第180話 シアの過去

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(20240616)

すみません。前回の更新分なのですが、伏線の回収ミスがあったのと、個人的に納得いかないぶぶんがあったので、前話を短く修正して再投稿いたします。

今話は修正開始箇所→修正終了箇所、新規執筆箇所をまとめた投稿になります。ですので前話を読み返していただく必要はなく、今話だけで修正箇所を全て確認可能です。

その分最初の方は前話と同じ部分があるのと、ちょっと文字数が多めになってしまいました。申し訳ないです。


◆◆◆










 ――三年前。

 シアが十二歳、まだシテンとも出会っておらず、迷宮都市にもいなかった頃。


「お母様。体調は如何ですか?」


「……ありがとうレクシア。今日はだいぶ調子がいいみたいだわ」


 王族の住まう王宮ではなく、そこから離れた場所に設けられた建物……離宮。

 シアとその母親ヴィジリアは、殆ど二人きりでそこで暮らしていた。


 いや。正確には軟禁されていた・・・・・・・

 シアが生まれた当初から、ずっとそうだった。人目がつかないように彼女の父親であり国王――ウレス・エル・アネモスが、そう命じたからだ。


 シアは生まれた時から、既に【鑑定】のスキルを扱えていた。

 幼い少女がスキル名の宣言もなしに、他の【鑑定】スキル持ちを遥かに凌駕する精度で行使する。

 その姿はまさしく奇跡の代行者。天使の力を引き継ぐ新人類。

 だが国王ウレスは彼女の誕生実験の成功を喜びつつも、その成果を世間から隠した。



『よいかレクシア。決して離宮の外には出るな。お前が聖女だと世間に知られれば、必ず聖教会がやってくる。そうなればお前は無理矢理聖教会に連れ去られ、二度と母親とは会えなくなるぞ』



 父親からそう言い聞かされた当時のシアは、素直にその命令に従っていた。

 外の世界を知らない彼女にとって、血の繋がった家族こそが世界全てであったし、そこから離れて暮らすなんて事態は、想像もできなかったからだ。


 そしてシアは王族でありながら、限られた人物のみが知る存在となっていた。

 時折父親や兄弟に命じられ、極秘裏に聖女の力を、政争に使わされることもあった。

 それでもシアは文句の一つも言わなかった。

 十二歳にもなれば、流石に自分が都合の良い道具として見られている事を察していたが、表面上は素直な娘として振るまった。

 当時の彼女にとって、いつも一緒にいてくれたヴィジリアこそが家族であり、小さな世界そのものだった。

 それを守るためなら軟禁生活も、都合のよい道具として扱われる事も苦ではなかった。



「……もうすぐ嵐が来ると聞きました。気候が崩れると体調も崩れると言いますし、お薬を飲んで早めに休んでください」


「……レクシア、貴女は本当に優しい――ゴホッ、ゴホッ!」


「ッ! お母様!?」



 ……しかし。その幸せな生活にも、暗い影がそうとしていた。

 ヴィジリアは元々身体が弱く、シアを産んでからはせる機会が多くなっていた。

 薬も効果がなく年々衰えるばかりで、遂にヴィジリアは離宮から出られないほど衰弱してしまったのだ。


(このままでは……お母様の命は、きっと長くは保たない)


 ヴィジリアの背中を撫でながら、シアは思考を巡らせる。

 世間知らずの彼女にも、その残酷な現実は理解できていた。

 ともすれば、床に伏せたヴィジリア本人以上に。そのアイスブルーの眼差しは、母親の体調をこれ以上なく正確に【鑑定】していたのだから。


 そしてそれは幼い彼女にとって、耐えられない現実でもあった。


(いつもの薬も、もう殆ど効果がありません……何か手立てを考えないと、お母様は――)




「ダメだ」



 そう冷たく突き放したのは、シアの実父でありアネモス王国の国王、ウレス・エル・アネモスであった。


 離宮に再びウレスが訪れた際、シアは母親を治療してほしいと直接訴えたのだ。

 既存の治療法で効果がでなくとも、他の薬や治療術師を用意してもらえれば回復する可能性はあると考えたからだ。

 しかしウレスの答えは、シアの望んでいたものではなかった。



「既に十分高品質な薬は与えているはずだ。これ以上のものを用意するのは難しい。バカ息子共が不穏な動きを見せている、今の時期ではな」


「し、しかしお父様! お母様の容体は悪化の一途を辿るばかりです! このままでは――」


「レクシア、お前は心配性なのだ。元々ヴィジリアは病弱であったが、これまでは何とか生き延びてきたではないか。多少体調が悪くなったとしても、一過性のものだ。安静にしていれば直に治るだろう」



