第188話 勇者、先輩達の洗礼を受ける(勇者視点)


(三人称視点)


 ――そして、“元”勇者イカロスは意識を取り戻した。



「ぁ……?」



 周囲をドーム状に囲む岩壁。薄暗い光源。

 他には何もない、広大な空間だった。



(どこだ此処は。俺はさっきまでギルドの監獄で尋問を受けていたはずだ)


「――ようやくお目覚めかね、当代の勇者サマ。ククク」


「!」



 微睡むイカロスの意識を覚醒させたのは、聞き覚えのある女の掠れた声だった。



「テメェは確か、ユーリィとかいう……」


「そうとモ。死にかけのお前を助けてやった命の恩人サ。元気そうで何よりだヨ」


「今まで何してやがった!? お前のせいで俺がこれまでどんな目に遭ったことか!」



 イカロスはミノタウロスの一件について情報を聞き出すため、冒険者ギルドから苛烈・・な尋問を受けていた。

 バックにいたアドレークは逃亡し、聖教会も彼の身柄引き取りを拒否した以上、彼を助ける者は誰もいない。

 目の前にいる得体の知れない存在、【尸解仙】ユーリィを除いては。



「ほったらかしにしていたのは悪かったヨ。色々とこちらも立て込んでいてナ。リヴァイアサンが片付いてようやくひと段落したので、お前の様子を見にきたのダ」


「リヴァイアサン……?」


「ミノタウロスと同じ、【墓守パンドラガーディアン】の一体ダ。お前が寝ている間に暴れ回り、シテンの手によって討伐されタ。その功績によってシテンは正式にSランク冒険者として認定されるそうダ」


「は?」



 イカロスはユーリィの言葉の意味をしばし理解できなかった。

 落ちこぼれだったはずのシテンがSランク。目の前のユーリィと同格の立場。

 全盛期のイカロスでも成し遂げられなかった、最強の冒険者の一角に名を連ねたという事実。



「ふざけるなよ……俺がこんな目に遭ってるのに、あいつがSランクだと!?

どいつもこいつも馬鹿にしやがって!! どこまで俺を陥れれば気が済むんだ!?」



(……ここまで捻くれた精神の持ち主も珍しいな。被害者意識が強すぎる。

こんな人格破綻者に【勇者】のスキルを与えたのも、ガブリエルの策の一つなんだろうが……)



