第8話 城に住む者

 相変わらず見通しのよい平原が続いている。

 いつも通り俺は彼女たちの後ろを歩いた。


 彼女たちは何やらどうでもいいような会話をしている。オチのない会話を延々と。


 その退屈な時間に俺は幸運の女神のことを考えてみた。


 幸運の女神はなぜ狙われているのか。

 それは幸運だから、ということしか思いつかない。


「シュガルコールさん」


 リジュピッピが話しかけてきた。


「はい、なんです?」

「幸運の女神という方は、あなたにとって大事な存在なのですか?」

「あ? ええ、まあ」

「では以前お付き合いをなされていたと?」

「いや、そこまでは。えーっと憧れかな」

「そうですか」


 俺はそう言ってごまかした。


 運のパラメーターが0だから、この世界にいる幸運の女神を探し出して、その人と手を繋ぎ一緒にいるように天使の格好をした少女に命じられたとは言えない。


 なぜなら、恥ずかしいからだ。


 ミミヌイに本当のことを話したのは彼女と俺は同じ穴のムジナということだから。


「話は変わるのですが」


 リジュピッピは更に話してきた。


「はい、なんですか?」

「先ほどの町でリッピットラト星人たちの記憶が消えていたことですが」

「ええ」


「わたくしの考えでは、幸運ということから運をつかさどる女神と思うのですが。もし、運を使ってリッピットラト星人の記憶を消したのだとしたら、その女神はわたくしたちを近づけさせないようにしているのではないかと」


「はあ、なるほど」


「わたくしたちと対峙した幸運の女神を狙っている者たちは、女神の運によって引き寄せられているということになるのです。どこかで噂を聞きつけたのかあるいは何かのお告げかはわかりませんが、それによって狙われているのではないかと思うのです」


「すべては運の仕業だと」

「はい、幸運の女神を手に入れれば運によって災難を逃れることができるはずですから」


 すべては運しだいか。

 運のパラメーターが0の俺に幸運の女神は微笑むのだろうか。


「きっと大丈夫ですよ。シュガさんなら幸運の女神を探し出してその人と一緒にいれますよ」


 ミミヌイは微笑みながら言った。


「うん、ありがとう」


 結構な長い距離を歩き、ようやく塀に囲まれた町が見えた。遠くからはひときわ目立つ城が見える。


「あそこに見えるのがストーロベリの町です。そして、あの大きな建物はストーロベリ城です」


 観光案内のようにリジュピッピが言う。

 俺はその風景を眺めながら答えた。


「へぇ、あそこが」


 そうして俺たちは町に入った。

 そこは赤系の色を基調とした町並みが広がっていた。


 町の真ん中に大きな城が見える。


 町を歩いていると、何やら噴水のある広場の真ん中でリッピットラト星人たちが集まっていた。


 みんな何かを見ているみたいだ。


「何をしているんだろう」


 俺が言うとリジュピッピは答えた。


「さあ、わかりません。行ってみましょう」


 俺たちはその集まりに近寄って行った。

 背伸びをしてもよく見なかったので、俺はそこに入り込んで行った。


「うっ」


 誰かのひじがみぞおち辺りに当たった。


 「すみません」とリッピットラト星人は振り向いて謝った。

 「いえ」と答えて、俺は腹を押さえながら後ろに下がった。


「どうしました?」


 ミミヌイが心配そうに言う。


「ああ、いやちょっと」


 俺は痛みを我慢しながらそこの集まりがはけるまで待った。

 そして、人だかりがまばらになると、噴水に何やら広告が映し出されているのが確認できる。


「幸運の女神を見つけて連れて来た者には、ストーロベリの首飾りを差し上げます」


 俺が読み上げるとさらに広告は映像を変えて続く。


「これが幸運の女神の姿です。名前はラクアピネス」


 文字と共に顔写真のようにその姿が映し出された。


「詳しくはストーロベリ城まで」


 繰り返しその映像は流れていく。


「何でこんなことに? っていうか何で知ってるの? 彼女のこと」


 俺の疑問にリジュピッピは答えた。


「さあ、ここの誰かがそういった噂を聞いて、それでこの広告を出したんでしょう。おそらくですけど、浴衣男に連れ去られながら彼女がこの町に来て、それが目撃されたんでしょう。ですが、その女神は幸運であるがゆえに、噂程度にしか広まらないのかもしれません」


「この広告主はどうやって彼女の名前を知るんです?」


「それも幸運なゆえに名前を知られるのです。どうやって名前を知るのかはわかりませんが。たとえば、どこかで本人が言った自分の名前を、誰かに聞かれたりしてそれが広まるということも考えられます」


「彼女の顔写真が映し出されているけど。どうやって?」

「リッピットラト星人は映像を記憶できるのです。ですからこの広告主はリッピットラト星人です」


「なるほど」


 と言いながら、俺はわかったふりをした。リジュピッピは町の様子を見ながら言った。


「前の町では記憶が消えたようにラクアピネスさんの情報は見つかりませんでしたが、この町ではその情報があるようですね」


「綺麗な首飾り」


 ミミヌイはその映像を見ながらぼそりとつぶやいた。

 すると、何かに気づいたように手を振って俺たちに言った。


「あ、言ってみただけですよ。別に欲しいとかじゃありません」


 詳しくはストーロベリ城か。もしかしたら広告主からより詳しい情報を聞き出せるかもしれない。リジュピッピの透視的な力が使えない今、そいつに聞いて置く必要がある。

 

