第5話 幸運を狙う女

 俺たちは浴衣男のあとを追っていた。

 平原を歩いている。ところどころに花が咲いているのが見える。遠くのほうに山も見えていた。


 俺はミミヌイに聞いた。


「ミミヌイさんはなぜ、俺より先にこの世界に来て生活するのに困らなくなったのに、対人円満の犬を探さないんですか? 俺みたくリジュピッピさんに頼めばすぐに見つかったのでは?」


「うーん、私そんなに焦ってないんだ。ここの生活が気に入ったっていうか。ほら、リッピットラト星人はみんないい人だし、だから」


「ふうん、そうなんですか」


「そのワンちゃんが私に寄ってくるまで待つっていうか、こうして歩いていればどっかで出会えるかもしれないから」


 てへへ、とミミヌイはうれしそうに笑う。


 しばらく歩いて行くと看板があった。


「看板がある」


 俺はそう言って看板を見た。

 看板には【この先 グレープルの町】と書かれていた。


「グレープルの町」

「その町に浴衣男が入って行くのが見えます」


 と、リジュピッピは言った。


「そうですか、じゃあこのままその町まで行きましょう」


 そうして、俺たちは再び歩き出した。

 俺は退屈しのぎにリッピットラト星人のことを聞いた。


「リジュピッピさん」

「はい、なんでしょう」

「失礼な言い方なんですが、あなたたちはどうやって動いているんですか? 自分たちで作っているとミミヌイさんから聞いたものですから」

「わたくしたちは太陽と風でエネルギーを補っています」

「太陽と風?」

「はい、この頭にある細い管に蓄積されていくのです。あなた方たちで言うと髪の毛に当たる物です」


 リジュピッピはその髪のような管を手で触れた。


「へぇ、そうなんですか。その仮面は? あなたたちの流行りですか?」


 俺の質問にリジュピッピは軽く仮面に触れて言った。


「これは、我々には欠かせないモノです。同じ物はふたつと存在しません。身分証的な意味もあります」

「身分証ですか」

「はい、わたくしたちは皆同じ顔をしています。ですから」

「同じ顔ですか」

 

 だから仮面をつけているのか。身分証ねぇ、そう言えばラクアピネスも仮面をつけていたな。まさか彼女はリッピットラト星人?


「あのう、ラクアピネスのことですが、彼女はもしかしてリッピットラト星人ですか?」

「いいえ、彼女はリッピットラト星人ではありません」

「では彼女はいったい」

「人間かもしれません。我々のように仮面をつけていても、それは本人の好みですから。それに体は人間の肌でしたでしょ?」

「ああ、確かにそうですね」


 そのとき、金魚みたいな飛行船がすごい勢いで俺たちの横を通り過ぎた。

 その飛行船はまた戻って来て俺たちの近くに着地した。


「なんだ、あれは?」


 俺が言うとリジュピッピが答えた。


「さあ、わかりませんが、あの船はわたくしたちが造った船ではありません」

「じゃあ、誰が」

「きっと違う星の方でしょう」


 飛行船からひとり降りて来た。見たところ女性だ。


 その者は医者のように白衣を着ている。その中は黒のシャツに下は黒のショートパンツをはいていた。ツインテールの白い髪。その頭にはヒツジのような角が両脇から生えている。


 顔には眼帯を右目につけていて、胸もとには割れたハートのバッジをつけていた。


 女性は黒のサンダルを鳴らしながら歩いてきて、俺たちの前に立ちはだかった。


 女性は言った。


「あんたたち、幸運の女神って知らないか?」


 え? 何で知ってるんだ?


 俺は隣にいるふたりをうかがった。ふたりともその女を注意深く見ているようだ。


 俺は知らないふりをして答えた。


「幸運の女神?」

「そうだ、あたいはそいつを探している。何か知らないか」

「知らないが、俺たちも探している」

「なに? 探しているだと。そうか……じゃあ、ここで痛い目にあってもらおうか!」


 そう言って、ポケットから何かを取り出して地面に撒いた。

 よく見るとそれは錠剤だった。


 そこからその女が4人現れた。格好は同じだが棒やナイフなどの武器をそれぞれが所持している。


「え? なんで?」


 俺の思考が追いつかない。超常現象は何となく予想しているが、こうして目の当たりにすると思うようにいかない。


 恐怖にも似た感覚が襲い、体を動かそうとしない。


「わたくしに任せてください」


 リジュピッピは前に出ると身構えた。4人の女はリジュピッピを取り囲む。


 そして、その女たちが一斉に俺に向けて襲い掛かって来た。


「え!? 俺っ!」


 その場にいられず俺は走り出した。物凄い剣幕で女たちは追って来る。


「それを使って」


 と、ミミヌイは俺に何かを投げ渡してきた。


「え?」


 俺はそれが取れずに何かが頭に当たって落ちた。見ると木の棒だった。 


「いったよ」


 またミミヌイは何かを投げ渡してきた。今度はよく見て取ろうと思い顔を上げた。


 斧!?