 イカロスの怒り狂う様を見て、さしものユーリィも内心で呆れ返っていた。

 このような男に勇者の力を与えれば、碌な未来が訪れない事は明白だった。

 それでも傍若無人ぼうじゃくぶじんな態度を許されていたのは、歴代の勇者と聖教会が積み上げてきた実績と信頼によるものだろう。

 それをイカロスの代でぶち壊す事こそが、ガブリエルの目的だった訳だが。



「まあ落ち着ケ。お前はギルドに囚われた罪人の身だが、そんなお前にもチャンスをやろうと思ってナ」


「あ゛?」


「自分の身体を見てみロ。何か気づく事はないカ?」



 指摘されイカロスは自分の肉体を見る。

 混乱と激情に駆られ気づけなかったが、彼はすぐに違和感に気づいた。



「なんだ……? 身体が回復してる・・・・・・・・?」


 イカロスの肉体は、苛烈な尋問と身動きの取れない状態で長時間いたせいか、すっかり衰え痩せ細っていた。はずだった・・・・・

 しかし今のイカロスの肉体は万全の状態だ。肌には艶が戻り、筋肉もたくましい曲線を描いている。

 シテンに分断されたはずの首も繋がっていた。今のイカロスの肉体は全盛期、いやそれ以上のコンディションといえた。



「お前の肉体はすっかりダメになっていたからナ。代わりにこっちで新しいを作っておいタ。今のお前は本来の肉体から、魂だけを移し替えた状態なのダ」


「器……? おれの身体を作ったってのか!?」


「私を誰だと思っていル? 肉体を創造し魂を移し替えるなど、私にとっては造作もない事ダ。

――そしてお前にその器をくれてやったのは、お前に自由を与えるためではなイ」



 その瞬間だった。

 ぞわりと、総毛立つ程の恐ろしい気配が、イカロスを取り囲んでいた。


 ……何もないはずの地面から、骸骨の手・・・・が次々と生えてきたのだ。



「な、んだ、これは!?」


「今日お前をここに呼んだのは、私の実験・・に付き合ってもらうためダ。

――紹介しよウ。歴代勇者の骸達・・・・・・・。お前の今回の実験相手サ」



 イカロスの四方から生えてきた骸兵達……歴代勇者達の亡骸は、すでに魂なき空っぽの器であった。

 ユーリィの手によって、白骨化した器だけが動かされているだけ。身に纏う装備も大したものではない。


 にも拘わらず、その身に纏う強者の気配は本物であった。

 いずれも激しい戦いを潜り抜けた、歴戦の猛者。肉体に刻まれたその傷跡が、死して尚イカロスを恐怖させているのだ。



「お前も先代の勇者達の話は知っているだろウ? 勇者に任命された者はこの迷宮【魔王の墳墓】を訪れ、奥底に眠る魔王を倒す為に迷宮に潜ル。

何百年、何千年と続いてきたしきたり・・・・ダ。お前がこのネクリアに来たのもそれが理由なのだからナ」


「ッ……!」


「歴代の勇者達は迷宮攻略に多大に貢献し、今日こんにちの聖教会の礎を作っタ。

……だが、全ての勇者が栄光を掴んだ訳ではなイ。当然、道半ばで力尽きた者も数多くいタ。

その中には迷宮に捨て置かれたその亡骸もある。私はそれをかき集めただけさ、ククク」


「な、何の為に!? 俺に一体何をさせるつもりだ!??」


「鈍い奴だナ。【勇者・・の力を手に入れる為・・・・・・・・・に決まっているだろウ・・・・・・・・・・



 生と死を操る超越者【尸解仙】。

 今の彼女はイカロスにとって、まさしく彼の命運を握る審判者に他ならない。

 勇者達の成れの果てが、ゆっくりとイカロスを取り囲む。


「私は以前から勇者の力に興味があってネ。その力をコントロールできないかとずっと考えていたのサ。……それをギルドマスターに話したら、興味を持ったみたいでナ? ギルドからの正式な依頼という事で、こうしてお前の魂を私の隠れ家に持ってきたという訳ダ」


「うおぉぉああぁ!?? こ、こっちに来るんじゃねぇ!! やめろ!! やめろぉォォ!!??」


「ユニークスキルの中でも【勇者】のスキルは少々特殊でナ? 生まれ持つものではなく、女神が授ける後付け・・・の力なんダ。付け外しできる点では装備品に近いナ。適合する人間を女神側で探して選べるから、他のユニークスキルより圧倒的に出現率が高イ。

……そこで私は考えたんダ。自在に取り外せる装備ならば、その構造を解析すれば勇者の力を模倣もほうできるのではないか、とナ」



 既にユーリィの言葉はイカロスの耳に届いていない。

 迫る亡者達を振り払わんと暴れまわるが、多勢に無勢。聖剣もない彼にできる事など高が知れている。

 そんな様子を気にも留めず、【尸解仙】は話を続ける。



「そこの死体達で色々試したが、大した成果は得られなかっタ。

スキルの力は魂に定着すル。魂無きそこの死体共にスキルは扱えなイ。当然【勇者】のスキルモ。

私も流石に魂を再生させる事は難しいのでナ。そこでちょうど、魂入りの勇者が欲しかったんダ。

――お前がシテンを追放してくれたのは、本当に助かったヨ。お陰で労せずシテンとお前、両方を手に入れることができタ」



 ユーリィはずっと見ていた。地の底から。

 勇者パーティー【暁の翼】結成当初から。シテンが加入し、追放された後も。

 自分が漁夫の利を得られるその刻を、ずっと見計らっていたのだ。



「誤算だったのは、私がお前を確保する前に【勇者】のスキルをフィデスに取り上げられてしまった点だナ。お陰で今のお前は【勇者】の力を持たない空っぽの器……そこの死体と同じようなものダ」


「何ぺちゃくちゃ喋ってやがる!? さっさと俺を助けろ!! この死体共を止めろォ!?」


「――勘違いするなヨ? お前を生かしているのは、別にお前が特別だからじゃなイ。個人的にもお前は嫌いだから、どっちかと言うと殺してやりたいくらいなんダ」



 骸兵の群れに押しつぶされていくイカロスを、ユーリィは冷ややかな目で見ていた。

 死者の軍団が勢いを止める事はない。



「別にお前も実験に必須という訳ではなイ。私にとっては保険のサブプラン・・・・・なんダ。【勇者】のスキルに適合した、今世唯一の魂……お前の希少価値、存在価値はそれだけダ。【勇者】スキルが無いなら尚更だナ。

……適当に捨てるには勿体無いだろウ? だから生かしていル。それだけの話ダ」



 ちょっとレアだからとりあえず拾っておく。役立たずなら捨てる。

 彼女にとってイカロスの価値とは、その程度のものだった。

 それが真実であることは、眼前で死にゆくイカロス自身が証明している。



「生きた元勇者で実験できる機会などそうそう無いからナ。お前には頑張ってもらいたい所だが……いかんせん器としての強度が低すぎル。今のままでは実験にとても耐えられないだろうから、手早くレベリング・・・・・をしてやろうと考えた訳ダ」


(……腐った性格故か、コイツはスキルの性能に頼り切った戦い方をしていたようだからな。それにコイツは【勇者】スキルの真価・・を発揮できていなかった。身体機能でもスキルの扱い方でも、コイツは今のシテン以下だろう)


「そこにいる偉大な先輩達に揉んでもらえば、勇者の抜け殻のお前にも何か変化が現れるかもしれんからナ。しばらくはそうしてレベルアップして魂の強度を……ン?」



 ふと目をやると、イカロスは既に息絶えていた。

 想像以上の脆弱さにため息をつきつつ、ユーリィは自身のスキルを発動する。

 逆戻しのように肉体が修復し、イカロスが蘇る。



「――ぶ、ぐはぁッ!?」


「安心しろ、死んでも私が蘇らせてやル。しばらくはな・・・・・・

だが私の期待に応えられないようならば……お前もそこの先輩達の仲間入りダ」



 イカロスの復帰を待たず、再び襲いかかる亡者の群れ達。

 逃亡という選択肢は存在しない。今度こそ全ての逃げ道を奪われたイカロスは、一人で勇者の亡霊達に立ち向かわなくてはならない。

 ユーリィが満足できる結果を出せなければ、全てが終わる。



「クソがっ、クソがっ……クソがあああぁぁぁァァァ!!!!」





 ……嘗てシテンが経験した、本当に死にながらレベリングを行う修行。あまりにも乱暴過ぎる、ユーリィの鍛え方。

 その様子を横目で見つつ、彼女は思索にふけっていた。



(……イカロスを確保しておいたのはあくまで保険だ。交渉に失敗し、【初代勇者の聖骸】が手に入らなかった時の為の。

だがガブリエルは条件を呑んだ。恐らくこいつの出番は無くなっただろうが……万が一という事もある。できればまだコイツは手元に置いておきたい)


(……初代勇者の聖骸が揃えば、勇者スキルの力をてにする事も不可能ではないだろう。シテンと合わせれば私の手元には、二つのユニークスキルが揃う事になるな)


(一つ懸念点があるとすれば……シテンの成長速度が私の予想を上回っていた事か。

扱いの難しいユニークスキルを持ちながら、レベル100……スキル支配率・・・・・・100%に達した事は、驚嘆に値する)



 イカロスがまた死んだ。

 ユーリィが手を振り、肉片となったイカロスを蘇生させる。



(ガブリエルは私が勇者を匿っている事に気づいているだろう。ならばシテンが知るのも時間の問題だ。

……シテンは私を快くは思わないだろう。もしかすると近い内、本当に敵対する時がくるかもしれないな)



「……おイ。幾ら何でも死にすぎダ。さっきから同じような死に方しやがって、学習能力というものが無いのカ? どんな生まれ育ちしたらそうなるんダ」


「――っがあァ……こ、殺す。お前もいつか絶対に殺してやる……」


「減らず口が叩けるなら、まだ余裕はありそうだナ。だが私はあまり暇じゃないんダ。さっさと結果を出さないと切り捨てるゾ?」


「クソがぁ……!!」


 勇者の亡骸から奪った武器を手に、再びイカロスは突貫する。

 金属と骨と、肉を打つ声が迷宮に木霊した。


 その血生臭い音色を耳にしながら、再びユーリィは思考の海に潜る。

 脳裏に浮かんでいるのは彼女と並び立つ力を得た、シテンの姿。



(ユニークスキルは、通常のスキルとは出自が異なる――それは人々の祈りが集積したものだ)



 通常のスキルが天使の力を、人間用にガブリエルが調整したものだとすれば。

 ユニークスキルは、誰の手によって加工されたものでもない、天然の宝石である。



(未来の全てを見通したい。浴びる程酒を飲んでみたい。死んだ人にもう一度会いたい――

そうした人々の願い、祈りが長い年月を掛けて集積し、一つの力として結晶化したもの。

ユニークスキルにはそうした、起源ともいえる指向性・・・が存在する)




(私も、イカロスも、無論【解体】スキルもその例外ではない。

もし、ユニークスキルを持つ者同士が衝突するとすれば……その起源を把握している方が、有利に戦況を運べるだろう)


 ユーリィはシテンのスキルの効果……指向性を考察し始める。

 対シテン用のプランを練りながら、ユーリィは静かに笑みを浮かべた。



(全てをバラバラにしたい。二度と繋がらないように、完全に分断してしまいたい。

そしてその亡骸を永久に遺したい。後世にその存在を、忘れられないように・・・・・・・・・する為に)



(……シテン。お前の起源は、一体なんだろうな? ククク)









 ――そして、シテンは遂にそれ・・と邂逅した。

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