「じゃあ、詳しい話を聞くために城に行ってみましょう」


 こうして、俺たちはストーロベリ城に向かった。


 城前まで来ると誰も門にはいなかった。

 門の両脇にある噴水から『ラップポロントの占い』という広告が流れている。


 ラップポロントの占い? ここは占い屋なのか。占いならもしかしたらラクアピネスの居場所がわかるかもしれない。


 俺たちはそのまま城内に入って行った。何かの電飾で中は明るい。


 無駄に広い玄関ホールを通り何十段もある階段を上がって、ようやく謁見の間の前まで来た。


 俺は両開きのドアをコンコンと叩く。

 すると、「どうぞ」と奥から女性の声が聞こえて来た。


 俺たちはドアを開けて中に入った。


 中は広い空間があり少し薄暗い。床には魔法陣のようなものが描かれていて、そこに誰かが立っていた。顔は垂れ耳をした白いウサギの仮面をつけており、漫画に出てくるような白いとがり帽子をかぶり、白のドレスローブを着ていた。


 彼女は言った。


「ようこそ、占いの館へ。あたしはラップポロント。そちらは?」

「俺はシュガルコール」

「ミミヌイです」

「リジュピッピと申します」


 ラップポロントは腰に手を当てながら聞いてきた。


「それで、何を占って欲しいんだい?」


 俺は試しに広告主が探しているラクアピネスのことを聞いてみた。


「ラクアピネスの居場所を」

「それは無理だ」

「無理?」

「そうだ、その娘の居場所を占うことはできない。占ったとしても何も反応がない。だから広告を出したのだ」

「そうなんですか」

「ほかならよいぞ」

「じゃあ、浴衣男の居場所を」

「浴衣男? どんなやつだ」

「えっと……」

「わたしくがお見せしましょう」


 リジュピッピはそう言うと、手のひらを出して何かを放った。


 その少し手前の空間にメーティルレシュアショーの映像が現れる。そこには浴衣男に連れ去られたラクアピネスの姿があった。


 映像が消えるとラップポロントは言った。


「なるほど、わかった、占ってみよう」


 ラップポロントは懐から小さなガラス玉のような物を手のひら一杯に取り出した。


「この魔法陣から少し離れていろ」


 俺たちは魔法陣から離れた。ラップポロントも魔法陣から出るとそこにガラス玉を放り投げた。


 パラパラと落ちガラス玉が転がる。


 それはある一定の位置で止まった。すると、空中に球体が出て来てそこに映像が流れた。


「ふーん、なるほどな」

「これは?」

「占ったものがこのように映像として見ることができる」


 浴衣男とラクアピネスがどこかへと歩いている。それから彼らが向かっている建物の映像が流れた。


「浴衣男はここから西に向かった」

「西ですか」

「その先には美術館があるな」

「美術館?」

「スタンメモル美術館というところだ。どうやらそこに向かっているみたいだな」

「わかりました。そこに行ってみます」


 それからラップポロントは大きなツボを出現させた。


「そこにお代を」

「わたくしがお支払いしましょう」


 と言いながらリジュピッピは手のひらをツボにかざした。何か光のようなものがツボに流れていく。


「まいどあり」


 俺たちはここかた立ち去ろうとした。するとラップポロントに呼び止められた。

 

「待て、ひとつ言い忘れたことがある。浴衣男を追っても、ラクアピネスと一緒にいるとは限らないぞ」

「え?」

「あくまでも占いだ」

「は、はあ」

「ラクアピネスをここに連れて来たらストーロベリの首飾りをやろう。良い連絡を待っているぞ」


 そうして俺たちはストーロベリ城を出た。


 ここから西に向かえばいいんだな。その先にはスタンメモルという美術館があるらしいが。


「夕方になってきましたね」


 ミミヌイが空を見て言う。空はあかね色に染まっていた。


「シュガルコールさん今日はここまでにして、この町にある宿屋で一晩泊まりましょうか」


 リジュピッピは空を見上げながら言った。


「泊りですか」

「はい、宿代のことは心配しなくて構いません、わたくしがお支払いをしますから」

「すみません、何かおごってもらって」

「いえ、これはご依頼なされている方へのわたくしなりのサービスです」

「サービスですか」

「ええ」


 こうして俺たちは宿屋に向かった。そこに向かっている途中で俺はリジュピッピに聞いた。


「あの、リジュピッピさん」

「はい」

「素朴な疑問ですけど、占いの館やレストランで何を支払っているんですか? 手をかざしているだけに見えましたけど」

「ああ、あれは、エネルギーです」

「エネルギー?」

「我々は太陽や風のエネルギーをためることができるのです。それをお支払いしました」

「そのエネルギーって何に使われているんですか?」


 リジュピッピは手を町に向けて言った。


「この町の灯りなどに使われます」

「へぇー、そうなんですか」


 それから宿屋に入り一晩を明かした。


 夜中、月明かりにふとベッドで目を覚ますと、リジュピッピは椅子に座って本を読んでいた。


 本当に眠らないんだな。


 それに安らぎを感じて俺は眠りについた。

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