運命を跳び越えて
地を這う大蛇の顔を狙ったハザクラの斬撃は、ヤクモが頭を持ち上げることで回避された。そこをマーカスが跳躍して攻撃を加える。
(これだ!)
バルコーはマーカスたちに背を向ける。
「よし、頭が下がってきた!」
「もう少しだ! 一気に畳みかけるぞ!」
「今です! 行ってください!」
「ミヨリ!」
バルコーの声は、声の出ない彼女にだけ届いた。
「オニマルで俺を投げてくれ!」
「っ!」
ミヨリは強く頷くと、オニマルを召喚する。オニマルはバルコーと目を合わせると、両手を上に伸ばす。
バルコーは跳んでその手の上に乗ると、オニマルの溜めに合わせて膝を曲げ――
(届け!)
投げと同時に膝を伸ばし、ヤクモに向かって大きく跳んだ。
確実な手段、というわけではない。薄暗い天井から落ちる岩と思わせればあるいは、くらいの考えから出た行動だ。
見られても問題ないという確信はない。オニマルと協力すれば届くという根拠も、いきなりの協力が上手くいく保証もない。
それでも行動に移せたのは、助けられる可能性がまだ残っているから。シナリオの犠牲者を出したくないという願望と、今動かなかったらこの先も動けないという予感があったから。
いつ死んだかも分からない前世と同じように、何もなさずに消え去ることが怖かったから。
様々な理由からとったその選択は、結果論としては、大正解だった。
「やめて!」
理想的な軌道を描いて飛んだバルコーが落下を始めるのと同時に、ミヨリの声が響いた。不意を突かれたマーカス隊は、大蛇と距離をとってから振り返る。
未熟が故に隊の全員が目標から目を離したその間に、バルコーはヤクモの傍、辛うじて残った土の山の陰に落ちる。バルコーの接近に気づいたヤクモもまた、体から力を抜いて地に倒れた。
「我、バルコーは望む。汝、ヤクモの契約者となることを。我が捧げるは血と魔力。我が求むるはその力。以て契りを交わさん。問おう。汝、我と共に歩むか否か!」
詠唱が終わり、契約魔法が発動する。溢れる光は、バルコーが土の山の陰にいることと、ヤクモが消滅する前に発せられた淡い光に混ざり、目立たなくなる。
(……承る)
意識を手放す寸前に契約に同意したヤクモは、すぐに人型となってバルコーの傍に横たえられた。瀕死だったからか、元々契約していたからかは分からないが、バルコーにとってはこの上なく好都合だった。
「ヤクモさん、これを飲んで!」
バルコーはヤクモの頭を抱きかかえると、懐から社の箱の中にあったものを取り出す。
それは蘇生薬という、並の方法では癒しきれない、死に瀕した者でも蘇らせられる霊薬だった。蘇生魔法が使えないバルコーが、回復魔法ではヤクモを救えない場合を考えて用意したものである。
バルコーは震える手で薬の中身をヤクモの口に流し込む。薬液は少しずつヤクモの中に入っていくが、防御反射のためか
「っ! ごめん!」
躊躇は一瞬だった。バルコーは残りの薬液を自らの口に含むと、ヤクモに口移しする。ヤクモの体は一瞬跳ねるも、やがて喉が上下し始める。
「頼む、起きてくれ!」
マーカスたちに聞かれるかもしれないという考えすら頭から抜けたバルコーは、効くかどうかも分からない心臓マッサージをしようと胸に手を当て――
「……
「ヤクモ!?」
「騒ぐでない。奴らに
「あ、……ああ。でも本当に良かった。本当に……!」
くしゃくしゃになった顔に涙が伝う。ヤクモは困ったように笑って、ゆっくりと手を伸ばし涙を拭いた。
「ところで、いつまで我の胸に手を置いているつもりじゃ? そんなに離したくないのかの?」
「えっ」
そこでようやく、バルコーは掌の感触に意識を向け、
「△●☆&$♯□↑▼∪!」
声にならない叫びを上げて土下座した。
「くく、良い良い。
「いえその、勘弁してください……」
「ははは、
ヤクモは上半身を起こすと、バルコーの頭を撫でる。
「ありがとうの、
「……こちらこそ、待っててくれてありがとう。それと、辛い目に遇わせてごめん」
「まったく、
「それだけ、って……」
あまりにあっさりとした言動に驚異の念を抱くバルコーを置いて、ヤクモは慎重に陰から顔を覗かせる。
「うむ、ミヨリも冒険者どもも、既にこの場から去ったようじゃな。これで晴れて、我はシナリオから解放されたというわけか。いやめでたいのう」
「あ、ああ。そうだな」
(何はともあれ、ヤクモさんは助かった。どこに落とし穴があるか分からない以上油断は禁物だけど、今は素直にそのことを喜ぼう)
シナリオにこそ関与できないものの、そこで語られるキャラクターの力になれることを知れたバルコーは、今後の行動に対する大きな自信を持った。
「さて、
「え、どこに?」
「決まっておろう」
陰から出たヤクモの姿が、ランタンの光に照らされる。
地面に着きそうなほど長い黒髪、褐色の肌。
生地が薄く袖のない黒の肌着と、同じ色のホットパンツ。
およそこの世界に似つかわしくない装いの美少女が、縦に長い瞳孔を持つ
「ミヨリのところじゃよ」
◇ ◇ ◇
ミヨリの話を聞いたマーカス隊の面々は、晴れない表情で彼女の家を後にする。
「まさかあの魔物が、村を守っていたなんて……」
「我ら冒険者の身から出た錆だったということか。村の者には、悪いことをしてしまったな……」
「全ての魔物が悪というわけではない……。この教訓は、胸に刻まないといけませんね」
「ミヨリさんから話を聞いていれば、救えていたかな?」
「どうであろうな。向こうは兄弟を殺されていたのだ。その仇ともいえる冒険者の我々にできることは、あまり多くなかったはずだ」
「戦いで大人しくさせられれば話はできたでしょうが、手加減して倒せる相手ではありませんでしたし……難しかったでしょうね」
三人の間に、沈黙が降りる。暫く足音が響いた後、口を開いたのはマーカスだった。
「俺たち冒険者は、人々の暮らしを守る役割も背負っている。その人たちのことを知ろうとしなきゃ、本当の意味で守ったことにはならないんだな」
「その通りだな。ただ魔物を倒せば良いというわけではないと、今回の件で痛感した」
「
「ああ。俺たちが何のために危険を冒すのか、見つめ直さないとな」
◇ ◇ ◇
(何度も死にかけるわ、ミヨリちゃんを仲間にするどころか嫌われるわで、散々だったぜ。ゲームならもっと楽させろよな、ったく……)
(マーカス殿……志は立派だが、自分が今朝まで起きなかったことについては触れないのか? ……いや、既に謝罪は聞いていたが。……いかんな、私としたことが、話を蒸し返そうなどと……)
(せめて私だけでも話を聞いていれば……ですが薬草を採りにいっていなければ危なかったですし……これが最善だったと思うしかないですね……)
宿へと向かうマーカスとその後を続く二人の間には、自然と距離ができていた。
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