ラクアピネス~運のパラメーター0の俺が幸運の女神を手に入れるまで~

おんぷがねと

第1話 不運

 俺は健康のため食事睡眠運動を完璧にこなしていた。健康的な食事、適度な運動、毎日8時間の睡眠を欠かさずしていた。ストレスもなく友達もみんないい人。付き合っている彼女もいた。


 全てが順風満帆だった。にもかかわらず、俺は突然原因不明の病気になり病院のベッドに寝かされていた。


 親はいたって健康だし先祖代々長生きな家系で、遺伝的な病気は何もないなのに病気になってしまった。


 まだ18歳の高校生なのに。これからなのに。


 そして、この世界からの別れの日が来た。


「我々も手を尽くしたんですが……」


 医者が言った。


「なぜうちの息子が?」


 父親が医者に聞いた。


「さあ、運が悪かったとしか」

「そんな」


 最後に見たのは薄れていく家族、友達、恋人だった。


 俺は死んだ。あっさりと。


 ちゃんと健康にして生きてたのに。ただ運が悪いという理由で。そんな理由で俺は……。



「あーやってしまった」


 暗闇のなか、幼い少女のような声が聞こえてきた。少女は俺の目の前に現れた。


 漫画などでよく見る頭に輪のついた天使のような恰好をしている。


「あーやってしまった」


 頭を両手で抱えながら少女はまた同じセリフを言う。それから寝ている俺の顔をのぞきこんだ。


「君、話せるかね」


 少女は俺に話しかけてきた。俺は声を出してみた。


「あ、ああ」

「そうか、わたしは人のパラメーターを管理している者だ」

「パラメーター?」

「そうだ、君が生まれる前にわたしが君のパラメーターを操作しているのだが。極端な振り分けをしてしまったのでな、残念ながら君は死んでしまった。すまない」


「どういうことです?」


「最初のパラメーターは100を振り分けるんだ。たとえば力10、素早さ10、かしこさ10という風にな。言っておくが10でもそうとう高いんだぞ。普通はとても良いが3、良いが2、普通が1となっている。3か2か1でそれを割り振るんだ、普通はな」


「ふーん、それで?」


「君は健康を30、人間関係20、残りはほぼ1だ。ただ、運のパラメーターを0に設定してしまった。普通は最低でも1をつけるのだが、確認するのを忘れてな。1なら上がってゆくが0は0のままだ一生」


「え? じゃあ」

「そうだ、不幸な事故というやつだ。わたしはそうやって間違った者を修正するために来た」

「修正」

「そうだ。だが、一度パラメーターを設定してしまうと、もう変えられない。そこで救済がある」

「救済?」


 と返したが、何を言っているのかわからないので、まったく頭に入ってこない。


「特別にな0をつけてしまった人にはそういった措置が取られる」

「何をするんです?」

「運のパラメーターが0の君は、幸運の女神を探しに行ってもらう」

「こ、幸運の女神?」

「その者はとある場所にいる。今からそこに行って、幸運の女神を探し出して手を繋いでいて欲しい。名前はラクアピネスだ」


 天使は俺から少し離れて背中を向けた。そこには白い翼が生えている。


「別に強制ではないぞ。君はもう死んでいる。だから、新たに生まれたいか生まれたくないかを選べる。人、ほかの動物、虫、植物、あるいは石などにな。しかし、どれに生まれたとしても運は0のままだ。ここで変えない限り永遠に0になってしまう」


「生まれたくないと言ったらどうなるんだ?」


「わたしたちの管理している世界に来ることになる、そこで、世界の調整を手伝ってもらう。我々と一緒にな」


「世界の調整って?」


「時間。超常現象。宇宙などの調整だ。それらを管理してもらう。言っておくが寿命などないから永遠だぞ」


「死んだら、みんなそんなことをさせられるのか?」


「いや、みんなではない。誰かに殺されたり自殺者は別の管轄に行き、そこで更生してもらって、もう一度同じ人生を送ってもらう。そこで死を踏みとどまるまで、何度でもやりなお……ちょっと話し過ぎた。まあ、みんなではないということだ」


「ふうん」


 正直、このまま死ぬのは納得がいかない。原因を作ったお前が幸運の女神を探し出せと思ったが、今の俺がどうこうできるものでもない。現に体が動かない。

 

