第173話 “唯一無二の”


(三人称視点)


(――なぜリヴァイアサンは、水中でも問題なくスキルを使えている?)


 シテンの中に生じた違和感・・・

 その正体を探る為、シテンは窮地にも関わらず思考の海へと身を躍らせた。

 時間感覚が極限まで引き延ばされ、薄く濃密な世界が広がる。


(理屈は分かる。水中という環境に適応しているかどうか、その違いだ。……けど、それだけなのか・・・・・・・?)


 シテンが水中でスキルを全く発動できないのに対し、リヴァイアサンは平気な顔でスキルを連発している。

 人間は水中で呼吸することができない。そして正常に発声することもできない。

 リヴァイアサンら水棲モンスターは、そうした制限がない。故にスキルの宣言を好きなだけ行える。

 それは冒険者として、事前知識として知っていた。シテンが気になったのはその部分ではない。



(正常に発声できれば、水中だろうがスキルが発動できる。それは何故だ・・・・・・


 事実、先ほどまで空気を確保できていたシテンは、水中であっても自在にスキルを使えていた。

 発動不可能になったのは、空気を失い発声がうまくできなくなってからだ。

 つまりスキルの発動には、正常な発声が必要。それは何故?


(正常な発声でなければ伝わらないからだ。全てのスキルを管理するという、【神の塔バベル】に)


 ――この世界の人間の殆どは、スキル発動の原理を知っている。

 聖国エデン、首都バビロンにそびえる巨塔。たった今ガブリエル達がいるそれは、バベルと呼ばれている。

 それは世界中、あらゆる言語を翻訳する機能を持つと同時に、この世に存在する全てのスキルを制御、管理していると言われているのだ。


 そのバベルに対しスキルを宣言する事で、その言葉が翻訳され、スキルの発動という形で使用者に返ってくる。

 だから人間はスキル名を毎回唱えるし、口を塞がれればスキルを使えなくなる。

 魔物も同じ。どういう理屈かシテンは知らないが、奴らはこのバベルの機能を掠め取っている・・・・・・・らしい。

 人間と魔物のスキルは、原理も弱点も一緒なのだ。


 それはステータスと同じく、この世界の不変の法則であり共通認識。

 シテンもその常識を疑っていなかった。今までは・・・・



(……今の僕に、発声なんてできやしない。だったら発想を逆にしろ。

――指示さえバベルに伝われば、発声は要らないんじゃないか?)



 そう。スキルの名を宣言するのは、あくまで意思と指示を伝達する手段だ。

 手段が違っても到達点が同じであれば、スキルは発動できるのではないか、という発想。

 即ち、無宣言での・・・・・スキル発動・・・・・



(言葉もなく意思を伝える。――どうやって?)


 ……しかし。同じ考えに至った人物は、過去にも数多く存在した。

 巨大な地上文字を書いて指示を出した者。

 魔術で肉声を再現し、宣言を試みた者。

 意思が通じればスキルが発動すると信じ、何年も祈り続けた者。


 人類にスキルの力が発現してから、この机上の空論を再現しようと様々な方法が試されてきたが、幾つかの例外を除き・・・・・・・・・、成功したという話をシテンは聞いたことがなかった。

 そして歴史上誰も再現できていないその空論を解決する案を、シテンが都合よく思いつくような事もなかった。

 少なくともそれは、シテンの領分ではない。

 シテンにはシテンの、彼にしかできないやり方がある。



“よく聞けシテン! 活路はあル・・・・・!! お前のユニークスキルの力、それを――”



(師匠は最後にそう言った。この呼吸もできない状況下で、僕のスキルの力を使えと)



 シテンは視点を変える。

 ユーリィの言葉を信じ、その真意を理解せんと最後まで足掻く。


(この状況を打破する鍵は、【解体】が握っている。僕の中に答えは存在する。

――今は信じよう、師匠の言葉を)


 そしてシテンが先ほどから抱いていた違和感・・・

 それは――



(――僕の魂が、チカチカと瞬いている・・・・・。スキルを発動してもいないのに)


 シテンは自分の身体を――心臓の辺りに視線をやる。

 そこには弱々しくも確かに、チカチカとシテンのが輝きを放っているのだ。


 魂を見るという特異な能力が備わってから、シテンはこれまで他者の魂を見ることはあっても、自身の魂を見る事はあまりしてこなかった。

 だがユーリィの助言により、“己の中に突破の鍵が存在する”と考えたシテンは、己自身へと視点を向けた。そしてスキルを使えてもいないのに、明滅する自身の魂へ違和感を覚えたのだ。



(スキルを発動する瞬間。その魂は星の瞬きのように明滅する。魂とスキルには、密接な関係性があるのは薄々感じていた。

――ならこの違和感は、僕の魂……【解体】スキルがきっと関係している)



 リヴァイアサンが身体を復元する時。攻撃スキルを発動する時。

 いや、それだけではない。クララも、ユーリィも、ミノタウロスも。

 スキルを使う瞬間、魂がより一層強く輝いていたではないか。


 ならば、本来スキルの使えないこの状況下で。

 魂がチカチカと明滅している事実は、一体何を意味する?


(最初からそうだった訳じゃない。僕の中の何かに呼応して、この【解体】スキルは躍動している。

……何かを伝えようとしている? 【解体】スキルが、この僕に)



 そして、ユーリィの助言とその違和感を組み合わせる事で。

 空論ですらなかった虚像が、急激に実在性を帯びていく。




(そういえば覚えがある。この感覚。……ああそうだ。

追放された時。クリオプレケスとの戦いの時。ミノタウロスとの戦いの時。

僕の感情が昂った時。【解体】スキルはいつも呼応していた。力を貸してくれていた。

あの時の、僕の奥底から沸き立つ全能感。これがその感覚だ)




 ……スキルとは女神からの賜り物。

 そして全てのスキルは、天使達が作りあげた【神の塔バベル】により管理されている。


 だが、もしも。

 もしも、その前提条件が違う・・・・・・・・・のだとしたら?



