新たな目標
「え……ええ!?」
人類の敵である魔族。その力を持つ人間が目の前にいるという事実に、ミヨリは一歩後ずさる。バルコーは手元に目を落とすと、先ほどと同じように黒い魔弾を自分の手に向けて放った。
「や、闇の魔法……。本当に……?」
間に属する者でなければ使えないはずの魔法を目の当たりにし、ミヨリは一歩後ずさる。バルコーは黙って相手の出方を窺った。
「いでっ!」
突如、バルコーの頭に鈍い痛みが走る。振り返ると、幼子のような格好の小鬼がこん棒を振り上げていた。
「オニマル! ダメッ!」
ミヨリの制止も効かず、オニマルは何度も武器を振り下ろす。小さいとはいえ式神。その力はかなりのものだった。
「あだっ!」
バルコーがこん棒を手で握りオニマルの攻撃を止めると、今度はその腕に白い狐が噛みついてきた。妖狐のキュウビは魔法による補助が得意な式神ではあるが、力は普通の獣よりも強い。バルコーの腕から血が流れた。
「キュウビ! お願い、やめて!」
ミヨリが叫ぶも、キュウビはバルコーの腕から離れない。オニマルもこん棒を手放すと、拳を振り上げた。それを受けてバルコーは、
「落ち着け」
腕にキュウビが噛みついたままの手で、あっさりと止めた。もう片方の手で、キュウビの首を掴む。
(やっぱりだ。今の俺のレベル、かなり上がっている)
式神を無力化したバルコーは、攻撃が大して痛くなかったことからも、自分の推論が間違ってなかったことを悟る。
レベルとは、このゲームにおける実力を示す指数の一つだ。敵を倒すなどの経験を積むことで上昇していき、それに伴って攻撃力や防御力といった生存に関わる能力も向上し、時には新たな能力や魔法を収得することもある。
そしてそれは、転生したバルコーが必死になって上げようとしていたものだった。
(今まではどんなに頑張っても大して成長できないって感じていたけれど、まさかここでも強制力が働いていたってことなのか? 冗談きついな……)
序盤ボスが強すぎてしまうとシナリオが進まなくなる。つまりはそういうことだった。そしてシナリオから解放されたことにより、今までの経験がようやくレベルに反映されたのである。
(でもそう考えれば、崖から落ちて死ななかったことも、『リカバー』を使えるようになったことも、『ダークボルト』がマーカスとの戦いの時よりも大きくなったことも、全部納得できる。努力しといて本当に良かった……!)
シナリオ改変を諦めた後も、レベルを上げるための努力は怠らなかったバルコーは、今ようやく報われた気持ちになった。
「ふ、二人を放して!」
「え? ああ、ごめん」
過去の鍛錬を振り返っていたバルコーは、ミヨリに言われて式神から手を離す。攻撃が大して効かず、あっさりと拘束されてしまった式神は、解放された後は大人しくなった。
「あ、い、いえ、謝るのはこちらのほうです。いきなり、その、お、襲い掛かってしまって、申し訳ありません」
ミヨリが頭を下げるのに合わせて、式神も頭を下げる。
「気にしないで、っていうのは違うか。でもまあ、こうなることも覚悟して話したんだ。俺は気にしてないよ」
(襲われたっていうより、じゃれつかれたって感じだったし)
「それにオニマルもキュウビも、悪い奴から家族を守ろうとしたんだろ? だったらそれは褒められることだ。二匹、ああいや、二人が悪く思うことはない」
「あ、ありがとうございます……」
ミヨリの顔には、まだ僅かに緊張が残るも、安堵の色が強く出た。式神の二人もバルコーは敵じゃないと気づいたのか、それぞれ彼に近づくと、オニマルはバルコーの頭を撫で、キュウビは腕を舐めた。
「うあぅ、くすぐったい、ちょ、やめ」
「……ふふっ」
式神が懐いたことで、ミヨリも緊張が解けたようで、自然と笑みを浮かべる。
人類の平和を脅かす凶悪な存在、魔族。その力を持つ男は、とても悪い存在には見えなかったのだった。
「えっと、話を戻すけど、俺が
ミヨリの持ってきた水を飲みほしたバルコーが、話の続きを始める。
「魔族の力が宿っているから、ですか?」
ミヨリに合わせて、バルコーから離れた式神たちも首を傾けた。
「ああ。魔族の力を宿している俺は、人間の世界じゃ暮らしていけない。魔族は人間の敵だからな。普通にしている分には気づかれないことも多いけど、勘の鋭い相手にはバレたりするし」
「………………」
先ほどのやり取りを思い出し、ミヨリは僅かに目を伏せる。式神たちも少し落ち着きを無くすも、バルコーはそれに気がつかない振りをして話を続けた。
「かといって、魔族の世界でも暮らしていけない。この力は魔族から与えられたものだけど、あいつらは俺のこと、使い捨ての駒くらいにしか見てなかった。俺としても魔族に協力するなんて願い下げだし」
