第187話 牢獄の番人
(三人称視点)
迷宮都市ネクリアの冒険者ギルド本部。その地下深く。
そこには、重大な犯罪を犯した者を捕える牢獄が存在する。
Sランク冒険者【大賢者】の空間魔術により、物理的な手段では出入りする事はできない。凶悪な犯罪者を捕らえておくにはもってこいの場所だった。
事実、これまでこの牢獄から脱獄に成功した者は誰一人としていない。
……その牢獄に、似つかわしくない少女の姿が一つ。
(――よーし、侵入成功♪)
そう内心で呟いたのは、幽霊の様に肉体を半透明にさせた少女。
向日葵のような黄金色の髪、炎のようにきらきらと光る、蒼い目。
【自由の聖女】フィデス。その
(どんな厳重なセキュリティでも、私の【開錠】スキルなら関係ないもんねー。魂だけの状態なら、壁なんていくらでも通り抜けちゃうんだから)
【開錠】スキルは本来、あらゆる鍵を開けるというスキルだ。
迷宮に存在する宝箱を開けたり、封印された扉を開けたり。迷宮に潜る冒険者にとっては需要が多く、比較的ポピュラーなので同じスキルを持つ者も多い。
だがフィデスのそれは聖女の力によって大きく強化されている。最早【開錠】スキルとは似て非なるものだ。
鍵を開けるだけでなく、閉めることもできる。普通の【開錠】スキル持ちにはできないこともできてしまう。
例えば肉体という牢獄の鍵を【開錠】し、魂だけを自由な状態へと解放する、など。
かつてシテンの手により身動きが取れなくなった聖女ルチアを、この力で魂だけ脱出させた事もあった。
今彼女はそれを自分自身に適用して、肉体という枷から解き放たれた状態にある。
時間制限は有るが、一種の幽体離脱のようなものであり、障害物を透過したり肉眼では見えなくなったりするなど、様々なメリットが存在する。
天使の肉体組成に近い存在である聖女は、スキルの原型である天使の奇跡そのものに近い効力を発揮できる。
牢獄だろうが空間魔術による閉鎖だろうが、彼女に開けられないものは存在しない。
その能力と奔放な性格からついた渾名が、【自由の聖女】なのだ。
(ふふん、【大賢者】かなんだか知りませんが、大したことなかったですね?
……さて、お目当ての代物は――)
そしてフィデスはふわふわと浮遊しながら、お目当ての人物を探し始める。
牢獄は薄暗かったが、それほど広い訳ではない。目当ての男はすぐに見つかった。
(居た……“元”勇者イカロス! やっぱりここに居たんだ!!)
彼女の視線の先には、一人の男……【“元”勇者】イカロスが囚われていた。
シテンの【
そのため拘束具もなく適当に生首が転がされているだけで、胴体は部屋の隅にゴミのように捨て置かれていた。
(イカロスが生きてるって情報はやっぱり本当だったんだ。……この分だと、私とルチア先輩の所業もバレてるだろうなぁ)
イカロスはミノタウロス討伐作戦の際、自分たちだけ逃げ出すという身勝手な行いにより多大な犠牲者を出したとして、現在ギルドに囚われている。
だがその直前、フィデスとルチアがイカロスの元に現れ、【勇者】のスキルを回収したのだ。
その後口封じの為に、フィデスのスキル【開錠】で肉体の
そうする事でイカロスの魂は肉体に戻れなくなりやがて死亡する、という計画のはずだった。
だが予想に反しイカロスは生き残り、こうして冒険者ギルドに囚われている。
故にフィデスは、ギルドがイカロスに対して何を行なっているのか、
できれば、同じ牢獄に囚われている聖女ルチアの様子も見ておきたいという思惑も含めて。
(喋ってたらもう仕方ないけど……イカロスが生きてるってことは、誰かがイカロスの肉体に魂を無理矢理詰め込んだってことだよね。
私の【開錠】スキルは特別性。一般人にどうにかできるものじゃない)
フィデスとガブリエルは、始末したと思っていたイカロス生存の知らせを聞いて最初は驚いた。
しかし犯人像はすぐに浮かび上がった。聖女のスキルを凌駕する実力、そして魂と肉体を繋ぎ合わせられる程の知識を持つ、魂に関するスペシャリスト。
(【尸解仙】ユーリィ。ガブリエル様のお考え通り、やっぱりあのSランクが犯人っぽいなー。
余計な真似してくれちゃって。でも、一体何のために?)