(【解体】スキルはいつだって、僕の衝動に応えてくれた。

この力が、この衝動が女神様から与えられた物? ――僕はそうは思わない)


 これまで経験した昂りが、感情が、衝動が、シテンに確信させるのだ。

 この力が借り物などではなく、己自身の全てであると。

 そうして得た勝利と安寧あんねいは、紛れもなく己の力で勝ち取ったものだ。

 他の誰にも否定などさせない。


(僕の力は僕の物だ。【神の塔バベル】にも、女神様にだって許可なんか必要ない・・・・・・・・・

……ああ、師匠はきっと、これを伝えたかったんだ)



 シテンの中に、確かにヒントはあったのだ。

 ユーリィがいつか話していた、ユニークスキルの由来・・について。

 そしてシテンと同じくユニークスキルを持つ彼女が、スキル名を明かさずに・・・・・・・・・・これまで強大な力を振るっていた事。



(――僕の力は僕が振るう。家族を守る・・・・・、その為の力。

他の誰のものでもない、邪魔なんてさせない。

これは僕だけの、唯一無二の力ユニークスキルだ)



 この瞬間。

 シテンは真の意味で、【解体】スキルの由来を――その深淵を理解した。



(恐れるな。信じろ。師匠と、僕自身を。そしてこの衝動を。

――引き摺り出せ! 僕の全てを!!)



 シテンの覚悟に呼応するかのように。シテンの魂が、激しくチカチカと明滅を繰り返す。

 魂が震え、血液の如く渇望が湧き出す。

 荒れ狂う衝動と、力の躍動。シテンはそれに身を任せる。


 覚醒する。シテンの意思と【解体】スキルの衝動が、一致する。


 感情が昂り、魂が励起する。シテンの指示が、意思が、己の魂に伝達される。

 魂に眠るユニークスキルは、シテンの意思に応えてみせた。【神の塔バベル】も女神も関係なく、世界の理すらバラバラにして。

 これまでずっと、何度もそうしてきた。立ち塞がる理不尽を、運命を、森羅万象を解体してきたのだから。

 そしてこれからも。




(さあ、行こう)



『【解体】』






「――じゃあシテンさんがスキルを使おうとしても、バベルにその意思、えーと、言霊が届かないから、なんにも発動しないって事ですか!?」


「結論としてはそうやね。シテンだけに関わらず、ほぼ・・全ての人間がそうやけど」


 スキル発動の仕組みを理解して、ようやく事の重大さに気づいたリリスが慌てふためく。

 ……一方。ガブリエルの説明を聞いていたソフィアが、先ほど気になっている事に言及した。


「ねぇ。さっきから気になってるんだけど。……ほぼ・・全てのスキルは、バベルによって制御されているって言ったわよね」


「……せやなぁ」


「逆に言うと、例外がある・・・・・って事でしょう?

一体なんなの、それ」



「…………」



 ……ガブリエルは。少しつまらなさそうな表情をして。

 渋々と、彼女達にまた一つ、世界の真理を告げる。


「さっきウチ言うたやろ。スキルの力は、元々天使の持つ奇跡の力を切り分けたものやって」


「……」


「スキルっちゅうのはウチが意図的に用意した物や。いわば、人工の宝石。

……けど。この世には、極々稀に天然の宝石・・・・・が生まれることがある」



 天然の宝石。ガブリエルが用意したものではない力。

 ガブリエルが歪めたこの世の理に従わず、本物の奇跡によって生み出された宝石スキル

 即ち、バベルにその制御を・・・・・・・・・依存していない力・・・・・・・・



「この世に二つと同じものは存在しない至宝。天然物の奇跡スキル――それが、ユニークスキル。

その世界に唯一の宝石ユニークスキルこそが、このスキルの法則の例外や」





(三人称視点)


 完全に水没していた迷宮、元62階。

 リヴァイアサンは勝利を確信していた。シテンはスキルが使えず、ユーリィ達の援軍は間に合わない。

 次の一撃でトドメを刺し、そのままミカエルを完全に破壊する――その、はずだった。



『【解体】』



 ――海が真っ二つに割れる、その瞬間までは。



「なっ……!?」


「馬鹿な!?」



 双魚が驚愕の声を上げる。海中に居たはずの彼らは外に引き摺り出されていた。

 音もなく、気配もなく、前触れもなく海は割れた。まるで奇跡の様に、先ほどクララがそうしてみせたように。


 ――割れた海の境界線。

 それを跨ぐように、宙にシテン《・・・・・》が浮いていた・・・・・・

 その目に確かな覚悟と、研ぎ澄まされた敵意を宿して。


 ――リヴァイアサンはその眼差しを見た瞬間、本能的な恐怖を感じ取った。


(馬鹿な、我々の方がレベルは上のはず……!?)


(一体何が起きた! 奴はまだ隠し玉を持っていたのか!?)



「――行くよ」



 小さな呟きと共に、トンと、シテンが空中を駆ける。

 この世の理を無視した動き。それに呆気に取られたリヴァイアサンは、次の攻撃を回避できなかった。


 ――音もなく放たれた複数の【遠隔解体カットアウト】が、双魚の全身をバラバラに解体した。


◆◆◆

次話も十二時ごろ更新予定です!

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