第6話 ラクアピネスは有名人?

 俺たちはグレープルの町に向かって歩き出した。


 俺は少し後ろに下がり彼女たちを前に歩かせた。ふたりは何やら会話をしている。ミミヌイは楽しそうに話しているがリジュピッピは感情なく受け答えをしている。


 俺はさっきの彼女たちの戦いを思い返していた。


 武術でも習得しているようなリジュピッピの動き。それと何かを投げて敵を倒したミミヌイ。ふたりとも戦い慣れしているように感じる。


 俺はふたりに聞いた。


「あの」


 彼女たちは会話を止めて振り向いた。


「なに、シュガさん」

「あなたたちは、その、ずいぶん強いけど、何かやってたんですか?」


 彼女たちはお互いに顔を見合わせたあと、リジュピッピは言った。


「我々リッピットラト星人はそういった戦いのスキルが元から備わっているのです。ですから、敵が攻撃して来てもやり返せるようにしてあるのです」


 ミミヌイはそれに続いた。


「私はダーツが得意なんです。さっき投げたのは少し大きめの針なんですよ。前にも言いましたけど、この星に犯罪をする者がやって来て危険な行為に及ばないとも言い切れないので。だから、自分を守れるように常に練習をしているんです」


 そう言って投げる素振りを見せる。


「そうなんですか」

「シュガさんは何が得意技なんですか?」


 彼女は疑うことなく、何かの技を身につけていることが当たり前とでもいうように聞いてきた。


「俺は、とくに何も……」

「そうなんですか。それは大変ですね。あ! そうだ」


 ミミヌイはどこからか木の棒を出してきて俺に手渡した。


「それ持っておいてください。誰かに襲われそうになったりしたらそれで身を守ってくださいね」

「ああ、ありがとう」


 何の変哲もないただの棒。俺はそれを片手で持ちながら歩き出した。


 そうして俺たちはグレープルの町に来た。


 水色の門をくぐってみると、パイナプルの町と変わらない建物があった。ただ、青系の色が建物に使われている。


「では、シュガルコールさん、さっそく聞き込みをしましょうか」


 リジュピッピが言う。


「え? リジュピッピさんの能力で見えないんですか?」

「はい、その力も頻繁には使えなのです。しばらくしないと使えるようになりません。すみません」

「そうなんですか」


 ミミヌイは少し前に飛び出して言った。


「いいじゃないですか、聞き込みしましょ。私も手伝いますよ」

 

 こうして、俺たちはそこに住んでいるリッピットラト星人たちに話を聞き回った。


 皆それぞれが「さあ、見たことありません」や「知りません」という具合に的を得なかった。


 俺たちは聞き込みを一旦やめてレストランで話し合った。


「見つかりませんでしたね」


 残念そうにミミヌイが言う。


「申しわけありません、わたくしがついていながら」


 リジュピッピは落ち込んだような言い方をした。俺は慌てて言った。


「ああ、いや。何か手掛かりがあればいいんですがね。町の人たちが知らないというのであれば、仕方ありませんよ」

「ご注文は?」


 ウェイトレスが来て注文を取る。俺たちは紅茶を注文した。ふたり分の紅茶が皿に載せて出てくる。


「リジュピッピさんは? 注文は?」


 と、俺は何となく聞いた。彼女は首を横に振って返した。


「我々リッピットラト星人は食を必要としないのです。ですから、いりません」

「そうですか」


 俺はひと口紅茶を啜るとリジュピッピに聞いた。


「あの、リジュピッピさん」

「はい」

「何かほかに探す方法はないですか?」

「お探しする方法はまだ考えている途中ですが。ただ、町の皆さんが知らないというのはおかしいと思うのです」

「おかしいですか」


「はい、我々が知らないということはないのです。この町に浴衣男が入って行くのをわたくしは見ました。ですが、誰に聞いても知らないや見ていないと言うのです」


「うーん、この町に浴衣男は来たけど、たまたま、誰の目にも入らなかっただけなのでは?」


 俺の言葉にリジュピッピは顔をそらした。俺は紅茶を啜りながら彼女の意見を待った。


「いいえ、そんなことは普通は起きないのです。その町に何者かが入って来た場合、それを共有することができるのです」


「共有するって?」


「町全体で監視していると言いますか。誰かが町に入った時点で、その町に住んでいる人たちに情報が送られるのです。容姿だけですが」


「ああ、なるほど。俺たちが浴衣男を知りませんかって聞いたとき、『どこに行ったのかわかりませんが、その人は知っています』っていうような言葉が返って来るんですね。普通は」


「はい、ですから『知らない』や『見ていない』はそのまま返って来ないのです。言うのであれば何かをつけ加えて答えるはずなのです」


「じゃあ、なんで?」

「わかりませんが、何者かがこの町の人の記憶を消しているのかもしれません」


 ミミヌイは啜っていた紅茶を置いて言った。


「じゃあ、まだこの町に浴衣男はいるかもしれませんね。探して見ましょ」

「うん、もう少し見回って……」


 そのとき、建物を揺らす轟音がどこからか聞こえてきた。揺れは収まり、しばらくするとまた同じ音と同時に俺たちのいる建物が揺れた。


「じ、地震か!?」


 俺は窓の外を見た。すると、リッピットラト星人はみんな同じ方向を見ていた。


「いいえ、違います」


 リジュピッピが言うと再び建物が揺れた。窓の外の建物も揺れている。


「何があったんです?」

「何者かがこの町に来たようです、その者はこの町の門のところで暴れています。彼はこう言っています『幸運の女神を寄こせ、さもないとこの町を破壊するぞ』と」

「幸運の女神を寄こせ? 俺たちを襲ったあの女医ですか?」

「いいえ、それとは違う者がこの町に攻めて来たようです」


 そいつが幸運の女神を狙っているということは、俺のライバルになる。ほかにも、今追っている浴衣男と俺たちを襲ってきた女医のふたり。


 何で幸運の女神のことをそいつらは知っているんだ? 浴衣男は直接は言っていないが、たぶん奴も知っているだろう。もしかしてラクアピネスはこの世界の有名人なのか?


