿り着く。形ある闇、海の唸りがオニマルの身を震わせた。

「よく着いてこれたな」

「このくらいできなきゃ、魔物が巣食うあの島に行こうとは思わないさ」

 肩を竦めるバルコーは、闇の中に浮かぶ白い面の奥で、エルドが笑ったように感じた。

『船乗りたちが連れていかれる島に向かいたい』。バルコーがありもしない遺産の話をしながら、紙に書いてエルドに見せた内容だった。そこは後々マーカスたちが訪れる、重要な場所でもあった。

(ゲームだと、島に上陸した後は引き返せないからな。序盤の詰みポイントで本当に詰みにならないよう、今度こそサポートしないと)

「それで、ここから行くのか?」

「そうだ。もうすぐ連れが来る」

「連れ?」

(シナリオじゃ、こいつに仲間はいなかったはずだが)

 首を傾げた直後、バルコーはこの場に近づいてくる者の気配を察知した。

 最初は二つ、それが徐々に四つ、八つと増えていき、ついには二十にまでなった。

(尾行を撒けなかったのか? いや、このレベルの高さは一体……)

「他の奴らも来たようだな」

「……何のことだ?」

「分からないか?」

 エルドは、淡々と続けた。

「――この街で破産し、我らの奴隷となる者たちだ」

「っ!」

(しまった……!)

 最初から人違いだったとバルコーが気づいたときには、既に後戻りできない状況だった。エルドと同じ格好をした人物らが、手錠と猿轡さるぐつわで拘束された人たちを連れて続々と現れる。

「おや、先を越されていましたか」

「ほう、そいつが例の男か?」

「普通だねぇ。自分から奴隷志願するって聞いていたから、どんな奴かと思ったら」

「あれ、まだ拘束されてないじゃん。奴隷なら奴隷らしい扱いをしないと」

 口々に言う四人から、魔物の匂いはしない。しかしその言動は間違いなく魔物寄りのものだった。そういった存在に、バルコーは心当たりがあった。

(魔族に魅入られし者、か……)

 それはバルコーと同様、魔族から力を与えられた元人間を指す名称だ。ゲーム内では厄介な敵キャラクターとして、に登場する。

「暴れられても困るし、調教がてらちょっと斬りつけるね」

「ギャウ……」

 魔族に魅入られし者に敵意を向けられたオニマルが、臨戦の構えをとる。魅入られし者はローブの裾から二本、剣を取り出した。

「へえ、活きが良さそうじゃん。楽しめそっ!」

「おい待て、迂闊に――」

「『ダークボルト』」

 あわや戦闘が勃発するかと思われた直前、夜闇やあんより暗い魔法の砲弾が空に向かって放たれた。

「うえぇっ!?」

 当たればひとたまりもないと確信した魅入られし者は、慌てて距離を取った。他の者らも否応なしに警戒度を引き上げる。

「……意地が悪いな、エルド」

 未だ包囲された状態のバルコーは、オニマルの頭に手を乗せて、口だけで笑う。

「仲間ならそうと言ってくれよ。危うく一体、殺しかけたところだ」

「……悪い。まさかお前もそうだとは思わなかった」

 バルコーが魔に与する者らしい脅しをかけると、エルドも素直に頭を下げた。実力の披露がかなり効いたらしい。動揺を笑みで隠したバルコーは、安心させるようにオニマルの肩を叩く。

(今のでどうにか、立場は対等以上になれたかな。さて、ここからだ……)

 バルコーの見立てでは、この場にいる五人の敵が相手でも勝算はあった。しかしオニマルや、相手が連れてきた人たちのことを考えると、この場で戦うことはリスクが高かった。

 何より、ここで暴れては島に侵入する手立てがなくなるばかりか、敵の警戒を引き上げる結果になりかねない。それではマーカスを手助けするどころか、余計に攻略を難しくさせて妨害することとなる。バルコーとしては、そんな事態は何としてでも避けたかった。