犯人はユーリィ。それは来る前から予測できていた。しかしその目的がわからない。
迷宮に閉じこもっているユーリィ本人に、非戦闘員であるフィデスは近づくことができない。
なのでこうしてイカロスに近づき、何か痕跡が残されていないか探りを入れるつもりだった。
情報が得られればガブリエルやルチアに褒められるかもしれないという、幼稚な動機が含まれてはいたが。
(ルチア先輩もこの牢のどこかにいるんだろうけど……さすがに脱獄させたらバレるよね。しょうがいないから、今日はとりあえず様子見だけで――)
そんな自己弁護をしつつ勇者イカロスの様子を伺うフィデスだったが……すぐに違和感気づき、その場で固まった。
(あれ? これって……
目の前にいるイカロス――否、肉塊は身じろぎ一つしない。
彼の中には魂など入っていない。ただの抜け殻であった。
(ステータスが見えない……やっぱり魂が入ってない!
肉体だけの抜け殻を何かの魔術で延命し続けてる!? じゃあイカロスの魂は一体どこに!?)
なぜこうなったのか、イカロスが今どこにいるのか。
新たに生じたそれらの疑問に、フィデスが思考を巡らす猶予はなかった。
なぜならば。
「――――フヒヒ。
「――ッ!?」
気づけば、幽体となったフィデスのすぐ側に、一人の女が突っ立っていた。
(な、誰コイツ!? いつの間に……ていうか私が見えてる!?)
「妙に空気が騒がしいと思えば、可愛らしいお嬢さんが迷い込んでいたようですね……フヒ」
不気味な笑い声を上げる
手枷、足枷、重り、鎖。あらゆる拘束具に全身を縛られつつも、何事もないかのように牢の外を歩き回っている。
何十個もの重りと鎖、そして床まで届く暗紅色の長髪を引きずって歩くその姿は、その女の異常性を引き立てていた。
「でも……今日はお客さんがいらっしゃるという話は、ノア様から聞いてないですねぇ。お嬢さん、正規のお客さんじゃありませんね? フヒヒ」
『だ、誰っ!? どうして私が見えてるの!?』
「フヒヒ。
……ギルドの地下にある牢獄が、脱獄不可能と言われる所以。
【大賢者】の作り上げた結界。そしてもう一つ、この牢獄に住まう最凶の番人の存在。
一度牢獄に入った者は、非正規の手段では二度と出られないのだ。
「申し遅れました、
ノア様よりこの牢獄の監視役、のようなものを任されておりまして……貴女のような不審者は、必ず捕えろとのご指示なのです。フヒヒ」
――Sランク冒険者、【爆発魔】のトルミラ。
かつて迷宮を崩壊させる程の爆破事件を引き起こし、この牢に捕らえられた囚人。
しかし彼女にとって拘束具など何の意味も持たない。
シテンと同じ『魂を見る眼』、そしてあらゆる障害を排除する圧倒的戦闘力。
それらを持ち合わせた牢獄の番人、トルミラの前に、フィデスは抵抗する暇も、逃れる手段も持ち合わせていなかった。
「聖女サマといえど、おイタが過ぎましたね……?
私と一緒に、しばらく牢獄で過ごしましょうか……フヒヒ」
『こっ、来ないでっ……イヤアアアァァァ!!???』
◆
トルミラの存在は29話でチラッと仄めかされておりました。
150話くらい間をあけてようやくご本人登場です。こんなに間が空く予定じゃなかったんですが!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます