第174話 vsリヴァイアサン ⑩シテン覚醒


(三人称視点)


「気づいたか、シテン」



 迷宮の奥底。誰も訪れない世界の果ての果て。

 【尸解仙】ユーリィ。その本体。

 誰も聞いていないその声には、微かに安堵の色が含まれていた。



「我々ユニークスキル持ちは、この世の理から外れた存在。そもそもこの力は天使に由来するものではないのダ。故に、発声して言霊を生み、バベルに届けてスキルを使う……そんな無駄な手順を踏む必要もなイ。己の意思一つでその力を振るうことができル」


 あの土壇場で、助言としてユーリィがシテンに伝えたかったのは、まさにその事実であった。

 彼が自力で答えに辿り着けるかは賭けだったが、彼女はその賭けに勝利した。


「そうなれば、言葉を発する必要もなイ。私のように意思一つで、強大な力を振るう事ができる様になル。……スキルへの理解度も爆発的に広がったであろう今のシテンは、桁違いの戦闘力を手にすることだろウ。最早スキルの使い方や応用技すら別次元だろうナ」


『真言術』と、ユーリィはこの技術に名付けている。

 ユニークスキルを持つ者のみ使用可能な技術。言霊とは似て非なるもの。

 心の中で念じるだけで、魂に眠るユニークスキルの力を引き摺り出し、発動する技術だ。


 発声も動作も必要ない。ただ黙って立っているだけで、ユニークスキルを即座に使えるのだ。

 それが必殺の威力を持つ【解体】スキルとなれば……その脅威性は容易に想像できるだろう。


「この技術は使用者のスキルに対する十全な理解と、それを受け入れるだけの肉体が必要となル。ステータスにヒビを入れていた当時のお前には、扱いきれない技術だっタ。だからレベル100になるまで教えるつもりはなかったんダ」


 この強力な技術には、デメリットも存在する。

 音声認識と違い、制御が格段に難しくなるのだ。

 通常のスキルと同じ使い方だと思い込み、これまで【解体】スキルを使ってきたシテンだが、それは結果的には正しい判断であった。

 もし中途半端な状態で真言術を使っていれば、スキルが暴走しシテンは内側からバラバラになっていただろう。強力だがそれ程危険な技術でもあった。


「……これで紛れもなく、お前は私のいる領域ステージに辿り着いタ。

人間の領域を超え、の領域へと足を踏み入れたのダ。

おめでとうシテン。私は新たな同胞の誕生を祝福しよウ」




「そして願わくば――私とお前が衝突する未来が、訪れない事を願っているとモ。

……ククク」



(三人称視点)


 ……真言術による、宣言なしでのスキルの行使。

 何のモーションもなく放たれたその力は、リヴァイアサンの胴体をあっけなくバラバラにした。


『グェアッ!?? こいつ、今のは……』


『宣言無しでのスキル発動!? 馬鹿な!』



 それでもリヴァイアサン達はしぶとく肉体を再生させる。

 先ほどの攻撃は急所の魔王の魂を外していたのだ。それを壊されない限り、【墓守パンドラガーディアン】は何度でも蘇る。


「…………」


しかし、シテンがそれを気にした様子はなく、その意識は自身の内側に向けられていた。


(なんだこれ……とてつもない開放感だ、思わず笑っちゃいそうなくらい。こんな気分は初めてだ)


 シテンは今、【解体】スキルと共鳴していた。

 心身合一。【解体】スキルの鼓動とシテンの渇望が合わさり、その意思に応じてシテンの魂から直接、スキルの力を行使できるようになった。

 もはや発声も動作も必要ない。念じるだけで十分。

 防御不可能の【解体】スキルが、回避不可能な攻撃手段を獲得してしまった。


無動作ノーモーションからのスキル発動。それだけじゃない。【解体】スキルそのものの出力も桁違いに上がっている。まるで手足の一部の様に、違和感なく振るう事ができる)


 シテンの精神と肉体がユニークスキルに追いついた結果、その真の力を100%引き出せるようになった状態。

 今の彼なら、これまで思いついてもできなかった、【解体】スキルの新たな使い方も実行できるだろう。空中に立つ・・・・・というこの能力も、元々彼が思いついていたものだ。


(イメージがどんどん溢れてくる。試したい。僕のスキルがどこまで行けるのか、どんな事ができるのか。どこまで解釈を広げられるのか!)