 そこで彼は、自分もまた仲間であることを示し、穏便に島へと渡れるよう演技をすることにしたのである。その掴みは、ある程度成功したようだった。

「え、エルドって、お前のことか!? ムシク! 何で教えてくれなかったんだよ!」

「手練れだとは伝えていたはずだ。何のために貴様らを集めたと思っている」

「もしかして、俺を倒すためか?」

「……ああ。冒険者かと思ってな。気を悪くしたのなら謝る」

「いやいいさ。考えなしに行動する相手よりかはよっぽど好感が持てる」

「うっ……」

 バルコーは、考えなしに行動した相手から順に他のに視線を遣ると、胸に手を置いて自己紹介をした。

「改めて、ガルフと言う。魔族から力を与えられたのは大体一年前だ。後は勝手に強くなれとか言われて放置されたから武者修行のために各地を巡っていたんだが、この辺りで魔物が人を集めてるって情報を手に入れたんでな。仲間に会えるかと思って訪れたんだ。こいつ、シュテンはその道中で拾った。言葉は喋れないが、こいつも俺と似た境遇らしい」

 バルコーがオニマルの頭に手を置くと、頷きが返ってきた。オニマルも自分のを理解したらしい。

「強くなれ? そんな曖昧なことを言って放置するとは……。一体どんな魔族だったのです?」

「顔も見せず、名乗りもなしに質問をぶつけてくるとは、いい度胸だな」

 鋭い視線をぶつけられた相手は、慌てて仮面を取った。星明りに、利発そうな青年の顔が照らされる。

「失礼しました。私はマキュロと申します。魔族の賢者、サブラク様に仕える者です」

「マキュロか、よろしくな。さて質問に答えたいんだが、どんな魔族と言われてもな、全身黒い鎧で覆われていたから、何とも言えないな」

「黒い鎧……まさか、黒騎士様!?」

「お喋りは船の上でしろ。迎えだ」

 エルド改め、ムシクが海を向く。そこには先程までなかった、それなりに大きな船があった。不気味さを醸している無人の船に、ムシクは音も立てずに乗る。バルコーとオニマルはその後に続いた。

「魔物に引かせているのか。便利だな」

「お前は魔物を使役した経験はないのか?」

「ないな」

 勿論、嘘だ。マーカスたちに斬られ斃れていったゴブリンたちを思い出し、バルコーは暗い気持ちになる。

「時間があれば今度、教えてやろう」

「それは助かる」

 バルコーがムシクと話をしている間に、他の仲間も拘束された人々と共に乗船する。その最中、船の前で足を止めた男が背中を強く蹴られた。

「ほら、さっさと乗れよ!」

「うう……」

「あいつは……」

「ジョゴだ」

「随分と乱暴な奴だな。上に立つ奴の気品が疑われるんじゃないか?」

「僕も同意見だ。が、あれはあれで使い道があるんだろう」

「ふん……」

(ごめん、今は耐えてくれ……)

 今この場で救えないことを心の中で謝罪するバルコー。そんな彼らを乗せた船が、ゆっくりと動き出した。


◇ ◇ ◇


 夜、マーカスはベッドの上で目を覚ました。

「……ここは?」

「あ、目を覚ましましたか?」

「宿の部屋だ。何があったか、覚えているか?」

「……魔物に挑んで、その……」

 上半身を起こしたマーカスは、躊躇いがちにハザクラを見る。ハザクラは黙って、マーカスに先を促した。

「……返り討ちに遭った」

「その通りだ」

「心配したんですよ。朝、一人で外に出て行くのを宿の人が見ていて、それで気づいたんです」

「強くなりたいと思うのは結構だが、自分の実力くらい把握しておいてほしいものだ」

「…………悪い」

 俯くマーカスに、ハザクラはため息をつく。

「明日も早い。今日はゆっくり休め」

「それでは、失礼します」

 二人が退出し、マーカスは部屋に一人残される。抑えた慟哭どうこくの声が響いたのは、それからすぐのことだった。

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