第4話 囚われたラクアピネス

「ここは?」


 俺が聞くとリジュピッピは答えた。


「あなたの探しているモノの目と鼻の先に来ました」


 それから、その方向に人差し指を向ける。


「あちらのほうに幸運の女神は捕らわれています。ついて来て下さい」


 そう言ってリジュピッピは歩き出す。俺たちもあとについて行く。


 しばらく歩いて行くと、劇をやるような黒のどん帳が掛けられている壇上が見えてきた。平原に壇上があって、壇上の手前にリッピットラト星人たちも集まっていた。


 みんな椅子に座って壇上を見ながら何かを待っている様だった。


「何が始まるんだ?」


 俺はつぶやきながら歩いた。

 ゆっくりと近寄っていくと、どん帳が両脇に開き壇上に誰かが立っていた。

 それを見てリジュピッピは止まる。それにつられて俺とミミヌイも足を止めた。


 壇上にいるのは花や葉っぱなどの植物を身に着けた生き物。髪は長く緑色をしている。見た目は俺たちと変わらない人間のように見える。姿は女性だ。


 その女性は壇上の真ん中で耳がキーンとするような高い声で話し出した。


「どうも皆さん、メーティルレシュアショーを観に来ていただきありがとう。司会のメーティルです」


 メーティルは一礼するとリッピットラト星人は拍手をした。


「それでは、さっそく最初の芸を見ていただきましょう。場所はとある惑星で捕獲した大トラ。ドランコちゃんでーす。どうぞ」


 そう言い終えてメーティルは壇上の脇にはけた。

 壇上の奥側にある黒幕から、いきなり水色の大トラがその幕を飛び越えて壇上に姿を現した。


 (ガオォォ……)とひと吠えするとブルンブルンと体を振った。

 

「ドランコちゃんは体長510センチ、体重490キロの雌トラです。彼女の得意技は空間移動でーす」


 ドランコと呼ばれる大トラは壇上の端に行き、それから振り返って壇上の反対側を見て片足を擦っている。


 そして飛び出すように走り出した。

 ドランコは光の輪をとおり消える。


 しーんと場内は静かになった。しばらくしてドランコが俺たちの真横から飛び出すように現れると壇上に飛び乗った。


 (ガオォォ……)と、ひと吠えするとパチパチと拍手が起こった。ミミヌイもうれしそうに手を叩いている。


 ドランコはまた奥側の幕を飛び越えて壇上から消えた。


「どうもありがとうございました。続きまして……」


 俺はリジュピッピに聞いた。


「リジュピッピさん」

「はい」

「俺ここに来たばかりでよくわからないんですが。彼らは一体何を?」

「わたくしにもわかりませんが、きっとサーカス団の方たちだと思います。我々リッピットラト星人は三大欲求がないため、ああいった芸術的なものや美術的なものに強い興味を持つのです」

「そうなんですか」


 司会は次の演目を紹介している。


「……体長70センチ、体重30キロの雄シマリスです。このサーカス団のスーパースター、ミックスサーニーでーす」


 司会に合わせて壇上の脇からピンク色のリスが二足歩行で現れた。頭には黄色のシルクハットをかぶり、手には白い指揮棒のような物を持っている。


 ミックスサーニーが出てくると場内は拍手喝采になった。


「彼の得意技は物体を作ったり空間の色づけでーす」


 ミックスサーニーは指揮棒を振った。すると青い空が夜に変わり、そこに様々な色の光で絵を描いていった。花や鳥などが上空を彩った。


 鳥は羽ばたき。鳥が動くとその後ろから花の残像が現れては消えていく。


 指揮棒を再び振ると、今度は黄色い星型の物が指揮棒から流れ星のように飛び出して、それが音符に変わり音楽が流れて来る。


 とても明るいポップサウンドが聞こえてきた。

 その会場からは歓声が上がっている。ミミヌイも空を見上げながら喜んでいた。


 曲の終わりと共に、鳥は上空へ向かって飛んで行く。それから黄色い星形に変わりパァっと広がるように弾けて消えた。


 そして、夜の空は青空に戻った。

 場内から歓声と拍手が送られる。


 ミックスサーニーは一礼すると壇上を優雅に歩いて幕に消えた。


「どうもありがとうございました。続いては今回のメインイベントの登場でーす」


 メイン。たしかそれは幸運の女神のはずだ。


「この前入団した。身長168センチ、体重56キロの女性。ラクアピネスでーす」


 ラクアピネス!


 パチパチと会場から拍手が上がる。壇上に白い霧が掛かりスポットライトが光る。そこを誰かの影が歩いて行く。影は壇上の中央で止まると霧は収まり、それはドライアイスみたいに壇上の下を漂っていた。そしてラクアピネスは姿を現した。


 純白のウェディングドレスを着て、顔はリッピットラト星人みたいに黄金の仮面をつけている。髪はブロンドで長い。


「あそこにいる方がシュガルコールさんの探している人物、ラクアピネスさんです」


 リジュピッピが言うと、俺はその幸運の女神の姿を注意深く見た。

 彼女のオーラというか輝きというか。そういったものをまとっているように見える。

 

 あれが幸運の女神ラクアピネスなのか。

 

「彼女の得意技は歌でーす」


 ラクアピネスが何かを歌おうとしたとき、何者かが壇上に上がってきた。


 それは、黒い浴衣を着た灰色の長い無精髪を後ろで縛っている男。

 男は刀を抜きリッピットラト星人たちに刃を向けると、ラクアピネスの手をつかみ言った。


「拙者に近づくな、この女は拙者がもらいうける」


 そういって、男は壇上の向こう側に彼女を連れ去って行った。


 場内はざわついていて何が起こったのか理解できないでいる。

 わかっているのは幸運の女神が連れ去られたこと。


 サーカスの演出か? と俺は思った。


「おっと、これはハプニングー、まことに残念ですが。これにてメーティルレシュアショーはおしまいです。では、皆さん本日はご会場いただきどうもありがとうございましたー!」


 メーティルが壇上に手をかざすと舞台セットは消えた。

 リッピットラト星人は残念そうにその場から散り始めた。


「あれも演出?」

 

 俺がそう言うとリジュピッピは答えた。


「さあ、わかりません。メーティルさんに聞いてみましょう」


 メーティルは椅子を片付けている。俺たちは彼女のところに行った。


「すみません」


 俺はメーティルに声を掛けた。


「はい、なんでしょ」


 メーティルは椅子を片付けるのを一旦やめて俺たちのほうを向いた。


「あの、最後に出てきた人って……」

「ごめんねー。彼女誰かにさらわれちゃって、それで、急遽店じまいしたんだ」

「え? 本当にさらわれたんですか?」

「うんそうだよ。あんな逸材めったにいないんだけどねー残念」


 それから再び椅子を片付け始めた。


「あの、取り返しに行かないんですか?」

「うん、行かないよ。あたしたちのところじゃさ、盗まれるのは日常茶飯事なんだ。だから、これは当たり前。盗まれたらそれで終わり」

「え? どうして」

「盗まれたら取り返さないってこと。まあ、ここの人たちにはわからないか。あんたここの人だろ?」

「いや、俺は……」

「なんだい、違う星から来たってのかい」

「ええ、まあ」

「そうかい、とにかくあたしたちの星では盗まれたものは取り返さない決まりになっている、だから相手が誰であれ取り返しにいかないんだよ」

「そうですか、わかりました」


 俺はリジュピッピに聞いた。


「リジュピッピさん」

「はい」

「ラクアピネスがどこに行ったかわかりますか?」


 リジュピッピはすぐさま何かを透視するみたいに一瞬黙った。


「ここからそんなに遠くは離れていない場所にいます。彼らは南東の方角にまっすぐ向かっています」

「南東? わかりました」


 俺はそのまま歩き出した。そのあとを追ってミミヌイとリジュピッピもついてくる。俺は振り返って彼女たちに言った。


「あのう、ふたりとも俺について来て本当にいいんですか? ふたりとも何かやることがあるんじゃ? お支払いなら俺が何か作ってあとで持って行きますから」


 ミミヌイがにっこり微笑んで言った。


「いいんですよ、そんなこと気にしなくても。迷惑を掛けたお返しということで私はついて行きますよ。それに対人円満の犬がどこかで見つかるかもしれないし」


 そのあとに続きリジュピッピが答えた。


「先ほども言いましたが、探偵のわたくしが責任をもって最後まで手助けをいたします。ですからついて行きます」

「そうですか、じゃあ、お願いします。あのう……」


 俺はリジュピッピに言った。


「また、ワープでラクアピネスをさらった浴衣男のところまで行ってくれませんか?」


 それを聞いたリジュピッピは首を横に振った。


「それはできません。ワープを一度使うとしばらくは使えないのです」

「使えない? じゃあ、いつ使えるようになるんですか」

「わかりません。移動距離によって異なるので」

「そうですか」

「ちなみにワープ移動は一瞬とはいえ、周りではある程度時間が経っているのです。時間は距離によって異なるのですが遠い距離では2日ほど経っていることになります」

「はあ、そうなんですか」


 ワープが使えないとなると歩いて行くしかないか。


「じゃあ、行きましょうか」


 俺はそう言って歩き出そうとした。すると後ろで椅子を片付け終わったメーティルに呼び止められた。


「あ、あんたたち、ちょっと待って」


 そう言って俺たちに駆け寄って来た。


「これ持ってって」


 メーティルは透明で小さなカードを渡してきた。そのカードにはメーティルレシュアサーカス団と書かれている。


「これは?」

「それを太陽の方角にかざして、メーティルレシュアショーって言えばいつでも駆けつけるから。あたしたちのサーカスが見たくなったらそうして。あ、そうそう。そのカード一度使うとなくなるから」

「は、はあ。わかりました」

「じゃあね」


 そう言って指をパチンと鳴らすとその場から姿を消した。


「消えた!?」


 俺はキョロキョロと周りを見回してから、カードをポケットに入れた。


「では、行きましょう」

「うん」

「ええ、参りましょう」

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