拮抗する実力

 マーカス隊が村に到着するのと、村の中で悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。


「な、なんだ!?」


「こっちだ!」


 ハザクラを先頭にマーカスたちは悲鳴の元へと向かう。その途中、倒壊の音と悲痛な叫びが響いた。


大蛇おろち様! お止めください!」


「どうかお許しを! お許しを……!」


 そして到着した彼らが見たのは、木造の家一棟を絞めて潰した大きな黒蛇の姿だった。


「な、なんだあの魔物は!?」


「あれはまさか、大蛇おろちか!? 既に討伐されていたはずだが……」


「ハザクラさん、何かご存知なのですか?」


「貴様ら、冒険者か!?」


 ハザクラが答える前に、建物の屋根に頭を乗せていた大蛇が咆哮のような声を上げる。その眼には憎しみの炎が宿っていた。


 言葉を発せられることに驚きつつも、マーカスは正面から巨体を見据えて答える。


「あ、ああそうだ! 俺たちはマーカス隊。この村の調査を命じられた!」


「生き残りがいたとはな……。人々の安寧を脅かす魔物め。貴様も成敗してくれる!」


「何も知らぬ余所者が! 死して後悔するがよい!」


 怒れる大蛇が、マーカスたちに襲いかかる――!


◇ ◇ ◇


 異変は戦いが始まった直後に起きた。

(なぜじゃ……体が思うように動かぬ……!)

 マーカス隊の三人を前にしたヤクモは、かつてない脱力感に襲われた。重い病にかかったかのような倦怠感さえある。

「そこだ!」

「ぐあっ!」

 ハザクラの剣が鈍重になったヤクモの体を傷つける。

(馬鹿な、あのような貧相な武器が、我の体を傷つけるなど……!)

 戸惑うヤクモに、マーカスが斬り込んだ。

「くらえっ!」

「ぐうっ!」

 ただ刃物を振り回しているだけに見えるその攻撃もまた、ヤクモの鱗を裂き血を流させる。

「おのれっ!」

 ヤクモはマーカスの攻撃後の隙を狙い、重い体をどうにか持ち上げて体当たりをする。

「『プロテクション』!」

 しかし突如現れた光の壁が、攻撃を阻んだ。いつもの自分であれば難なく破れるはずの障壁に、ヤクモの巨体が止められる。

「そこだ!」

「ぐああ!」

 格好の的となったヤクモを、ハザクラの斬撃が襲う。

(痛い、苦しい……!)

 その体にいくつもの傷を負ったヤクモは、生まれて初めて死の恐怖を感じた。

(我は死ぬのか? こんなところで? ……いや、違う。シナリオとやらの流れであるならば、我は――)

 そこでヤクモは、近づいてくる親友の気配を感じ取った。


◇ ◇ ◇


「く、強い……!」


「今まで戦ってきた魔物とは比べ物にならないな……」


「ですが、諦めません。この村を救うためにも!」


「救うじゃと? 笑わせてくれるな!」


 満身創痍のマーカスたちに、黒蛇はトドメを刺そうと突進する!


「ダメ!」


 その時、両者の間に一つの影が飛び込んだ。


「き、君は!?」


「何をしている! 離れろ!」


「ダメです、間に合わない!」


 圧倒的な質量が、白装束を纏った人物に迫る。マーカスは間に合わないことを悟りつつも手を伸ばした。


「……ミヨリか」


 しかし衝突の寸前、大蛇は勢いを上に反らし人影を避けると、苦々しい口調でその人物に話しかけた。


 マーカスたちが呆気にとられる中、少女は涙ながらに訴える。


大蛇おろち様、どうか、どうかお鎮まりください! お怒りはもっともです。ですがどうか、この私の命に免じて!」


「なっ!?」


 進んで命を捧げようとする少女に、マーカスは思わず声を上げた。


「何をバカな! そんなことする必要はない!」


「その通りじゃ。お主に償ってもらおうなどとは考えておらぬ。償うのは」


 鋭い眼光がマーカスを射抜く。


「貴様らじゃ!」


「くっ!」


「オニマル!」


 少女、ミヨリが叫ぶと、マーカスの前に少年ほどの背丈を持つ鬼が現れる。正面から大蛇を止めることなどまず不可能だというのに、その小鬼、オニマルは一歩も引かなかった。


「ちぃっ」


 そしてまた、大蛇の方から避ける。その隙を突かんとハザクラが距離を詰めた。


「はぁあっ!」


「キュウビ!」


 しかし振るった刃は、突然目の前に現れた小狐、キュウビが展開した白い光の壁、防御結界に防がれる。


「な、なぜ邪魔を!?」


「そちらの方も、どうか剣を納めてください! この場で戦うのは、どうか……!」


「この場では、か。いいじゃろう」


 大蛇はマーカスたちから距離を取ると、鎌首をもたげる。


「明日の夜じゃ。明日の夜、忌々しいこの村の全てをうち壊してくれよう。止めたくば社の奥の洞窟に来るが良い。……次会った際には、相手がお主であったとて容赦はせぬぞ、ミヨリ……」


