攻略と後悔

 バルコーには特異な体質がある。

 彼の体は自然と、僅かではあるが周囲の魔力を吸収し、それを自身の生命力に置き換えているのだ。

 この体質により、ゲームでは自動的に体力を回復する能力を持っていた。

 そして今のバルコーも、同じ能力を宿していた。

「『リカバー』」

 故に、霊体からの攻撃による虚脱感は、霊体に触れ続けている状況でも、回復することができると知っていた。

(魔法も使える。なら――)

「『ダークボルト』」

「ぐおおっ」

 黒い魔弾が白い体を突き破った。体力を取り戻したバルコーはそれを追う形で拘束から脱出する。

(よし。こっちでも魔法攻撃なら霊体にもダメージを与えられるな。あとは――)

「兄者」

「おのれ、人間め」

「戯れは終わりだ」

「今すぐ殺せ」

「八つ裂きにしてくれようぞ」

「この世に生を受けたこと、後悔させてくれる」

 魔法の有効性を確認したバルコーに、互いに距離をとった大蛇が怒涛のように押し寄せる。

「『ダークエンチャント』」

 それに対し、バルコーは再度魔法を使った。しかしこれは直接的な攻撃をするものではない、武器や防具に闇の魔力を纏わせるものだ。

「ぐああああっ」

 そしてすれ違いざま、霊体に剣を走らせる。闇の魔力が付与された漆黒の剣は、今までとは違い確実に霊体に傷を与えていた。

 狩られる側から狩る側へと立ち位置を変えたバルコーは、自ら大蛇へと向かっていき、その白き体に黒き刃を突き立てる。苦痛の叫びが連続し、広い空間内に木霊した。

 初めの内こそ荒々しく動き反撃を試みていた大蛇たちだったが、斬られる度にその体は薄くなり、動きも緩慢になっていく。

 それに比例して、バルコーの表情は曇っていった。

「馬鹿な……ありえぬ……」

「人間ごときに……我らが……」

「おのれ……おのれぃ……」

「ふざけるな……復讐もせずに終わるなど……」

「このまま消えるなど……認めてたまるか……」

「呪ってやる……末代まで呪ってやるぞ……」

 背後が透けて見える程その存在を薄くした大蛇たちが、怨嗟の声を上げる。バルコーは動かなくなった怨霊を置いて、倒れている黒蛇に近づいた。

「『リカバー』」

「う、あ……」

 大蛇の体を強い光が包み込む。その光が収まると、黒い巨体がゆっくりと持ち上がった。

「……大丈夫か?」

「うむ……。あの、兄者たちは……?」

「……今ならまだ話せるはずだ」

 初めて霊体を相手にしたバルコーは、光の強い場所を避けて攻撃をした。それが功を奏したかは定かではないが、亡霊となった大蛇はまだ全員存在を保てていた。

 しかしその体からは、ゆっくりと光の粒が離れていっており、長くはないことが見て取れた。

「そう、か……」

 黒い大蛇は少し頭を低くすると、動かなくなった白い大蛇の元へと向かっていく。

「ヤクモ、何をしておる」

「我らの仇がそこにいるのだぞ」

「今すぐその頭を噛み砕け」

「そして村を滅ぼし、恨みを晴らすのだ」

「それこそ、唯一生き残ったお前の使命だ」

「逃げるでない」

 死の間際にあっても、亡霊は相変わらずだった。バルコーは無言で俯く。

「……もう、よかろう」

 とその時、今までずっと黙っていた一頭が口を開いた。

「兄者」

「一体何を言っておられるのです」

「良いわけがありませぬ」

「我らの苦しみを人間に与えぬことには」

「左様。死んでも死に切れませぬ」

「ご乱心なされたか」

「黙れ!」

 大蛇の一喝は、今までで一番強く響いた。他の六頭が言葉を失っている間に、その一頭は消えつつある体を起こす。

「我とて憎く思う気持ちはある。しかしその気持ちに呑まれ、話もせずに手を出した結果がこれだ。身から出た錆は、受け入れるしかなかろう」

「兄者……」

 黒蛇と白蛇の目が合う。

「ヤクモ、すまなかったな。お主の話も聞いておくべきだった」

「いえ……こちらこそ、もっと強く、自分の意見を主張できておれば……」

「それを許さなかったのは我々だ。気に病むことは無い」

 そこまで言うと、大蛇は視線をバルコーへと移す。

「強き人間よ、話がしたいと言っておったな。今更、虫の良い話ではあるが、話を聞かせてもらえるか?」

「……村人たちは元々、大蛇おろち様を殺めるつもりはなかったんだ」

「どういうことだ?」

「あとは、ヤクモさんに任せる」

「あ、う、うむ。……聞いてください、兄者ら」

 そしてヤクモの口から、あの日の真実が語られた。

 凶作のあった年、貢ぎ物がないことを不思議に思った大蛇おろち様は村に下りた。

 しかしその道中、運の悪いことに冒険者と鉢合わせてしまった。事情を知らぬ冒険者は大蛇おろち様に襲い掛かり、逃げ帰った大蛇おろち様は、村人が裏切ったのだと勘違いした。

