第189話 胡散臭い先輩


(一人称視点)


 ――真っ暗闇で目が覚めた。



「ここは……?」



 思わず呟くが、返事をする者はいない。

 気づけば景色が抜け落ちて、この暗闇にいた。

 一体何があったのだろう。確か僕はリヴァイアサンを倒して、地上に無事帰還したはずなのに……



「いや、確か少し疲れちゃったから、宿に戻って休んでて――」





「――その通り。お前はそのままこの場所に辿り着いたって訳だ」



 軽薄そうな男の声だった。

 僕の独り言に返答する者。振り返る。


 人影だった。

 背の高い男の影。但しはっきりとは見えない。まるで曇りガラス越しに見るように、ぼやけて姿がわからない。



「そう警戒しなくてもいい。俺はお前の味方だ。いや、同胞・・と言った方がわかりやすいか」


「同胞……?」


「そうだ。お前も俺に会いたかったんじゃないのか? かつての・・・・解体・・スキルの持ち主に・・・・・・・・




 その言葉で、僕は目の前の男の正体を悟った。

 同胞。僕と同じく【解体】スキルに目覚めた者。先駆者。

 探し求めていた存在に、遂に僕は邂逅した。



「……あなたは一体? ここはどこなんですか」


「お、意外と落ち着いてるな。流石にその年でレベル100に達しただけの事はある」


「……」


「わかったわかった、説明するからそんな目で睨むなよ。俺だってやっとできた可愛い後輩に、嫌われたくないからな」



 朧げなシルエットが、肩をすくめるのがわかった。

 なんとなくだけど、この人とは仲良くなれそうにないかも……性格的に。



「ここは魂の内側……お前に宿る【解体】スキルの中、って所か。レベル100に達し【解体】スキルを完全に支配した者だけが、この空間を認識する事ができる。

もちろん物理的に存在している空間じゃない。イメージ上の空間……いや、夢の中っていった方がわかりやすいか。とにかくここは現実じゃないし、時間の流れも現実とは異なる」


「じゃああなたは誰なんですか。なんで僕の夢の中にいるんです」


「俺か? さっきも言ったが、俺はお前の先輩だ。かつて【解体】の力に目覚め、その力を掌握した男だ。現代風に言えば、お前と同じくレベル100に達したって事だな」


「それはわかってます。あなたの正体と目的を聞いてるんです」



 さっきから煙に巻くような言動を繰り返す謎の男。

 どこか胡散臭い雰囲気だ。こんな先輩嫌なんだけど僕。



「んー、正体については隠してるつもりはないんだが……俺の名前は■■■■だ」


「え?」


「やっぱりお前には伝わらないか。何せ世界から俺の記録は削除されてる・・・・・・からな。俺の名前は伝わらないし、聞いてもすぐ忘れちまうのさ」



 せ、世界から削除された……!?

