第190話 【解体】の正体


(一人称視点)



「……初代勇者の聖骸を見た時、不自然なくらい損傷が少なかった。

あれは【解体】スキルの状態保持の効力だ。迷宮の魔物をバラして死体が消えないのと同じ。

あなたはそれを、人間に使用したんだ。直接見てすぐにわかった」


「流石に同類の目には誤魔化せねぇな。お前の予想は全部正解だ。

彼女・・をバラしたのは俺だ。それが知りたかったのか?」



 男は、僕の質問に対し何も反応を示さなかった。

 後ろめたそうにするでもなく、不機嫌になるでもなく。顔が見えないのもあるが、何を考えているのかが読み取れない。



「僕は勇者パーティーにいた時、【解体】スキルを使いこなそうと努力していました。

その過程で、歴代の【解体】スキル所持者を調べた事があります。歴代の所有者達がどんな使い方をしていたのか、それを知れれば成長のヒントになると思って」


「ああ知ってるぜ。お前の事はずっと見てたからな」


「けど何もなかった。聖骸の真実も、それどころか歴代所有者の名前や行いも、一切出てこなかった・・・・・・・・・

あなたの存在も、聖骸作成に【解体】スキルが用いられたという事実も。本当に何もなかったんだ」



 思えば、あまりにも不自然だった。

 使っている僕だからこそ分かるが、【解体】は決してハズレスキルなんかじゃない。


 にも拘わらず、勇者や世間からの評価はあまり高くはなかった。

 理由は単純、実績がなかった・・・・・・・からだ。

 これほど強力なスキルであるにも拘わらず、何も実績が残っていない。

 偉業も、使い方も、発現者も。あらゆる痕跡が存在しない。

 ……お陰で僕は自力で派生スキルを考える羽目になった。そうして生まれたのが【遠隔解体カットアウト】だったんだけど。今はそれは置いておく。



「『初代勇者は死後、自分の身体を世界中に散りばめ、魔物を寄せ付けぬ結界の礎とするように言い残した』――おとぎ話ではそう書かれています。

でも聖骸を見た僕にはわかる。あれは無理矢理・・・・・・・切断されたものだ・・・・・・・・

あなたは初代勇者を、生きたまま解体した」



 僕がこの男を信用できないのは、これが一番の理由だ。

 魔王を倒し、人類の救世主となった初代勇者。それを生きたまま解体した男。

 普通に考えて、ロクな理由じゃないだろう。男の痕跡が意図的に消されているとなれば、尚更。



「なるほど。俺をいまいち信用してくれないのはそれが理由か」


「……過去に何があったんですか。あなたは一体何者で、なぜ初代勇者を解体したんですか」


「ふむ」



 顎に手を当てて考える素振りを見せる男。

 しかし返ってきた答えは、まるで予め決めていたように平然とした口調だった。



「何が起こったかは単純だ。俺の記録が削除されたから。俺の生前の記録や行いは全て削除された。いや忘れられた、の方が近いか。とにかく俺の痕跡が残っていないのはそれが理由だ」


「それはさっき聞きました。ならあなたはどうして初代勇者を――」


「悪いがそれには答えられない。俺が教えると不利益を被る奴がいる・・・・・・・・・・んでな」



 不利益を被る奴がいる……?

 僕がその、世界から抹消された事実を知る事で?

 こいつがいない、この現代に?



「悪いな。俺はお前の味方のつもりだが、だからといって何でも答えられる訳じゃあない。

記録が消されてるって事は、知られたら不都合な事があるって意味だ。

この世界の歴史は、闇に屠られた真実が意外と多い。興味本位で首を突っ込んだらケガ程度じゃ済まないかもしれないぜ」


「――――」


「そうだな、敢えて理由を一つ挙げるなら、俺のポリシーって奴だな。

俺は死人、とっくに舞台から退場した道化どうけだ。そんな奴が今更しゃしゃり出てきて、舞台を台無しにしたらダサいだろ?」


「舞台……?」


「お前が生きる現代の事さ。世界を変えるのはいつだって、今を生きる若者達だ。

俺みたいな死人や老人ロートルと違ってな? 俺はそれを邪魔したくはないのさ。


……どうしてもって言うんなら、自分で答えを探してみればいい。答え合わせくらいには付き合ってやるよ」



 男はそう言って話を打ち切った。

 この件については、これ以上何も話すつもりはないらしい。

 ……隠し事は誰にでもある、けどコイツのそれは胡散臭すぎる。

 やっぱりこの男の事は信用できない。



「納得いってないって表情だなー。そんなに俺が信用できないか?