 そんな的外れの指摘をする父親に、シアは焦燥を募らせていく。

 シアはヴィジリアの容体を【鑑定】しているのだ。このまま放置すれば命に関わる事も、よく理解していた。



「病弱なアレが、お前を産んで生き延びた事自体が奇跡なのだ。万が一ここで力尽きたとしても、それは天命であろうな」


「なっ……!」


「いずれにせよこれ以上の治療法を用意するのは難しい。いずれにせよヴィジリアは、元々病弱な女であった。仮に薬を変えたところで、それが今更治るわけでもないだろう。

――そんな都合のよい薬など存在しない。少なくとも・・・・・この国にはな・・・・・・




「――――」


(嘘だ)



 それは直感であった。

 “この国にそんな薬は存在しない”というウレスの言葉。それが嘘であると、この時のシアは確信を得ていた。

 ……当時の彼女はまだ【心理鑑定マインド・ジャッジ】を習得しておらず、ウレスの心理までは読み取ることはできなかった。

 この時の直感は発現の前触れ、兆候であった事を、シアは後に知る事になる。



「……父親をそう怖い眼で睨むな。それに宛がない訳ではない――迷宮都市ネクリアにならば、お前の母親を完全に治療する薬が見つかるかもしれんぞ?」


「迷宮、都市……」


「あの都市はまさしく世界の中心。ありとあらゆる物が集まる場所だ。お前の望む奇跡を実現する薬も、ネクリアにならば存在するやもしれぬ。

――そして我が王国は、近い内ネクリアに侵攻する」



 迷宮都市ネクリアへの侵略。

 それは代々アネモス国王が密かに抱いてきた、大いなる野望であった。


「レクシア。お前の力があれば、あの難攻不落の迷宮都市を落とす事も可能なはずだ。長年抱いてきた我が国の野望が、ようやく成就する刻が来たのだ。我が国はあの迷宮を手に入れ、いずれは世界の全てを手に入れる」


 迷宮都市ネクリアはアネモス王国の目と鼻の先にある。

 その繁栄を間近で見続け、それが自分の物ではない事にずっと歯噛みし続けてきたのだ。

 シアという奇跡、人工聖女の誕生によって勢いづいたウレスは、その野望を現実のものにしようと企んでいた。


「迷宮都市と戦争……!? 本気で言っているのですか!??」


「本気だとも。そのために我が国は長年に渡って力を蓄えてきたのだ。そこにお前という奇跡、聖女が我が一族に生まれたのだ。これを天命と言わずなんとする? 今こそ我が王国が、この世界の頂点に立つ刻がきたのだ」


「…………」


「迷宮都市を手中に収めれば、そこに溢れる奇跡の全てが手に入る。その中にお前の求める治療法が見つかるやもしれん。

……ヴィジリアの為にも力を貸してくれるな? 我が娘レクシアよ」



 つまり、ウレスはこう言っているのだ。

 “母親の命を助けたくば、戦争に加担しろ”と。

 当然、それまでヴィジリアの命が保つ保証などない。


(やはり……お父様は。この人は、妻や娘を道具としか考えていない)


 元々ウレスは、シアを外界から隔離し余計な情報を与えず、都合の良い人形に仕立て上げるつもりだったのだろう。

 ロクに身動きもとれない母親を一緒にしたのは世話役と、もしもの時の人質にしてしまう為に。

 ウレスはそれが成功していると思い込んでいて、シアも母親の為に戦争に加担する、都合の良い聖女だと考えている。

 そして今も、彼はシアの事を見ようとはしない。彼の視線は既に、ありもしない未来の虚栄に釘付けになっていた。


 故に、自分の娘が反抗期・・・を迎えていた事にも、終ぞ気づくことはなかった。




 そもそもの原因は、実験の指導者であるウレスがシアの力を、正確に把握できていない事であった。

 シアを政争の道具として利用し、自身の権力を拡大させることしか考えなかった彼は、彼女との接触を最低限にし、その存在をいざという時まで隠蔽しようと企んでいた。


 故に、父親が娘の成長を目にすることもなかったのは必然であった。

 彼女がどのようにスキルの解釈を広げ、どのように応用し、どのように【鑑定】したのか。

 その成長の過程を見守り、シアがどれほど脅威的な存在・・・・・・へと成長していったのか、それを把握していたのは母親のヴィジリアだけであった。

 ……そしてヴィジリアはその事実を、誰にも何も、伝えていなかった。



(……これもダメ、碌な情報が記されていません)