 そう残して、黒い巨体は村の外へと消えていった。


大蛇おろち様……」


「……あなたは、一体何を知っているのですか? あの大蛇のことを、よく知っているようでしたが」


 大蛇と何かしらの縁がありそうな少女ミヨリに、シエルが話しかける。ミヨリはマーカスたちを振り向くと、深々と頭を下げた。


「先ずは、この村の事情に巻き込んでしまったことをお詫びいたします。ですが大蛇おろち様の件は村の問題です。あなたたちは一刻も早くここから離れてください」


「そうはいかないよ。俺たちは冒険者だ。魔物に襲われそうな村を前に、逃げ出したりなんかできない」


「その通りだ。何か事情を知っているなら、我々に話してほしい」


「冒険者……そう、でしたか……」


 冒険者。その言葉を聞いたミヨリは顔を伏せる。


「どうかしましたか?」


「……いえ。冒険者の方であれば、尚更、立ち入ってほしくありません。ですがどうしても話を聞きたいというのであれば、村の外れにある私の家に来てください」


 それでは。そう消え入るように言ったミヨリは、早足でその場を去った。


「冒険者には立ち入ってほしくない? どうしてなんだろう?」


「この村にはつい先日も、大きな蛇の魔物が群れで襲ってきたと聞いている。その脅威から村を守ったのは冒険者のはずだが……」


「何か深い事情があるようですね。話を聞きに行きますか?」


「しかし明日の夜にはまた村を襲うと言っているのだぞ。それが本当だとも限らん。話を聞いている時間はあるのか?」


「……ひとまず、宿で体を休めよう。今後の方針を決めるのはそれからだ」


◇ ◇ ◇


 村から戻ったヤクモは、バルコーが思っていた以上に傷ついていた。洞窟の最奥でランタンに灯りを点けていた彼は、驚いて大蛇に駆け寄る。

「ヤクモさん、大丈夫か!?」

「あまり、良くはないの……」

 バルコーの回復魔法で傷を癒したヤクモは、自分の身に起きたことを伝える。

「今も体が重いままじゃ。適当にあしらってやられた振りをする、というのは難しいの……」

「そんな……」

 間違いなく強制力の仕業だった。今朝になって契約が強制解除されただけでなく、ヤクモの能力にまで影響を及ぼしたことに、バルコーは認識の甘さを痛感する。

(一定以上強くならないよう制限されるだけかと思っていたのに、今ある実力にまで影響を与えるなんて……。これは本当に強制力によるものなのか?)

 同時に疑問を抱くバルコーだったが、現にヤクモが弱くなっている以上、原因の究明は先延ばしにするしかないと思考の向き先を変える。

たおれた振りをしてもらっている間に、昨日作った土の山の陰に隠れた俺が再度契約をする予定だったけど、下手したら演技する間もなくやられるかもしれないな。マーカスを支援するつもりだったけど、今回はヤクモさんに有利な状態にしておくか)

 バルコーはランタンから結晶を取り出し、灯りを落としていく。段々と光が消える洞窟の中で、バルコーの考えも暗くなっていった。

(もし、もしシナリオで、ヤクモさんの死が確定していたら? ヤクモさんがもう助からないほどに傷つかないと、イベントが進まないとしたら?)

 考えないようにしていた恐ろしい可能性を、頭を振って追い出す。

(まだだ……。もっと手を打たないと!)

 親友を斬るしかできなかったあの頃とは違う。自分にできることは何でもするのだと、バルコーは決意を新たにした。


◇ ◇ ◇


「ふう、ようやく一息つけるな」

「しかし、宿屋の主人も我らに良い感情を持っていないようだったな」

「やはり、ミヨリさんから事情を聞いた方が良さそうですね。しばらくしたら伺ってみましょう」

「……それなんだけど、俺は休ませてもらっていいか?ほら、荷物番も必要だし、明日のためにもゆっくり休まないといけないからさ」

「……戦いの準備に時間を充てるというのは、妥当な意見ではあるな。明日の夜と言っていたが、今晩日付が変わった瞬間に襲ってくるやもしれぬ」

「確かに備えはしておくべきですが、であれば尚更話を聞いてみるべきでは? あの大蛇のことも良く知っているみたいですし」

「………………」

「マーカス殿?」

「んあっ!? な、なんだ?」

「……マーカスさんには、休んでもらった方が良さそうですね」

「そうだな。これからのことは、我ら二人で話すとしよう。マーカス殿は眠っているといい」

「あ、ああ……。悪い、ありがとう……」

(はぁ、ようやく満足に休めそうだ……)

(隊の長が真っ先に休むとは。見方によっては悪いことではないが、やれやれ)

(うう、私も休みたいですけど、マーカスさんの分も翌日に備えないと……)

 疲労困憊の隊長マーカスは、隊の方針を二人に任せ、意識を手放すのだった。

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