 それに、死んでもやることがあるとは思わなかった。このまま生まれないを選択すれば、天使たちと共に世界の調整を手伝うことになる。


 少しだけ興味はあるが……。


 うーん、運がずっと0のままなのもな……幸運の女神ラクアピネスか。


「わかった。探してくるよ。それで、その幸運の女神がいる場所はどこなんだ?」


 天使はゆっくり振り返ると笑みを見せながら言った。


「異世界だ」


 その瞬間、暗闇が光り辺りが白く明るくなる。


「幸運の女神を探して君がその手を繋いでいれば、わたしがそこに迎えに行くから待っていろ」


 天使の声はそれ以上聞こえなくなった。



 そして、目が覚めると、そこは。



 青い空の下に立っていた。周りを見渡すと、遠くのほうに建物が見える。


 黄色やオレンジ色といったブロックの建物があった。地面を見ると、砂に交じって黄色系のブロックが所々に埋められている。


「はだし?」


 俺は嫌なことに気がついた。そのまま自分の体を見ていくと俺は裸だった。

 俺は急いで大事なところを両手で隠した。


「なんで、はだか?」


 そう言いながら、隠れられそうな場所を探した。周りには何もないただの平原が広がっている。


 遠くのほうに町が見えた。とりあえず俺はそこまで歩いた。

 町に近づくと道の途中に看板が立ててあった。


 【この先、パイナプルの町】と書かれている。


「パイナプルの町……」


 俺はその町に向かって歩き出した。見渡せる平原を歩いているが人っ子ひとり見当たらない。それはそれでいいのだが。油断はできない。


 あちこちと辺りを見ながら進んだ。

 こんな格好で誰かに見つかったら公然わいせつになってしまう。


「おいっ! 貴様何者だ。怪しい奴め!」


 急に後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

 俺はその中性的な声に反応して心臓の鼓動が早くなる。


「貴様、ゆっくりこっちを向け」


 俺はその言葉に従いゆっくりと振り返る。

 そこには、俺に剣を突きつけている者がいた。


 体が赤系の金属で覆われた様な格好の人物だった。


 金属は胸や腕や足といったパーツごとになっている。赤いマントをつけて、顔は人っぽいが赤い仮面みたいな物をつけている。仮面といっても口元は隠さないものだ。


「貴様何者だ」

「あ、えっと……」

「何者だと聞いているんだ。答えろ!」


 そのとき、そいつは誰かと話し始めた。


「どうした? ……なに、3番街に変質者だと、わかった、すぐ……」


 俺はその隙に走った。


「おい、待て!」


 俺は全速力で走った。もちろん大事なところは隠しながらだが。この体勢の走りにくさといったら。


 はあ、はあ……。


 どこかの塀までたどり着くと、もう赤い金属のやつは追って来ていない。


 俺は胸をなでおろして、そこからのぞくようにそーっと顔を出して辺りの様子を見た。


 そこは町になっていて、地面は黄色やオレンジ色のブロックで舗装されている。いつの間にかパイナプルの町に着いていたようだ。


 俺は慎重にその町の様子をうかがった。下手に動けば人に見つかり捕まってしまうと思ったからだ。


「え! さっきの人がいっぱい?」


 俺は目を疑った。そこを歩いている者たちは、それぞれの色は違うが全身を金属のような物で覆っている。顔は人間っぽくて、そこにさまざまなデザインの目元だけを隠すような仮面をつけていた。


 近くで見ないとわからないが、髪の毛は人間のより少し太い感じがする。それが色とりどりになっている。


 SF映画か何かで見たことのある、ロボットやアンドロイドと言うのだろうか、人の体に金属のパーツを取りつけたようなコスチューム的な物を着用している。


「これが異世界なのか……」


 俺はまず服屋がないか探した。


 右を向いても左を向いても服屋の看板らしき物はない。もし見つけたら、俺はそこへ行って店員に事情を説明して服を貸してもらうことにする。


 とても静かな町だ。金属コスチュームの歩く音だけが聞こえてくる。

 人通りのないところを通り慎重に服屋を探した。


 息もしていないくらいに静かに辺りを見回した。すると、防具屋という看板が目にとまった。


 防具屋? 防具屋ってたしかRPGなどによく出てくる店だ。異世界はそんなものが存在するのか。


 俺は辺りを警戒して、隠れるように屈みながらその店に入った。

 ウィーンとドアの開く音がする。運のいいことに店内は誰もいなかった。


 所々に鎧や盾などが置かれている。


 カウンターには店員がいた。顔には黄色の仮面、金属コスチュームを着て、その上からエプロンをしていた。


 心臓の鼓動が速くなっている。緊張する。


 裸ということを店員が見てどう思うのだろう。変質者だと思うのだろうか。いや思うだろう。


 振り向いて入口を確認する。自動で開くガラス戸が閉じている。

 いつこの店に客が入ってくるかわからない。早くしないと。


 背に腹は代えられない。


 俺は一度深呼吸をした。


 ……よし、いくぞ。

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