 そして大蛇おろち様は村を襲った。それによって冒険者ギルドが動き、村人を利用して大蛇おろち様を討伐することとなったのだ。

 貢ぎ物を捧げなかったことで怒り狂ったというのは、あくまで冒険者ギルド側の見解なのである。

「村人は最後まで、我々を庇おうとしてくれたそうです。薬の入った酒も、冒険者という余所者が用意したものだそうで、決して彼らは、我々を裏切るつもりなど……」

「そうだったのか……」

 話を聞き終えた霊は、顔を落として首を振った。他の大蛇も、言葉を発せないでいる。

「我々は崇め奉られる存在だ。故に村人との交流は最小限に留めるべきと考えていたが、それが裏目に出るとはな。ヤクモだけが生き残ったことも、当然の帰結か」

「兄者、それは違います。我らと人間は違う生き物。故に近づきすぎては悲劇が起こる。その教えは間違っておりませぬ。此度の件は、本当に、不幸が重なったせいで」

「いいや。この悲劇は、我らが教えに固執し、必要以上に距離をとったせいでもある。日頃から彼らと接していれば、裏切りなどするはずがないと気づけたであろう。そしてこうして、お前を苦しめることもなかった」

「………………」

 ヤクモもまた、顔を落とす。その様子を目の当たりにしたバルコーは、強く拳を握りしめた。

「強き人間よ、感謝する。お主が訪れねば、我らは真実を知らぬまま、衝動のままに暴れていただろう」

「……命を奪った相手に、礼なんていりませんよ」

「なに、我らは既に死んだ身だ。遅かれ早かれ、こうなっていたさ。心残りの多くを解消してた相手に礼も言えぬ方が、余程辛いことだ」

「……そうですか。じゃあその、どういたしまして」

 小さく口角を上げる白蛇。その体は最早、原形を留めていなかった。

「兄者!」

 ヤクモが霊体に触れる。すると他の霊も、ゆっくりとヤクモへと身を寄せた。

「苦労をかけたな」

「不甲斐ない兄ですまなかった」

「お前を置いていくことを許してくれ」

「安心せよ。全てが消えるわけではない」

「我らの魂は、常にお前と共にある」

「ずっとお前を、見守っておるぞ」

 白い巨体が一つ、また一つと消えていく。ヤクモの眼からは、大粒の涙が零れた。

「……ヤクモ」

「兄、者ぁ……」

 最後に残った一匹は、辛うじて形が残った舌で、涙を拭う。しかし霊体を通り過ぎた液体は、そのまま顔を伝っていく。

「これももうできぬか。よく泣く癖は、治すのだぞ」

「は、はい、兄者……」

 ヤクモは目に涙を湛えながらも、相手と同じように口角を上げた。潤んだ視界は、白い光で真っ白になる。

「…………兄者?」

 そしていつの間にか、光は消えていた。広大な闇の中に、ヤクモは取り残される。

「……う、ぐ、ふぅう……!」

 洞窟の中に暫くの間、大蛇の泣き声が響いた。


◇ ◇ ◇


「この辺りの魔物、結構強いな」


「なに、慣れれば問題ないさ」


「初めて見る魔物が相手では、どうしても緊張してしまいますしね」


「そうかもしれない。でも、ここで手古摺っているようじゃ駄目だ。早く慣れないと」


「心意気は買うが、あまり無理をするなよ」


「そうですよ。この隊のリーダーはマーカスさんなのですから。前に出過ぎて、倒れられては困ります」


「う、頼りないリーダーでごめん……」


「なに、マーカス殿はいざという時やれる男だ。少しずつ成長していけばいいさ」


「私たちが支えてますから、一緒に強くなりましょう」


「ああ、ありがとう」


◇ ◇ ◇


(と言ってもなぁ……。リーダーなんてしたことないし、シナリオ以外の部分でどう振る舞えばいいか全然わかんねぇよ。魔物もマジで強いし、大丈夫かな?)

(ああは言ったものの、早く安心して任せられるくらいの実力になってもらわねば困るな。機を見てマーカス殿にも経験を積ませるか)

(あ、もう薬草が少なくなってきましたね……。マーカスさん、何度も薬草を使ってますけど、ちゃんと数を確認してくれたんでしょうか?)

 それぞれの胸中に不安を抱くマーカス隊。ヤサカニ村までは、まだ遠い。


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