 ヴィジリアが寝静まった夜、シアは青白く輝く瞳で、スコープ越しにじっと壁を見つめていた・・・・・・・・

 正確には壁の向こう、彼方の王宮に存在する書庫を、彼女は離宮から【鑑定】していたのだ。



(お父様は間違いなく、何かを隠している。恐らくお母様の治療法に関わる何かを。王宮の書庫ならば、お母様の病状を回復する手掛かりが掴めると思ったのですが……)



 【透視鑑定クレアボヤンス・ジャッジ】。シアが成長の過程で自力で身につけた派生スキルであり、本来の【鑑定】スキルには不可能な、限界を超越した能力。

 障害物を無視して鑑定できる彼女にとって、軟禁されている事など何の問題にもならなかった。

 シアは離宮にいながらあらゆる物事を【鑑定】し、その情報を取り込んで世界を学んできたのだ。もはや彼女は同世代の子供よりも、ずっと知識を持ち合わせた存在となっていた。


そして彼女は、膨大な書庫の中からとある情報に辿り着く。



(エリクサー……?)



 エリクサー。御伽話にも登場する、あらゆる病や傷を癒す神薬。

 女神と魔王の戦いを描いた御伽話にも登場し、“癒し”を司る熾天使ラファエルが、味方を庇って瀕死になった初代勇者を癒すために作り上げたものだという。

 書庫にあった数千年前の記録によれば、エリクサーは他にも幾つか製造されており、その内の一つがこのアネモス王国に保管されているのだという。


(お父様が隠していたのはこの事でしょうか? もしこの話が本当ならば……お母様の命を救うことができるかもしれません)


 御伽話の真偽は流石のシアも分からなかったが、他に宛になる情報はなかった。

 最近では薬の効果も薄く、ヴィジリアは衰弱の一途を辿るばかり。

 シアは家族の危機に何もせず、黙って見ていることなど到底できなかった。


(あるとすれば、やはり宝物庫でしょうか? 結界で厳重に守られているせいか、ここからでは宝物庫の中を確認できません。……となると、直接赴くしかないですね)


 父親にまた直訴するという手段も思い浮かんだが、頭を振ってすぐその考えを消した。

 おそらく何かの理由があって、ウレスはエリクサーを勿体ぶっているのだ。ヴィジリアの命よりもエリクサーが大事ということなのだろう。

 あの父親が娘の言葉に今更耳を傾けるとは到底思えないし、むしろ逆効果になるだろうと、シアは判断した。


 そしてシアは、覚悟を決めた。


「お母様、少し待っていてください……すぐに戻ります」


 ヴィジリアを起こさないように、静かに離宮を後にする。

 彼女は生まれて初めて、自分の意思で鳥籠から抜け出したのだ。


 ――嵐が近づきつつあった。





(三人称視点)


「ん……? なんだ今の」


 離宮の近くで見張り番をしていた兵士は、突然誰かから見られた・・・・・・・・ような感覚・・・・・に襲われた。

 ステータスを見られた時と同じ、胸の奥をくすぐるような感覚。

 しかし、周囲には誰もいない。


「気のせいか?」


 見られた方角に意識を向けていた兵士の男は、しばらくしてそのまま見張りを再開する。

 ……意識が逸れたその隙をついて、一人の少女が近くをすり抜けていった事に、男は気づくことができなかった。



(ほ、本当に離宮から出ちゃいました……今更ながらちょっと怖くなってきました)