バルコーはシナリオ上、ある理由があって魔族に協力していた。その理由と、それに対する魔族側の考えを知っている今のバルコーに、魔族に従う気は毛頭なかった。
「そんなわけで、人間も魔族も寄りつかないところでその日暮らしをするつもりでこの辺りに来て、そこで
そしてこの、人間とも魔族とも距離を置くというスタンスは、全くの出まかせというわけではない。シナリオを改変できたらどうしようという考えから導き出した、彼の想定した生き方の一つであった。
故に彼は、さながら本当に体験したことのように、長年頭に思い描いていた空想の一幕を語ることができるのであった。
「そう、ですか……」
「それで、兄者達の仇をってところでやんわり否定したら、襲い掛かってこられたんだ。その後は、話した通り」
「……ありがとうございます」
俯いたミヨリは、膝の上でぐっと拳を握りしめた。
(画面越しじゃ分からなかったけど、こうして見ると葛藤しているのがありありと伝わってくるな……)
(だけどそれは、俺がすることじゃない。俺にできるのは、マーカスがシナリオ通りに進めることを隠れて見守ることだけ――)
いや待てよ? とそこでバルコーは気づく。
(シナリオから解放された俺は、マーカスに気づかれさえしなければある程度自由に動けるはずだ。そんな俺にできる、マーカスの役に立つこと。それは……)
「そうだ」
部屋に下りた沈黙を、バルコーが破る。
「ど、どうかしましたか?」
「思い出したんだ。ミヨリさん、俺が倒れていたところの近くに、白い宝石みたいなものは落ちてなかったか?」
「宝石、ですか? いえ、なかったと思います、けど……」
「マズいな」
バルコーは眉をひそめて立ち上がる。自分の姿を見下ろし、外出に問題ないと判断すると、ミヨリに頭を下げた。
「すまない、ミヨリさん。俺は今すぐ、あの宝石を探しに行かなければならない。命の恩人に何も報いることができなくて申し訳ないが、あれは俺にとって、命の次に大切なものなんだ」
それじゃあ、と言ってバルコーは玄関へと向かう。
「え、あ、あの、装備は?」
「ミヨリさんにあげるよ。売れば少々の金にはなるはずだ」
即答して靴も履かずに外へ出る。その背中に、ミヨリは必死に声をかけた。
「い、いけません! 装備もなしでは、今度こそ――」
「死なないよ」
振り返らず、バルコーは彼女の不安を否定する。
「ミヨリさんの親友を、人殺しにはさせない」
「っ!」
「そもそも
「ま、待って! せめて、お名前を」
バルコーは一度だけ足を止めて、
「ごめん。言えない」
それだけ言って、ミヨリの元から走り去った。
(特徴的な装備も、下手な名乗りも、どこからマーカスの耳に入るか分からないからな)
人目を避けて村から出たバルコーは、ミヨリが追いかけてこないのを確認すると、目的地へと向かった。
(さあて、道中の雑魚を間引きつつ、
ありもしない宝石を探すという名目でミヨリから離れた彼は、
それは後々、ミヨリについた嘘が露見しないため。そして魔物の数を減らし、マーカスの攻略を手助けするためだ。
(メインストーリーが始まった以上、マーカスにも敗北する可能性が出てきた。あまり考えたくないが、もしマーカスが一度でも負けたらゲームオーバーになるとしたら、ゲームクリアは至難の業だ)
この世界はゲームに酷似しているが、ゲームのままというわけではない。強制力こそあるものの、シナリオに描かれていない人々の生活は確かにあって、バルコーは今までそれに触れてきた。
そんな世界で、クリアするまで何度でも挑戦できるという都合のいい設定がまかり通るとは、バルコーには思えなかった。
(だったら俺が導いてやる。宝箱を置いて、ヒントを与えて、トゥルーエンドに辿り着かせてやるんだ!)
胸中に、シナリオの犠牲になった親友の顔を思い浮かべながら、バルコーは強く決意した。
◇ ◇ ◇
「ここが、アマクモの国か」
「うむ。懐かしいな」
「そう言えばここは、ハザクラさんの出身国でしたわね」
「ああ、その通りだ。む? マーカス殿、どうした?」
「いや、ちょっと転移酔いしたみたいで……」
「慣れるまで時間がかかりますからね。今日はここで休んではいかがでしょう?」
「……そうだな。ここでなら準備も十分にできる。一日くらいなら滞在しても問題なかろう」
「悪い、二人とも……」
◇ ◇ ◇
(くそ、なんだよ、これ……。転移酔いって、こんな……うっ、気持ち悪い……)
(随分と酔いやすいようだな。明日には回復しているといいが……)
(今度からはマーカスさん用に、酔い覚ましの薬も買っておかないといけないみたいですね……)
同行者二人に支えられたマーカスは、覚束ない足取りで宿へと向かうのだった。
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