……仕方ねぇ。可愛い後輩の為だ、ちょっとだけ俺のポリシーを曲げてやろうじゃねぇの」


「は?」


「道化の昔話さ。お前さん、ユニークスキルの指向性・・・については知ってるか?」



 指向性……?

 いきなり何の話だろう? 師匠からは特に聞いていないけれど。



「知らないって顔してるな。なら教えてやろう。

――そもそも、ユニークスキルがどうやって生まれたか知ってるか?」


「いや……自然に発生したものなんじゃ?」


「自然発生したものにも、そこには必ず理由がある。……ユニークスキルってのは、いわば祈りの集積体・・・・・・だ。長い年月を掛けてあらゆる生物の祈り、つまり願いが一点に集まり、強大な力として確立したものだ」


「願いを一点に集めた力?」


「そうだ。女神■■■■がいなくなり、この世界はを失った。それでも人は祈る事を止められなかったのさ。その結果女神という受け皿を失った祈りは、ユニークスキルとして確立するに至った」



 ……まだ男の話を完全に理解できたわけではない。

 それでもなんとなくわかる。僕はこの真実に・・・・・・・既に触れている・・・・・・・



「【勇者】のユニークスキルは、魔王を退けたいという祈りを女神が集めて生み出したものだ。対して俺たちの【解体】は、一体どんな祈りが集められたと思う?」


「……」


「教えてやろう。――それは断絶・・だ。

全ての因果と繋がりを断ち、孤独を望んだ人々の祈り。

その力を受け継いだのが俺達。そしてこの力の指向性なのさ」





「断絶……」


 男が告げた単語は、ピッタリと僕の中にはまった。パズルの欠けていたピースを埋めるように。

 その穴の形には気づいていたけど、僕はそのピースの名前を考えていなかった。

 いや違う。探す事すら・・・・・しなかった・・・・・



「さっき俺はユニークスキルを寄生虫に例えたが、そいつらにも味の好み・・・・ってのがある。

この餌は好き、この餌は嫌い。好きな餌を眼前にぶら下げられれば俄然・・やる気が出る。この辺は人間や動物とおんなじだな?」


「……ユニークスキルに感情があると?」


「さあな? 虫の知性を感情と呼ぶかどうかは興味深いが、ともかく好みの餌……動機・・を与えてやれば、ユニークスキルはその力を存分に発揮する。それが俺の言った指向性だ」



 内心で動揺する僕を無視して、男は容赦なく真実を突きつけてくる。

 ……ああ、気づいていたんだ。このスキルを覚醒させた時。いや、もっと前から。

 僕はそれを認めたくなくて、目を逸らし続けていただけ。



「ここまで言われれば気づくだろう? これまでの戦い、思い当たる節があるんじゃないか。

【解体】スキルは、どんな動機の時に力を発揮した?」



……僕は思い返す。

これまでの戦い。僕の感情、動機に従って、明らかにスキルの性能が向上した場面があった。


 勇者パーティーとの戦い。シアを危険に晒されて、立ち塞がる障害をこの手で解体すると――断絶・・すると誓った。

 その前。クリオプレケスとの戦い。生きた人間を素材にしたゴーレムを見て、目の前の存在を許せなくなった。二度と現れないようバラバラにしろと――断絶・・しろと、スキルが囁いた。

 その前は……



「【暁の翼・・・追放された時・・・・・・


「そうだ。それが全ての始まりだ。お前は勇者パーティーから追放され、悪評を流され孤立した。一時とはいえ、お前は人々の繋がりから断絶・・された」


「――――」


「追放された直後、いつもより調子が良かっただろう? 気前よくコボルトを狩っていたじゃないか。狂精霊との遭遇にも、初めてのボス戦だってのに上手く戦えたよな」



 “よし、腕はなまっていなさそうだ。むしろ調子良いかも?”