「とにかく行ってみましょう」


 俺がそう言って店のドアに向かった。


「あ、ちょっと!」


 ミミヌイが俺を呼び止めた。俺は「どうした?」と聞きながら、ドアの取っ手に手を掛けた。

 

 すると、見えない風圧に俺は押し返された。

 それから鉄格子のような物がドアを塞ぎ、ブザーが鳴る。


「な、なんだ?」

「食い逃げで貴様を捕獲する」


 俺の背後から声が聞こえた。俺はゆっくりと振り返った。


 そこに立っていたのは、ピピジュアンに似た人物だった。彼女は全身が青色で長い槍を俺の首元に突きつけていた。


「お待ちください」


 リジュピッピが言うと、青い仮面の彼女はそのほうを向いた。


「わたしくしがお支払いします」


 リジュピッピは手のひらを皿の上にかざした。するとドアにある鉄格子が消えた。


「ふんっ、どうやら彼女たちのおかげで助かったみたいだな。私はピリッピランドという者だ。この町で何かあれば私が駆けつける。だから次は食い逃げをするな」


 そう言って彼女は槍を消した。


「……なに、門のところで不審人物だと? わかったすぐに向かう」


 ピリッピランドはその場から空間移動したみたく消えた。


「シュガさん大丈夫?」


 ミミヌイが俺に駆け寄る。


「あ、ああ、大丈夫」

「私がもっと早く呼び止めれば……」

「いや、俺が支払っていないのを忘れていて、急いでこの店を出ようとしたのがいけないんだ」


 リジュピッピが来て言った。


「お怪我はしていませんか?」

「うん、大丈夫。支払ってくれてありがとう」

「いえ」


 店が揺れた。俺たちは天井を仰いだ。


「行きましょう」


 そうして俺たちは店を出て門のところに向かった。

 そこではピリッピランドとどこかの民族衣装を着た坊主頭の男が向かい合っていた。


 門が破壊されている。男は武器などは持っていない。


「何者だ、名を名乗れ」


 ピリッピランドがその男に向かって言う。男は答えた。


「俺さまは魔獣使いのボローボだ。この町に幸運の女神がいるという噂を聞きつけて来た。こちらに渡してもらおうか」

「何のことだ」

「あーあ、白を切るってか」


 ボローボは片手を前に出した。ピリッピランドは槍を出して身構える。


「早く渡すんだ。さもないと破壊するぞ」

「やってみろ。その前にお前の手がフランクフルトになるぞ」

「しょーがねーな」


 男は手のひらから黒い影を放った。その風圧でピリッピランドは吹き飛ばされた。


 影は、大きなオオカミのような姿に変わり、目を赤く光らせている。

 そのオオカミは俺ほうを向くと俺に飛び掛かって来た。


 なんで!?


 俺はとっさに木の棒を両手で持ち身構えた。俺の前にリジュピッピとミミヌイが来て身構える。


 オオカミからの(ガルルルル……)という威嚇がふたりを吹き飛ばした。それから俺を食おうとして口を開けた。


 俺は木の棒をその口に向けて思い切り振り下ろした。しかし、木の棒は折れて使い物にならなくなった。


 俺は棒を投げ捨ててその場から逃げた。オオカミは俺を追いかけて来る。


「これを使ってください」


 リジュピッピの声が聞こえた。そのほうを向くと丸太が飛んできた。


 取れるかっ!


 俺はそれを避けた。すると後ろにいたオオカミに当たった。が、また追いかけて来る。


「シュガさん、これを」


 今度はミミヌイの声が聞こえた。俺はそのほうに目をやると、剣が飛んできた。俺はそれを取ろうと手を伸ばしたが、それは、ものすごく速い回転をしながら飛んできていた。


 俺は手を引っ込めて取るのを止めた。

 

「だから危ないって!」


 後ろにいたオオカミは剣を避けて俺に飛び掛かって来た。


「シュガさん9時の方向」

「は?」


 ミミヌイに言われて俺はキョロキョロを首を動かした。すると何かが俺の頭に当たり地面に落ちた。


 俺は落ちた物を倒れそうになりながらつかんだ。それは鍋などに入っているスープをすくうもの、おたまだった。


「おたまっ!?」


 俺はそれを闇雲に振った。


 それで何回か攻撃を弾くことができた。しかし、オオカミの威圧でおたまごと俺は弾き飛ばされて地面に倒れる。


 (ガオオオォ……)という威嚇と共に俺を食おうとオオカミは飛び掛かって来た。


 その口の大きさに俺は動けなかった。


 また死ぬ。今度は食われて……。


 そのとき、槍がオオカミの体に貫通してオオカミは消えた。


 俺は槍が飛んで来たほうを見ると、ピリッピランドは俺のほうに向かって槍を投げた格好をしていた。

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