第177話 腸の怪物


(三人称視点)


『勝ったカ。シテン』


 【尸解仙】ユーリィは、シテンとリヴァイアサンの戦いに決着がついた事を悟った。

 あたりを満たしていた海水が、急速に引いていく。


「おや、海水が」


『術者が死んだ事で解除されたのだろウ。つまりシテンがリヴァイアサンを討ったという事ダ』


 クララが迫りくる蟹の大群――【墓守パンドラガーディアン】カルキノスをあしらいながら、口笛を吹いてシテンの勝利を祝福した。


「やりましたね。これで後輩ゲットです」


『お前はそんなに舎弟が欲しいのか……ともかく、シテンは役目を果たしタ。後は私たちの仕事だナ』


「後輩が頑張ったのに私たちがヘマする訳にはいきませんからね。そろそろ蟹さんともお別れしましょうか」




 ……そう話す二人の眼前には、視界を覆い尽くす程のカルキノスの大群が押し寄せてきていた。

 解禁された【迷宮改変ダンジョンマスター】。それによりカルキノスは迷宮そのものを自己の肉体として改変し、これまでとは比較にならない爆発的増殖を遂げたのだ。


「「「Kyurrraa!!」」」


 本来のスペックを引き出せていないにも拘らずこの戦闘力。

 シテンが相対していれば、リヴァイアサンと同等、あるいはそれ以上の苦戦を強いられていただろう。対ミカエル用に用意された戦力というのは伊達ではない。


 ……では、このSランク二人にとってはどうだろうか?


「とはいえ私には有効な攻撃手段がないのですが。ユーリィ、さっき言ってた切り札とやらはまだ着かないんですか?」


『――案ずるナ。たった今到着しタ』



 直後。

 迷宮の床がまるで腐り落ちたかのように陥没し、カルキノスの群れのど真ん中に大穴を開けた。

 そしてそこから、ヘドロのような何か・・がぬるりと、穴の底から這い出てきたのだ。


『お前に見せるのは初めてだったナ。あれこそ私の切り札の一つ、かつての迷宮の守護者であり、数多の人類や勇者を屠ってきた怪ぶ――』




「――おええぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!!!!

くっさ!!!!!! 臭い!!!!!! くひぃぃぃぃぃっっっっっ!???」


 ……淑女(?)にあるまじき悲鳴を上げながら、クララは鼻をつまんでのたうちまわった。

 彼女がこの戦闘で受けた初めてのダメージ。まさかのフレンドリーファイアであった。


 事実、その場に他の人間が入れば、その異臭に顔をしかめていただろう。

 まるで血肉と糞尿を混ぜて煮込んだような、胃をひっくり返す程のすえた臭い。

 そして臓物をソーセージ状にして巻きつけたような醜悪な姿。

 これらが合わさって本能的な拒否感を抱いてしまう怪物が、穴の底から這い出てきていた。



『…………。

はらわたの怪物】。かつての迷宮20層の階層主エリアキーパーであり、その亡骸を私が蘇らせタ。対【墓守パンドラガーディアン】用の決戦兵器――』


「うえええぇぇぇぇぇっっっっ!!!

おえええぇぇぇぇっっっっっ!!!!」




 ……人一倍嗅覚が鋭いクララにとって、【腸の怪物】は近づくだけで戦闘不能になる程の脅威であった。

 その様子を見ていたユーリィは、果てしなく残念なものを見る目であったが。




『……まあいイ。味方に被害が及んだのは誤算だったが、貴様らを滅ぼすには十分だろウ。

――やれ・・


 そして【腸の怪物】は、腸をぐるぐる巻きにして無理矢理形にしたような、歪で醜悪な腕をカルキノスに伸ばす。


 カルキノスの内一体が、その魔手に触れる。直後、異変は起きた。


「――KYUAaa!??」


 その鈍色の甲殻が、いきなり変色しヘドロのように腐り落ちた。

 さらにその変化は他の個体にまで及び、一斉にカルキノスの群れが腐敗し始めたのだ。


感染型呪詛・・・・・。触れたもの、攻撃してきた者を感染させ、己と同一に……腐敗物に変貌させル。おまけに呪いは同一の存在にまで感染するから、討伐時には人類にかなりの被害が及んだらしイ』


「「「KUギャァァAaa!??」」」


『どれだけ不死身だろうが増殖しようが、肉体を腐らせれば意味がなイ。再生する程苦痛が長引くゾ? ふざけた能力が仇になったナ』



 僅か数秒の間にドロドロに溶け、原型を留めなくなってしまったカルキノス達。

 ……それでも尚、抵抗を続ける。ヘドロ状になったカルキノス達がより集まり、何か・・を発動しようとしたが――



『無駄な抵抗だ――【死之王ハデス】』


 その少女の声は、【腸の怪物】の中から聞こえた・・・・・・・

 ピタリと、カルキノスだったモノの動きが止まる。まるで時を止められたかのように。



『私は【尸解仙】――死と生の境界線に立つ者。貴様を死の世界に突き落とす・・・・・・・・・・程度、造作もない事ダ』




『そして全ての死者は、私のスキルからは逃れられなイ』



 ……“生”の存在を“死”の世界へと強制的に突き落とし、死者として支配するスキル。

 冥府の王は全てを奪う。力も尊厳も、ときすらも死者には残されない。


『喰らえ』


 そして、全ての機能を喪失したカルキノスは。

 悲鳴一つあげる事なく、【腸の怪物】に呑み込まれていった。




『ふン。まぁこんなものカ。これならわざわざ切り札と本体・・を持ってくるまでも無かったカ?』


「くっさ!!! くしゃい!!!!! うえええぇぇぇぇぇ……」


『……締まらんなぁ、全ク』

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