 ――確か僕は、あの日コボルトを狩っていた時、そんな言葉を言った気がした。



「その日を境に、【解体】スキルは目を見張る速度で成長していった。勇者という邪魔な蓋が消えたのもあるが、追放された・・・・・という特異な動機が、【解体】スキルはいたく気に入ったのさ。そりゃグングン育つ訳だ、他の理由じゃこうはならなかったかもな」


「………………」


「ここまで言えばもうわかるだろ? 【解体】スキルの指向性、好みの味は断絶・・だ。繋がりを断つ、断たれるという動機を特に好む。要するに孤独を望んでいるんだよ。

このスキルは世界との繋がりを断ち、孤独と断絶を望んだ者の祈りの集積体だ」





 ……なんとなく、気づいてはいたんだ。

 【解体】スキルは威力が強すぎる。巻き込む危険性があるから、味方がいる場面では真価を発揮できない。

 本領を発揮できるのは僕一人の時。クリオプレケスの時も、勇者パーティの時も、リヴァイアサンの時だってそうだった。

 当時はただ、そういうスキルなのだと、集団戦と相性が悪いだけなのだと、そう考えていた。

 でも薄々気づいていた。僕がその真実を認めたくなくて、目を逸らしていただけで。



「……僕の事を見ていたなら知ってるだろ。ミノタウロスとの戦い。あれはシアが一緒に戦ってくれたから勝てたんだ。ケルベロスの時も。僕はずっと一人で戦っていた訳じゃなかった」


「ああそうだな。それは認めよう。お前は一人じゃなかった。完全な孤独でなく、断絶もしていなかった。だから弱かった・・・・・・・


「――――――――」


「おっと、別にお前の足跡や生き様を否定してる訳じゃないぜ? だがこれは客観的事実だ。

孤立すればする程、【解体】スキルは力を増す。世界から断絶する程、させようと思う程にな」


「何が言いたいんだ」



 口にするが、男が言いたいことはもうわかっていた。

 とっくにしっていた真実を、僕は改めて突きつけられる。



「要するに俺が言いたいのは、だ。お前の動機は【解体】スキルの好みじゃない」


「…………」


「お前は家族を守る為に力を手に入れたい、と言っていたな。それは断絶とは真逆・・の方向性だ。

それじゃあ力は発揮できない。今迄はなんとかなっても、このままじゃいつかしくじるぜ」


「知るか。どんな動機だろうが僕の勝手だろ」


「ああ。俺もそう思ってたさ。実際にしくじる・・・・・・・まではな・・・・


「……!」



 息を呑む。

 僕は今、この男の生き様というものに、少し触れた気がした。

 いつしか男の口調は、真剣味が含まれるものになっていた。



「先輩としてはな、後輩の失敗なんて見たくはねぇんだよ。失敗して学ぶなんて言葉もあるが、そりゃ取り返しのつく失敗の時だけだ。全てが手遅れになってから学んでももう遅いぜ?」


「何があったんですか」


「悪いがそれは言えねぇ。さっきも言ったが、不利益を被る奴がいるからな。

……俺も当時は未熟だったんだ。スキルを覚醒させて、レベル100に達して、【解体】スキルを完全に支配した。全てが自分の都合良く進むと思っていた。

だが勘違いしていた。レベル100は終わりじゃない。完全に支配して、そこから更に成長・・・・・・・・させる・・・事に意味がある。

その為にはスキルの指向性に従う事が必要不可欠だ。そうしなきゃまるで成長しない。そこで止まっちまうんだ」



 男の言う通りだった。

 僕は【解体】スキルの由来と深淵に触れ、完全に掌握した。

 だけどそれは、力の正体と今の力量、そして今できることを把握しただけに過ぎない。

 自在にパワーアップさせられるような、都合の良いものじゃない。



「断言しよう。お前の前に近い将来、高く恐ろしい壁が立ちはだかる。それは今のお前では突破できない壁だ。乗り越える為には、よりスキルの力を高め、更なる次元へと昇華させる必要がある」


「更なる次元……?」



神だ・・



 男はそう、断言した。



「この世界は神を求めている。亡き女神に代わる新しい神を。行き場を失った祈りがユニークスキルになるのなら、その行く末は祈りの受け皿、つまり新たな神になる事だ。

ユニークスキルっていう寄生虫はつまるところ、神の幼体・・・・なのさ」


「神……? いくらなんでも話がぶっ飛んでる。お前は何を言っているんだ」


「信じられないだろうが真実さ。極まったユニークスキルはこの世の法則さえ作り変える。まさに神にだけ許された特権だ。

――シテン。より力を求めるのなら、お前は神を目指さなくてはならない」



 ……一気に胡散臭い話に飛躍した。ユニークスキルの正体が、神の幼体?