 そのシテンの興奮に合わせて、チカチカと魂が明滅している。

 【解体】スキルは、もはや完全にシテンと一体化していた。


(負ける気がしない。すごい全能感……まるで神様にでもなった・・・・・・・・みたいだ)



 そしてシテンは歩き出した。空中を踏み締め、再生を終えたリヴァイアサンに向けて一歩。

 イメージする。足元にスキルを発動しながら、目の前の敵を微塵切りにする光景を。


 そのシテンの想像した通りに、世界はバラバラに解体された。

 無動作ノーモーションでの【遠隔解体カットアウト】に反応できず、リヴァイアサンはまたもや身体を切断される。


 が、しかし。



「あれ、難しいなこれ」


 シテンの口から零れたのは困惑の声だった。

 彼の想像上では、今の一撃で魔王の魂を解体し決着をつけるつもりだった。

 だが現実では、狙った場所から大きく狙いが逸れてしまっていた。

 そのせいでリヴァイアサンをまたもや仕留め損なってしまう。


(ああそっか。僕のイメージが下手くそなのか。身体を動かさずにイメージだけで力を発動する感覚に、僕の方がまだ慣れていないんだ)


 発声と同時にスキルを発動する、剣の軌跡をなぞるように斬撃を飛ばすなど、これまでシテンは、発声や動作によってイメージを強固にした上で【解体】スキルを発動していた。

 これはシテンに限った話ではないが、特定の行動を安定して発動するためにそうしたモーションと結びつけて、スキルの不発や暴発を防いでいたのだ。


 しかし今回それを取っ払ったシテンは、もう考えるだけでスキルが発動してしまう状態だ。

 些細な刺激で暴発するし、モーションが無い分制御をイメージに依存してしまうため、正確なイメージを描かなければ狙った通りに発動しない、といった弊害が生まれていた。

 真言術は確かに優れた技術だが、利点ばかりではないのだ。


(よし、ちょっと落ち着こう。感覚は徐々に慣らしていけばいい。今僕がすべき事は、こいつらを確実に仕留めることだ)


 そしてシテンはマジックバッグから予備の短剣を取り出した。

 真言術と動作モーション付きのスキル発動。二つを併用してリヴァイアサンを確実に仕留める算段である。


 そして、その作戦をリヴァイアサンも悟った。


「……奴を海に沈めろ! スキルを発動させるな!!」


「沈めてどうする!? またさっきの無動作ノーモーション発動で突破されるぞ!?」


「今の攻撃で仕留められなかったという事は、無動作発動の制御はかなり甘い! だが通常通り動作モーションありでスキルを発動されたら、そうはいかなくなる!!」


「……冷静かつ、すごい観察眼だ。敵ながら見事だよ」



 リヴァイアサンの片割れ、その指摘は的をいていた。

 これまでリヴァイアサンが戦況を有利に進められたのは、敵対者をことごとく水中に引き摺りこんできたからだ。

 自分に有利なフィールドを展開し、敵を不利なフィールドに追い込んで殺す。それが彼らの戦闘スタイルである。


 だがその前提が崩されてしまえば、リヴァイアサンは文字通り陸に打ち上げられた魚だ。

 自身の魔術で最低限行動できるだけの水は作れるが、それでも戦闘能力は格段に落ちる。

そして相手はシテン。既に一度苦戦を強いられた相手。

 地上で勝負を挑むなど、自殺行為でしかなかった。



「なんとしても沈めろ! 水中戦ならば勝機はある!!」


 故にリヴァイアサンは再び有利なフィールドに塗り替える為に、周りに漂う海水を操作した、が。



「無駄だよ」


 ――海は真っ二つに割れたまま、閉じることはなかった。

 まるで海そのものが、シテンが引いた境界線を避けているかのように。


「な、なんだこれは……!?」


(僕の【解体】スキルには、“解体した対象の形状を保つ”という性質がある)


 ずっと昔から、シテンが使ってきた能力だ。斬った形状で固定させ、傷口の再生を阻害する能力。

 厳密には解体した対象の周りにを塗るように、オーラを纏わせて無理矢理固定しているのだ。

 【墓守パンドラガーディアン】のように特段強い再生能力を持つ者には無理矢理修復されることはあるが、かつてレッサーヴァンパイアの再生を阻害したり、リリスに傷をつけ地上でも肉体を保てるようにしたのと同じ原理である。


(さっき海を斬った時、その形状を固定した・・・・・・・・・。斬られた水は決して元の形に戻らず、混じりあうこともない)


 それが、この海を割った現象の正体だ。

 再び海中に引き摺りこまれる事を防ぐ為に、シテンは海そのものを解体した。そして固定した。

 分たれた海水は今や水と油のように、決して混じり合わない液体となってしまった。


 そしてこの海割りは、あるもう一つの事実を示唆している。


(そして【解体】スキルは森羅万象、何だって解体できる。僕の認識と解釈が許す限り。

それは固体でも液体でも、気体であっても同様に)


 シテンの足元から発動された【解体】スキルは、まるで釘を刺したかのように空気そのもの・・・・・・を地面に固定していた。

 形状の変化を許されなくなった気体は、見えない足場となってシテンに力を貸していたのだ。


(今の僕は、その射程範囲も爆発的に広がっている。数階層分、ここから地面まで届くくらいに)


「――お前はもうまな板の上だ。決着をつけようか」

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