 意味がわからない。でもそれじゃあ、名前を忘れられた女神様と同じじゃないか。

 まるで魔王の力で、名前を削り取られたみたいな――



「まあ俺のことは気にするな。目的だって別にある訳じゃない。今日は新しい後輩の顔を見にきただけさ。俺はお前の敵じゃあない」


「か、顔?」


「お、ちょっと表情が和らいだな。いい感じだ。

俺もお前とは仲良くしたいと思ってるんだよ〜。本当だぜ? 何せこの領域に辿り着けたのは、お前が二人目・・・なんだからな」



 男の表情はよく見えないが、なんとなく笑っているような気がした。

 でもまだ胡散臭い。初対面の相手に『仲良くしたい』とか言われても怪しさMAXだ。



「……じゃあ、なんであなたはここにいるんですか。あなたの説明が正しければ、ここは僕の魂の中ですよね。会ったこともないあなたがなんで僕の中にいるんですか」


「当然の疑問だな。まず間違いを訂正しよう。

ここは【解体】スキルの中であって、お前の魂の中じゃあない。【解体】スキルと魂は厳密にはイコールじゃない。

お前の魂に引っ付いた寄生虫・・・。それがユニークスキルの正体なのさ」


「は、はぁ……」



 なんだこの人、いきなりユニークスキルを虫扱いし始めたぞ。



「その様子だと、あんまりユニークスキルの仕組みは知らなさそうだな? よし、いい機会だし先輩の俺が説明してやろう。

まずお前はユニークスキルと普通のスキルの違いは知ってるか?」


「……師匠から簡単には聞いてますが」



 リヴァイアサンとの戦いが終わった後、僕は師匠に尋ねたのだ。

 僕のユニークスキルの覚醒。その真相を掴むために。そして師匠は簡単にだが答えてくれた。


 ガブリエルが天使の力を人間用に調整し、全人類に分け与えたのが普通のスキル。

 対して自然発生し、無作為な人間に宿るのがユニークスキルなのだという。



「ならもう一つ。ユニークスキルは一つの時代に同じものは存在しない。何故だかわかるか?」


「……?」


「この世界の人間と同じように、輪廻転生を繰り返す・・・・・・・・・からだ。

スキルの持ち主が死ねばその魂に引っ付いて、輪廻転生の輪に乗って次の宿主を探す。そして時間を掛けて、別の魂に引っ付いて生を受ける」



 輪廻転生。この世界の人間は、死んだら生まれ変わると信じられている。

 【墓守パンドラガーディアン】達も同じ名前のスキルを使っていた。恐らく輪廻転生の存在は本当で、奴らの正体にも大きく関わっているのだろう。

 けれどスキルが転生するというのは聞いたことがない。けどこの男の口ぶりだとまるで……



「寄生虫みたいだ……」


「ああ、その通りだ。何十年何百年という間隔スパンを開けて、宿主を乗り換える寄生虫。まあ実際に虫かどうかは知らねぇが、これがユニークスキルの正体なんだ。

寄生虫に同じ個体は存在しない。ユニークスキルの数だけ寄生虫は存在し、歴史上に現れた同じ名前のスキルは同一個体・・・・だ。

だから同じスキルは同じ時代に現れない。【解体】って名前の寄生虫は、この世に一匹しかいないからな」



 ……なるほど。この男が寄生虫呼ばわりしていた理由には合点がいった。

 つまり僕とこの男に宿ったという【解体】スキルの力は、同一の存在なのだろう。

 違うのは魂という乗り物……僕と男の肉体と魂。それだけなのだ。



「ここまで話せばそろそろ気づくか? 俺がお前と話せている理由に」


「……【解体】スキルの中には、歴代のスキル所有者の記録が蓄積されている?」


「大正解だ。さとい後輩で助かるぜ」



 手を伸ばして頭を撫でようとしてきたので、思わず後ずさった。

 なんでこの人こんなに先輩風を吹かせてくるんだ?



「おーいちょっと可愛がってやろうとしただけじゃねーか、そんな反応されたら傷つくぜ俺は」


「初対面の人にその距離感はちょっと」


辛辣しんらつだねぇ……あれか? 身内には甘いが他人には厳しいタイプか? 俺もお前と仲良くなりてーんだけどなー」



 ……。

 自称先輩を名乗るこの人をイマイチ信用できないのは、理由があるんだけど。



「まあいい。話を戻すぞ? お前の言った通りユニークスキルの中には、歴代のスキル保有者の記録と力が蓄積されている。

お前の前にいる俺も、正体はその記録なのさ。本物の俺はとっくの昔に死んでる」



「……」


「だがここまで原型を維持した記録を残すには、それなりに【解体】スキルを使いこなす必要がある。

その為の条件がレベル100。歴代で達成できたのは、俺とお前の二人だけだ」



 つまりは、死人の記録。

 目の前の男は、【解体】スキルが見せている過去の持ち主の記録なのだ。

 姿が曖昧なのもそれが影響しているのだろうか。



「じゃあ、僕達以外にもいたんですか。【解体】スキルの所有者は」


「ああ。それなりにいた。だがどいつも転生した瞬間に即死して死産か、生まれてもすぐに死んだ。運よく適合しても、大して使いこなせずそのまま死んだ。

耳を澄ませてみろ、周りから何か感じ取れないか?」



 ……気配を澄ませてみれば、確かに僕たち以外にも、何か別の気配を周囲から感じ取れた。

 恐らくこれが僕達意外の、歴代【解体】スキルの所有者。


 だが小さくて曖昧だ。劇的に向上した僕の感知能力でも掴みきれない。

 多分、情報量が少なすぎるんだ。彼らの記録と力は、この暗闇に埋没してしまっている。



「これで理由がわかっただろ? 俺は【解体】スキルにこびり付いたかすみたいなもんだ。だが人格は生前のを保ててるんでね、こうして後輩の登場をずっと待っていたって訳さ。