 だが男が嘘をついているようには思えない。話の筋も、一応通ってはいる。



「にわかには信じられない。神になるために動機を、家族を捨てろって言うのか」


「無理に信じなくてもいい。だがどっちにしろこのままじゃ、力不足で家族を失うぜ。諸共心中するか、自分から切り捨てるかだ。俺としては後者をお勧めするね」


「……」


「一息に話すぎたな、整理の時間が必要か。まあ今すぐって訳でもない。多少は猶予があるだろうし、その間にじっくり考えるといい」



 だがこれだけは覚えとけ、と男は最後に忠告した。



家族を理由に戦うな・・・・・・・・・。それは【解体】スキルを生まれ持った者には、不向きな戦い方だ。

そんな指向性と真逆の戦い方してたら、いつか取り返しのつかない事になるぜ」



 ……神の話はともかく。

 【解体】スキルの衝動の方向性……より断絶を、孤独を好む傾向がある事には、薄々気づいてはいた。


 ただ、僕はそれを認めたくなかった。

 人の繋がりの為に戦っておいて、それを否定する事で強くなるだなんて……僕には受け入れられない。

 僕の一番大切なものは、家族だ。それを守る為なら、どんな苦難も犠牲もいとわない。

 一度家族を失った・・・・・・僕にとって、あの孤児院の子供達こそが全て、なのだから――



「――時間か。お目覚めの時間だぜお姫様」



 その言葉を聞いた直後、ふと僕の意識が遠のいた気がした。

 足元が揺れる。視界が滲む。僕の精神がどこかに引き寄せられる。



「これは……」


「意識が覚醒しつつあるって事だ。この場所は寝てる時しか入れないからな。

まあ初対面ならこんなもんだろ。長い付き合いになるだろーし、仲良くやろうぜ兄弟?」



 意識が引っ張られるように朦朧とする中、男はさっきまでの真剣な雰囲気を煙のようにかき消し、ヘラヘラと笑っていた。

 嘘は言っていないだろう。だが隠し事も多い。そんないまいち信用できない、僕の先駆者。

 そんな謎多い男に対し、僕は言っておくことがある。



「お前の言いたいことはわかった――けど、僕は今の理由を諦めない。家族を捨てたら、僕が生きている意味がなくなる」


「――――」


「一人なら強くなれる。それは真実だ。けど真実は一つとは限らない、僕は家族や仲間と一緒に、お前とは違う道を進むよ」


「――ああ、お前ならそう言うと思ってたよ」



 真っ暗闇の空間が白い光に照らされる。

 声も遠のいて、男の感情は既に読み取れなくなっていた。


「敢えて茨の道を行く。そんな後輩にもう一つサービスだ。

――この世界に惨劇をもたらそうとする、黒幕がいる」


「!」


「墓守を生み出し、地獄の底から蘇り、この世界を破壊しようと目論むおっかない奴だ。

お前はそいつと必ず相対する。お前がその理由を持つ限り、必ずな」


「――誰なんだ、その黒幕は」




 そして男は、その名を口にした。

 薄れゆく意識の中で、僕は確かにその名を聞いた。



「また会える日もくるだろう。それまでは死ぬなよ、兄弟?」



 それを最後に、僕の意識は浮上する。現実世界へと引き戻される。

 一抹の不安を僕の中に残しながら。




 そして、誰もいなくなった空間で。



「……ほっんとに昔の俺そっくりだよなぁ……こう、人のしがらみというか、過去に縛られてる・・・・・・・・ところとか。同じユニークスキルの所有者は性格も似てくるのか? 全く危なっかしくて仕方ねぇ」



 男は呆れまじりのため息をついた。

 彼の忠告は果たして伝わったのかどうか。結局シテンはこの場では、自分の動機を違えなかった。



「俺の言葉じゃダメなら、その家族とやらの言葉なら結論も変わるのか? ……誰か何とかしてくれないもんかねぇ」

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