 どこから持ってきたのか、斧が俺に向かって勢いよく飛んできている。俺はそれをつかもうとしたけど、危な過ぎて避けた。


「これを使ってください」


 今度はリジュピッピの声がした。俺はそれをつかんだ。それは丸くて弾力のある水風船だった。


「ええっ!?」


 これでどうやって攻撃しろって?


 ……これだ、これなんだ。この運のなさ。


 俺は闇雲にその水風船を白衣の女たちに投げつけた。その拍子に俺は地面に転んだ。


「いてぇ」


 女たちは俺に武器を振り下ろした。また死ぬ。今度は異世界で。


 そのとき、リジュピッピが素早い動きで俺の前に現れた。

 彼女は女たちの攻撃を避けては正拳を食らわしてく。まるで何かの武術のような動きを見せていく。


 回し蹴りで女4人を倒した。が、ひとりがまた起き上がってリジュピッピに棒を振り下ろした。


「あ、リジュピッピさんあぶないっ!」


 俺はとっさに叫んだ。

 すると、女は止まりは棒を落として倒れた。


 倒れた先にはミミヌイがいた。彼女はこちらに向かって何かを投げている格好をしていた。


「ちっ、みんなやられちまったな。しゃーねー、今回はお預けだ」


 そう言うと、女たちは消えて、それを作り出した女が飛行船に戻って行く。


「ちょっと待って、あなたは?」


 俺はその女を呼び止めた。女は立ち止まり言った。


「あたいはマドワレ。いいかいボーヤ、あたいより先に幸運の女神を手に入れたら許さないよ」


 そうして、マドワレは乗って来た船でどこかへと去って行った。


「いったい何者なんだ?」


 俺は起き上がりながらつぶやいた。


「大丈夫ですか?」


 リジュピッピは抑揚なく言葉を発した。


「ああ、大丈夫」

「シュガさん大丈夫?」


 ミミヌイが俺を心配しながら走って来た。


「うん、ふたりのおかげで助かったよ。ありがとう」

「そう、よかった」


 俺はふたりに尋ねた。


「あの、襲ってきた女の人、本当に心当たりはないんですか?」


 ミミヌイとリジュピッピはお互いに顔を見合わせて、それから傾げた。


「さあ、わかりません」


 リジュピッピはそう答えた。


「そうですか」


 幸運の女神を狙う者がいる。さっきの白衣の女と今俺たちが追っている浴衣男。

 なぜ彼女は狙われるんだ? 幸運の女神だからか?


「さあ、気を取り直して参りましょうか」


 リジュピッピがそう言って歩き出した。


「うん」

「いきましょ」


 俺とミミヌイはそのあとを追った。


 すると突然、目の前に人が通れるほどの窓のような物が現れた。それは俺たちが移動で使ったワープに似ている。


 そこから誰かが出てくると、その窓は閉じるように消えた。

 その誰かは見覚えがあった。最初に出くわした赤い仮面のリッピットラト星人だ。


「おい、貴様ら。この辺に怪しい者が来なかったか?」


 俺はそーっと彼女たちの後ろに隠れた。


「さきほど白衣を着た者に襲われました」


 リジュピッピが対応している。


「なに? 本当か。そいつはどこに行った?」

「あちらの方角です」

「そうか、それは助かった。ほかにも何か怪しい奴がいたら、わたしに連絡をくれ」

「はい」


 赤い仮面の彼女はその場を去ろうとして歩き出した。


「あら、シュガさんどうしたんですか? 縮こまって……ひょっとしてお腹でも下したんですか?」


 ミミヌイは俺のほうを向いて聞いてきた。


「ん? そこに誰かいるのか?」


 まずい……。


 こちらに向かって来る足音が聞こえる。


「ああ、シュガさんはこちらの星に来たばかりで、今日知り合ったんです」

「人間か」

「はい」

「おい、貴様顔を見せろ」


 俺は顔を上げて彼女を見た。騎士のように剣を突きつけながら俺を見下ろす。


「お前は、たしか……」

「あの、そう人間です。死んでこの世界に来たんです……はい」


 俺は慌てて本当のことを言った。彼女は怪しむように俺の顔をのぞき込んだ。


「ふーん」


 それからのぞくのを止めて剣をどこかに消した。


「それはすまないことをした。非礼を詫びよう」

「あ、いえ」

「では」


 そうして、彼女は白衣の女を追って行った。


「シュガさん、あの方がパトロールしている。ピピジュアンさんです」

「ピピジュアン」

「ええ」


 俺はそのピピジュアンの背中を見送った。風で赤いマントが揺れていた。


「お腹の具合は大丈夫なんですか?」


 ミミヌイが不思議そうに聞いてくる。


「あ、ええ」

「そうですか。もし調子悪くなったら彼女に言ってください」


 ミミヌイはリジュピッピを指さした。


「彼女は何でも治してくれますから」

「へぇ、そうなんだ。わかったよ」

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