第184話 風の旅人


(三人称視点)



 ――シアは馬車の荷台に乗って揺られていた。


 僅かな路銀と荷物を持って、一人で騒乱の王宮から脱出したのだ。

 途中で追手らしき兵士も見かけたが、【偽装鑑定フェイク・ジャッジ】を使えばやり過ごすのは難しくなかった。


 既に王宮の様子も伺えない距離まできた。

 だが騒ぎを察知した人間はいたのだろう。特に国から国へと渡り歩く商人達は、内戦の気配を感じ取って慌てて出国する者もいた。

 その馬車の一つに、シアは頼み込んで乗せてもらったのだ。

 馬車が向かう先は、迷宮都市ネクリア。



(……包囲網も予想より薄い。恐らく父上の暗殺には計画性がなかったか、王権を巡って次男であるレーニスお兄様が抵抗したのか。いずれにせよ無事に出国できたのは幸いでした)



 次男であるレーニスと、異母姉いぼしであるマラキアには別れを告げることができなかった。

 ヴェントスのクーデターに巻き込まれたのだろう。もはや生死も定かではない。

 シアは一夜で家族全員を喪ってしまったのだ。



「お母様……」



 未練はある。

 家族と故郷との離別、自身のルーツ、先祖の犯した悍ましい罪業ざいごう

 シアも未だ心身の整理がついていない。目の下には泣き腫らした跡が残っていた。

 この一夜は、十二歳の少女に決して癒えない傷を残した。

 それでも彼女は、故郷を後にした。母の願いを叶えるために。生き残るために。



(今は……生き残ることだけを考えます)



(けれど……けれど、いつか。私はこの国に、アネモス王国に戻りたい)



 叶うかどうかもわからない願い。しかし将来も何もわからない中で、僅かに抱いた一筋の希望。

 母親にはもう会えないかもしれない。それでもせめて、家族の最期を明らかにし、弔うくらいはしてあげたい。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【レクシア・エル・アネモス】 レベル:5

性別:メス 種族:人間


【スキル】

〇鑑定……視界に捉えた対象の、任意の情報を読み取る。習熟により、読み取れる情報の量と種類が追加される。


【備考】

○聖女……生まれながらに天に祝福された、特別な存在。自身のスキルの性能を限界以上の引き出し、周囲の人間のスキル性能を向上させる

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




(……。“レクシア”の名前は、ここで捨てます)



 ステータスの改竄かいざん。この世でただ一人、シアにのみ許された聖女としての特権。

 母から貰った名前を、【偽装鑑定フェイク・ジャッジ】によって塗りつぶしていく。

 レクシア・エル・アネモスから、ただのシアへ。

 自らの存在を、追手から覆い隠す為に。生き残って、いつかの望みを叶えるために。




▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

【シア】 レベル:5

性別:メス 種族:人間


【スキル】

〇鑑定……視界に捉えた対象の、任意の情報を読み取る。習熟により、読み取れる情報の量と種類が追加される。


【備考】

なし

△△△△△△△△△△




 そうして、シアの旅は始まる。

 彼女の眼を持ってしても、行き着く果てはまだわからない。

 それでも今は進む。進まなければならない。





  ――旅人を守護するという、熾天使ラファエルの加護があったのかはわからないが。

 初めての旅に出たシアは、無事に迷宮都市ネクリアに辿り着いた。

 そこで彼女は【尸解仙】ユーリィ、そしてシテンと出会うことになる。

 やがて彼女は孤児院に身を寄せることになり、新しい家族を得たのだが……

 彼女が迷宮都市で紡いだ前日譚は、また別の話だ。





 ――シアがアネモス王国を去ったその後。


 第一王子ヴェントスは、国王ウレスが何者かの手によって暗殺されたと報じた。

 更にこの事件は第二王子レーニスの陰謀だと告げ、実の弟を国賊として指名手配するにまで至った。


 これに対しレーニスとその一派は猛反発。これは王位簒奪さんだつを目論んだヴェントスの策略であり、ヴェントスが新国王となる事は断じて認めないという声明を発表した。


 こうして第一王子ヴェントスと第二王子レーニスによる、王位継承権を巡る内乱が始まった。

度重なる争いで国土は荒れ、数多の犠牲者が生まれた。そして多くの国民が巻き添えを逃れるために亡命した。

 国交はほぼ断絶され、アネモス王国内の情報はほとんど外部に流れてこなくなった。


 ……国外ではアネモス王国に対する、様々な噂や陰謀論が飛び交った。

 ヴェントスが犯人である、レーニスの謀略である、第一王女マラキアが黒幕である、などなど。

 殆どがアネモス王国から避難してきた者からの情報であったが、どれも信憑性に掛けるものであった。

 人工聖女の実験を隠蔽するために敷いてきた機密保持の体制が、今回のクーデターでも有効に働いた。

 外部や国民に正確な情報を掴ませず、あえて偽の情報を紛れ込ませた事もあった。


 その虚実入り混じった噂の中に、“アネモス王国にはもう一人の王女がいた”という話があった。

 政治上の都合でその存在を伏せられていたが、クーデターの混乱に紛れて逃亡した、というものである。

 更には前王ウレスの暗殺にも関わっており、彼女こそが真の黒幕である。そしてアネモス王国は密かに彼女の行方を追っている……という、嘘か真かもわからない風聞が、迷宮都市で一時出回った。


 迷宮都市の住人は噂好きだが、同時に飽きるのも早い。

 追放直後のシテンの悪評と同じように、その噂もすぐに忘れ去られた。

 ちょうどその頃勇者アキレスが名を馳せ始めた頃だったので、やがて迷宮都市の話題は勇者関連のものばかりになったのだ。



 ……隠されたもう一人の王女が捕まった、という噂は、終ぞ出回ることはなかったという。





◆◆◆

予想の五倍くらい時間がかかってしまったシアの過去編もひとまず終わりです!

ちなみにステータスの外枠の色が違うのは仕様です。偽装してたので色が抜け落ちてたイメージ。

今度こそあと数話で今章が終わるはず、多分!

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