 乱れた息を整えながら、シアは遠く離れた離宮に視線を向けていた。

 彼女が見張りを突破するために使ったのは、派生スキル【偽装鑑定フェイク・ジャッジ】。

 鑑定結果やその際に生じる見られた感覚そのものを、偽装して誤魔化すスキルである。

 これも本来の【鑑定】スキルには不可能な芸当であり、聖女として限界を超えた力を振るうことができるシアだけの能力であった。


(ここまで来たのなら、引き返すことはできません。お母様が限界を迎える前に、なんとしてもエリクサーを探し出して見せます)


 シアは夜闇に紛れて、王宮の宝物庫へと足を進めていく。



 ――王宮にはあっさりと侵入できた。

 アネモス王国は長い歴史を持つ事もあり、王宮の構造を完璧に把握している者は殆どいない。

 例えば、非常時の避難用として作られた通路。長い年月を経て半ば忘れ去られたそこには、見張りの兵士もいない事をシアは知っていた。


(王宮の構造は【透視鑑定クレアボヤンス・ジャッジ】で把握しています。今いる場所が王宮の地下で、そこから宝物庫の近くに辿り着ける事も。

後は見張りの目を盗みながら、どこまで近づけるかですが……)


 秘密の地下通路は迷路のように入り組んでいたが、全てを見通す彼女の前には何の障害にもならない。

 シアは少しずつ、宝物庫へと近づいていく。



(……よし。この距離なら)



 通路越しに一定距離まで宝物庫に接近できたシアは、そこから【透視鑑定クレアボヤンス・ジャッジ】を最大出力で発動する。

 侵入者防止用の結界をすり抜け、遂にシアの視界に宝物庫の財宝が姿を現した。


(まずはエリクサーを探します。なければ宝物庫に侵入する意味もありませんから)


 しかし金銀財宝には目もくれず、シアはお目当ての秘薬エリクサーを探し始める。


 ……数分程、そうして壁の向こうを凝視していたが。



「無い……」



 宝物庫の財宝を全て【鑑定】しても、エリクサーは見つからなかった。

 となると書庫で見つけた情報が誤っていたか、既に失われたか。或いは、別の場所に保管されているか。



(ここで諦めるわけにはいきません。しかし、どうすれば――)




 ――そこで、シアの瞳が違和感を捉えた。



(あれ)



 宝物庫を鑑定し終えて、ふと目線を逸らした先。

 そこに薄らと、シアの透視を阻む結界がもう一つ存在していたのだ。



(なんでしょう、この空間……部屋、というよりは通路? ずっと地下に続いています)



 シアの力を持ってしてもここまで気づけなかった程の、宝物庫よりも厳重な結界によって隠された謎の通路。

 それはちょうど、すぐ近くの地下通路から繋がっているようだった。


「…………」



 宝物庫にエリクサーが無いとなると、もっと厳重な場所に隠されている可能性がある。

 そして目の前には、宝物庫より厳重に隠された謎の通路。

 シアの決断は早かった。



「……見つけました」



 少し歩いた先、シアは秘密の通路への入り口を見つける。

 結界により巧妙に偽装され石壁にしか見えないそれに、シアはゆっくりと触れる。


を解かなければ入り口が開かないようになっているようですね。

……だったら)



 シアはもう一つの派生スキルを解禁する。

 それは【鑑定】スキルの一つの極地。いかなる真実も曝け出してしまう奇跡の瞳。



「――【遡及鑑定レトロアクティブ・ジャッジ】」


 シアの瞳がより強く、凍えるような光を発する。

 【遡及鑑定レトロアクティブ・ジャッジ】。それは対象を過去に遡って鑑定する・・・・・・・・・・派生スキル。

 極まったシアの鑑定眼は、過去のいかなる痕跡も見逃さない。

 “対象に直接接触している事”という条件こそあるが、それを満たせば既に失われた痕跡すらも、【鑑定】することができる。

 いうなれば、過去視・・・の能力。



(過去にこの鍵が解かれた痕跡を探りましょう。ざっと千年ほど遡れば・・・・・・・十分でしょうか?)



 過去にいかなる手段で、いつ誰が鍵を開けたのか。

 シアの前に全てか明らかにされる。当然、解錠方法も。



(この床の石を押し込みながら、壁の石を順番に押す……)



 そしてシアの奇跡の前に、王家の秘密は暴かれた。

 石壁が消失し、秘密の通路の入り口が現れる。


「この先に、一体何が……」


 地下に続く螺旋階段を、シアはゆっくりと降りていく。

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