今までめちゃくちゃ暇だったんだぜ? 待望の後輩がようやくできたかと思うと、反動でつい会いたくなっちまってなぁ」


「……じゃあ今回は、ほんとに僕の顔を見たかっただけなんですか」


「最初からそう言ってるだろ? 同じスキルの所有者同士、仲良くしようじゃないの〜」



ケラケラと笑い声を上げる男に、僕はどうも馴染めなかった。

こんな軽薄そうな男が先輩……? ちょっとショックだったが、今の話で一つ疑問ができた。



「幾らなんでも死にすぎじゃないですか……?

結構な人数の気配を感じます。もう人格とかは残ってなさそうですが、適合できずに死んだって事ですか? そもそも適合というのは?」


「よしよし、先輩の俺が教えてやろう。

そもそもスキルなんて力は、元々この世界の人間に備わっていない。天界から女神が持ってきて後から付け加えられた異物、言ってしまえば毒なんだ。あの天使は長い年月を掛けてギリギリ耐えられるレベルに調整したようだが」


「! ユニークスキルはガブリエルの手が加わっていない、天然の産物だから……」


「そうだ、人体の都合なんざ一切考慮されていない。無加工の有毒物質そのものだ。

そんな異物が胎内の赤子にいきなり宿ったら、どうなるかは大体わかるよな?」



 ……今の僕ならわかる。

 【解体】スキルには歴代の使用者が蓄積してきた、莫大なエネルギーが込められている。

 だがそれが無力な赤子に宿ってしまえば、未熟な人体が耐えられる訳がない。

 なんせ僕だって、この間まで完全には制御できていなかったくらいなんだから。



「他のユニークスキルも同じことだ。実際には結構な数のユニークスキルが存在していて、人知れず輪廻転生を繰り返すが、大抵は人目に触れることなく死ぬ。

胎内で息絶えるか、生まれても脆弱で早死にする……だからユニークスキルの発見例は少ないんだ。スキルを発現させる歳まで生きられないからな」


「だけど例外がある。僕やあなたみたいに、死なずにスキルを発現させる者が」


適合者・・・って奴さ。ごく稀に異物であるユニークスキルに拒否反応を起こさず、適合する奴が生まれてくる。それが俺やお前さ。

こればっかりは生まれ持った体質だから、完全に運だがな。産んでくれたお袋に感謝しなきゃだ」



 ……つまり、僕は運が良かったのか。

 たまたま生まれ持った体質で、ユニークスキルに適合できたから。

 確かにこれならユニークスキルの希少性も頷ける。

 更にその奇跡的な確率を潜り抜けて、レベルを上げ肉体強度を上げることで辿り着けるのがこの領域。

 歴代所有者で僕とこの男しか達成者がいなかったのも納得だ。いくらなんでもハードルが高すぎる。



「ユニークスキルの希少性が高いカラクリはこういう事だったのさ。

まぁ仮に発現できたとしても、スキル自体の当たり外れはあるけどな?

俺の知ってる中じゃ、“全身から酒を生み出す”なんてユニークスキルもあったくらいだ。んな半分ネタみたいなもん。俺らには到底使いこなせねぇ。

その分【解体】は当たり・・・の部類だ。その真価はお前もよく知ってるだろ?」


「……ユニークスキルの正体と仕組みについては、大体理解できました」



 多分今の説明で、この男は嘘は言っていないだろう。

 理由が特にないし、筋も通っている。それにここまで聞けば真偽を僕でも確かめられる。


 だがもう一つ。ユニークスキルの正体とは別に、この男に確認しておきたい事がある。




「もう一つ、訊いてもいいですか」


「おう。どうせ暇だし構わないぜ」


初代勇者を解体・・・・・・・したのはあなたですか・・・・・・・・・・


「ああ、そうだ」



 あっさりと、目の前の男はそれを認めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る