第186話 呉越同舟


(三人称視点)



「…………」



 シアの提案を聞いたガブリエルは、しばらくの間絶句していた。



「アンタ、正気か……?」


「私は本気です。この作戦は私一人の力では成し遂げられません。聖教会の……ガブリエルさんの力が必要なんです」



 その真っ直ぐな瞳には、嘘や冗談の気配など微塵も含まれていなかった。

 シアはそのまま頭を下げて、ガブリエルに懇願する。



「お願いします。どうか力を貸してください」



 ……かつて自身を狙った聖教会。その首魁しゅかいともいえるガブリエルに対し、怨嗟を出さず真っ直ぐに歩み寄り、協力を申し出る度胸。

 家族の為に仇敵への怨恨を押し込められるシアと、家族の為に人間への憎悪を振り撒くガブリエル。

 シアが今していることは、かつてガブリエルができなかったことだった。



「――――」



 ガブリエルは僅かに目を細めた。



「その度胸は認めたるわ、レクシア・エル・アネモス」



 そして、ため息を一つ。



「ま、ラファエルの分の借りもあるしな。人間相手に借りなんざ残しときたくないし、何より断ったらそこのウリエルがうるさそうやわ」


「……!」


 驚嘆とも呆れともとれるその声色には、先ほどまでの冷たい憎悪は感じられなくなっていた。

 思わず顔を上げたシアの表情が明るくなる。



「呑んだるわ、その条件。破ったら承知せんで?」


「――ッ! ありがとうございます!!」



 再び頭を下げるシアを見て、ガブリエルは再びため息をついた。



(ウチより遥かに年下の人間が度胸みせてんのに、ウチだけムキになってたらそれこそ格好悪いしな)



「え、ほんとにやるのこの作戦? 国家規模の問題よねこれ? こんなあっさり決まっちゃって大丈夫なの??」


「聖国のトップはウチや。そのウチがやるって言ったんやからやる。……ウリエルも文句はあらへんな?」


「――。正直、言いたい事は山ほどありますが……貴女が一人で暴走するよりかは遥かにマシです。私もこれ以上口は挟みません」


「な、なんだか大変な事になっちゃいましたね……もしかして私、歴史の転換点というやつに立ち会っているのでしょうか?」



 迷宮外の事情に疎いリリスも、目の前で行われた会談が今後大きな影響を及ぼすことは察することができる程だった。

 それほど常識はずれのシアの作戦が、ガブリエルに一考の余地を与えたのだ。



「……とりあえず、今日の話し合いはこれくらいにしとこか。今の作戦の詳細も詰めたいし、ウチも衝撃の事実のオンパレードで正直疲れたわ。

どーせリリスの封印処置にはまだ時間が掛かるし、それまで聖国におるつもりなんやろ?」



 【墓守パンドラガーディアン】の器としての機能を封じる為に、リリスは聖国の力を借りて封印処置を行う必要がある。

 そのためには七聖女の一人、【自由の聖女】フィデスの力が必要なのだが、彼女はまだ姿を現していないのだ。



「……言っておきますがガブリエル。私はまだあなたの事を許した訳ではありませんからね」


「わかっとるわかっとる。価値感の違いなんざそう簡単に解消するもんちゃうやろ。積もる話もあるやろし、後日ゆっくりお話ししようやないの」



 ウリエルの眠っている間に起きた事。ガブリエルの価値感の変化。

 その擦り合わせをするためにも、この二人にはまだ時間が必要であった。



「――ん」



 ちょうどその時、ガブリエルが何かに気づいたように片眉を動かした。

 懐に手を入れ、透明な石板のようなものを取り出す。



「ガブリエルさん、それは?」


「連絡用のマジックアイテムや。差出人はノア……お宅らのギルドマスターやな」



 その名を聞いて、シアやソフィアは驚愕の表情を浮かべる。

 ギルドマスター、ノア。冒険者ギルドの長にして、迷宮都市を統べる実質上の王。

 そんな人物がガブリエルとの連絡手段を持っている。つまり彼はガブリエルの存在を前から知っていて、裏で繋がっていた事を意味するからだ。



(私が集めた情報の中でも、ギルドマスターに関するものは殆どありませんでした。迷宮都市の王ノア、一体何者なのでしょうか)


「……リヴァイアサンがたおされたらしい。どーやらシテンが勝ったみたいやな」


「ほ、本当ですか!?」



 その報せを聞いて、ガブリエル以外の全員が安堵あんどの胸を撫で下ろした。



「あのリヴァイアサンを討ち倒すとは……奴の悪名は女神様がいた時代から知れ渡っていました。シテンさんの実力はもはや、我々熾天使にも匹敵するかもしれませんね」


「まー生前・・の実力が完全に再現できてたかは怪しいけどな。まぁでも人間にしては強い部類なんは認めたるわ」


「ミノタウロスだけじゃなくリヴァイアサンまで……流石シテンさんですね!!」


「とにかく、シテンは無事なのよね? 無事に帰ってきてくれるのなら、それ以上の事はないわ」



「……あー。大した怪我はしてないみたい、なんやけど……」



 ソフィアからの追及に、ガブリエルは困ったように眉を顰めた。


 ギルドマスターノアからのメッセージには、リヴァイアサンが起こした騒動についての詳細が記されていた。

 被害状況、死体は【解体】スキルの効果で残されている事、その死体はギルドで管理、保管すること、などなど。

 ……その中に一つ。決してガブリエルが無視できない報告が一つ、混じっていた。



「? 何かトラブルがあったんですか?」


「いや、トラブルっていうか……トラブルの種ていうか」


「ガブリエル? 何ですその顔は」





「ミカエルが見つかったらしいねん……しかも、もう石化から復活した状態で」



「え゛」




 熾天使ミカエル。

 四人の熾天使のリーダーにして、女神の右腕であった男。

 火の属性を司り、最強とも謳われる熾天使の復活。

 その報告を聞いて、ガブリエルとウリエルは揃って苦い顔を浮かべたのだ。



「ユーリィさんが言っていたように、やはり敵の狙いはミカエルさんでしたか。シテンさんは無事に守り切れたんですね」


「ウリエルさんの仲間が復活した、という事ですよね!? 良い事じゃないですか!!」


「の割には、浮かない顔をしてるけど」



「いや、同胞の復活自体は喜ばしい事なんやけどな……なんやけどなぁ」


「一大事ですよ!? あの男が復活したとすれば、どう考えても問題しか起きません」


「ウリエルも同じ意見か……やっぱそうやんなぁ」



 ……さっきまでいがみ合っていたはずの二人が、ミカエル復活を聞いた途端揃って頭を抱え始めた。

 シア達三人もその様子を見て、流石に只事ではないと察した。



「仮に救出できたとしても、石化が解除されるまで猶予はあると思っとったんやけどな……あの男を舐めとったわ」


「あの男の事です。自力で魔王の石化の呪いを解除したのかもしれません。状況としては最悪ですが」


「え、二人ともどうしたの……? ミカエルってそんなにヤバい奴なの?」





「アホ」「その、実力は確かなのですが、その他の部分が少々……」




 ……最凶の熾天使、ミカエルが現代に甦ろうとしていた。

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