第2話 町に住む少女
「あのう……」
俺が声を掛けると店員がこっちを向いた。
「いらっしゃいませ」
店員は何も気にしてないように普通に対応してきた。
「あ、あの、服が欲しいんですが」
「服でござますね、少々お待ちください」
なんだなんだ? 俺が裸だってことを気にしてないぞ。
俺は入口のドアを確認しながら待った。
はっ!? まさか、警察を呼びに行ったんじゃないだろうな。
急に全身から冷や汗が流れ出る。ドキドキが止まらない。
俺は居てもたってもいられず、その店から出ようとした。
「お客さん」
店員が俺を呼んだ。俺はそのほうへ振り向くと、店員は布切れを持ってカウンターに来ていた。
「すみませんね。服ですと、うちではこういった物しか置いてないので」
俺はそろりそろりとカウンターまで歩いた。
「それは?」
「はい、布の服です」
「じゃあ、それが欲しいんですが」
「毎度ありがとうございます」
するとカウンターの上に皿が出てきた。
俺が黙っていると店員が言った。
「お客さん、お支払いのほうを」
代金か。俺は慌てて嘘も交えながら事情を説明した。
「あ、あのう、俺ちょっと持ち合わせがないので、その服借りれないですか? 朝起きたら服を全部誰かに盗まれちゃったみたいで」
「服を借りたい?」
「は、はい」
そのとき、ウィーンと後ろでドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
店員がその方向に声を掛ける。
客が入って来た。俺は急いでその場から逃げた。
「あ、お客さん?」
店員が俺を呼び止めたが無視をした。店の外に出てどこかに隠れようと辺りを見回した。
「あっ!」
最初に出会った赤い仮面の人と目が合ってしまった。
「おい! 貴様。やっと見つけたぞ!」
ヤバい!
俺は飛び出すように走り出した。
「おい! 待て!」
そう言って、そいつは追いかけて来る。
行き交う人々が俺を見ていた。ただ黙って俺が通り過ぎていくのを見ている。騒いだり驚いたりしていない。
俺は、どこかの物陰に隠れてやり過ごそうと辺りを見回した。
塀の角を曲がると、近くにゴミ箱のような物があった。俺はそこに身を屈めて隠れた。
そこからのぞくように通りに目をやった。騒いでいる者は誰もいなかった。みんな何事も起きていないように普通に歩いている。
しばらく経ち、やつから逃げ切れたと思い、俺はそこから立ち上がった。
そのとき「あぶない!」と上から女の人の声が聞こえた。俺は驚いて思いきり振り向いた。
「うっ!」
頭に痛みが走り俺はその場で気を失った。
気がつくとどこかの部屋にいてベッドに寝かされていた。
鮮やかな色の天井が見える。
俺は体を起こすと、頭にのせられている布切れが落ちた。
体を見ると青い服を着せられていた。見たこともない服だ。漫画などに出てくる旅人の服と言えはいいのだろうか、そんな見た目だった。
俺は少し痛い頭を擦りながら部屋を見回した。
「あ、気がつきました」
不意に女性の声が聞こえてきた。俺はそのほうへ目をやった。
そこにいたのは、セーラー服のような紫色の服を着た若い女性だった。
見た目は人間、髪はオレンジ色のポニーテールをしている。
俺と同い年か年下の感じがする。
「大丈夫でしたか……」
そう言って、スカートを整えながら近くの椅子に座った。
「すみません洗濯物の物干し竿を落としてしまって、それで、倒れていたから急いで行ったんです。そしたら、裸だったので勝手に服を着させたんですが、いかがですか」
次から次へと詰め込むように彼女は言った。
「え? ああ……」
何が起こっているのかわからず、俺は適当な相槌をして返した。
「あ! 何も見てませんよ! そ、その服は差し上げます」
慌てたように彼女は言うと、首を傾げて俺の返事を待っていた。俺は何とか理解して言った。
「ああ、ありがとう。えーっと君は?」
「私はミミヌイ、あなたは?」
「俺は……」
俺はわいせつ容疑にされないため、とっさに自分の名前を偽ろうとした。
何かないかと適当に部屋を見回したら、瓶に入った酒のようなものと瓶に入った砂糖のようなものが目に映った。
「しゅ、シュガルコール」
そう言った瞬間、それはすでに遅く意味のないことだと気づいた。
「へぇー、シュガルコールさんって言うんですか」
「ああ、それよりここは? 何で俺を?」
話をそらすために別の会話を広げた。
「ここは、私のアトリエです。服を作っているんです」
「服ですか」
「ええ、シュガさんはもしかして、前にいた世界で一度死んでしまってこの世界に来たんですか?」
「え! どうしてそれを?」
シュガさんて……。
「私も同じです。とあるパラメーターが0になっていて、それで死にました。そしてこの世界に来たのです」
「差し支えなければ、どのパラメーターが0に?」
「……人間関係です」
俺はそれ以上突っ込んだ質問はしなかった。何となく死んだ理由が想像できたからだ。
「そうですか……」
「あの、シュガさんは何が0だったんですか?」
「俺は運が」
「運ですか。でもよかったです、こうして同じ人間に出会うことができたから」
「それを言うなら俺のほうが」
ふふふ、とミミヌイは笑った。
「シュガさんを見たとき、きっと私と同じくこの世界に来た人なんだと思ったんで、それに謝りたかったし、裸だったのを見ていられなくて。それで……」
「おかげで助かったよ。それにしても、この世界は変わった人間がいるんだね。金属のような物を身につけて歩いている人たちが」
「ああ、あの人たちは、この世界にいるリッピットラト星人だよ」
「りっぴ?」
「彼らはもともとこの世界に住んでいる人たちで、三大欲求を必要としないの」
「三大欲求が必要ない?」
「そう、食欲、睡眠欲、性欲が必要ない種族みたいなの」
俺はそれを理解するために首を傾げたりして考えた。
「彼らは病気にもならないんだよ。だから病院はないし、トイレもないの」
「トイレ?」
俺は部屋の周りを見てから聞いた。
「じゃあ、ここにも」
「そう、ないわ」
「じゃあ、どこでするの?」
聞いておきながら恥ずかしくなった。女性に向かって失礼なことを聞いていることを俺は恥じた。
「外だよ。原始的だけど、仕方ないよね」
「ああ、そうなんだ」
もう詮索するのはやめよう。
俺はベッドから降りるとミミヌイに言った。
「世話になったね。俺ちょっとやることがあるから、もう行くよ」
「もう行くの?」
「うん」
「あ、そうだ。この世界のことまだ知らないよね。私が町を案内するから一緒に行かない」
急な誘いだった。
正直、どこに行ったらいいのかわからなかったからとても助かる。
ミミヌイを連れてくのか? 服を着させてもらったことには感謝しているが、彼女はここを切り盛りしていかないといけないのでは。
「とてもありがたいんですが。ミミヌイさんはここの店を営んでいるのでは?」
「お店は休業中にするから、どうかな」
「休業中?」
「うん」
ミミヌイは目をキラキラさせている。
服を着させてもらっている俺に選択権はない。
「わかった、一緒に行こう」
「うん」
こうして、俺たちは店を出た。
振り返ってその店を確認した。2階建てでそこに看板がついている。
【ミミヌイのアトリエ】と書いてあった。
ミミヌイは休業中の看板を店先に立て掛けて、こちらにやって来た。
「じゃあ、行きましょ」
そう言ってミミヌイは俺を先導していく。俺は彼女のあとについて行きながら聞いた。
「人間の君がここにいるってことは、君も?」
「ああ、パラメーター使いの天使が言っていたことですね。そうです、私は人間関係が0なので、対人円満の犬を探さないといけないんです」
「対人円満のいぬ?」
「そう、ハーメ二って名前で、どこにいるのかわからないから探してないけど。それに、ほら、この世界で生活しないといけないでしょ。だから私の得意な服作りで生計を立てているんです。あ、ちなみにこの世界にはお金が存在しません」
「え?」
「みんな物々交換で買い物をするんです」
「ぶつぶつ? へぇ……じゃあ、最初は?」
「あ、最初は私の着ていた服の上着を売って、布生地と裁縫セットを買ったんです。それで小物や服などを作ってそれをまた売って、そうやって繰り返してたくさん作っていったんです。それで、今住んでいるお店を買うことができたんです」
「そうなんだ、それは大変だったね」
最初から服を着てたのか。じゃあ何で俺は裸だったんだ?
すれ違っていくリッピットラト星人を見ていると、金属のコスチュームの上から服を着ている者もいた。
「あの人たちが着ている服って、君が?」
ミミヌイはそのほうへ目をやると微笑んだ。
「ええ、そうです。私が作った服を着ているの。彼らはすでに特殊なコスチュームを着ているけど、布の服というものが珍しいんでしょうね」
辺りをよく見ると、黄系の色をしたブロックや金属みたいな物が複雑に組み込まれて家や店などが建っている。
「シュガさんは何を探しに?」
「え? ああ、俺は幸運の女神を」
「幸運の女神。私よりも大変そうな存在ですね」
「そ、そうなのかなぁ」
ミミヌイは町を回り色々と案内してくれた。本屋、文房具屋、家具屋など。
俺たちは食べ物屋の前で立ち止まった。その店の看板には【リッピットラトレストラン】と書かれていた。
「レストラン? リッピットラト星人って食事するの?」
「ううん、しないわ。でも作ってくれるの、私たちのために」
「どういうこと?」
「たぶん、私たちみたいに何かのパラメーターが0だった先人さんたちがここに来て、リッピットラト星人に色々と教えて行ったんでしょうね。彼らは器用な種族でなんでもできてしまうの」
それから、ミミヌイは俺のほうを向いた。
「入ってみます?」
「レストランに?」
「ええ」
「でも、俺お金が」
普段使っている言葉が不意に出てしまった。
「大丈夫ですよ。私のおごりです」
ミミヌイは何も気にせずに言うと、懐から小さなハンカチを取り出した。
「これで払いますから」
「ハンカチ?」
「そう、この小さなハンカチで食事ができます」
物々交換ねぇ、お金の便利さに今さら俺は気づいた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……おごっていただこうかな」
「ええ、もちろん」
こうして、俺たちはレストランに入った。
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