第168話 vsリヴァイアサン ⑥進化の兆し


(三人称視点)


 リヴァイアサンの【迷宮改変ダンジョンマスター】が解除される。

 水中にいたはずのシテンは、突如として空中に投げ出された。


「わっ」


 重力に従って自由落下を始めるシテン。

 数十階層分がまるごと海水と化し、それが突如として消え去ったのだ。

 即ち、数百メートルにも及ぶ巨大な空洞が出現することになる。


「クソッ、あいつ!」


 シテンの頭上ではリヴァイアサンが、水球の中で悠々と泳いでいる。

 重力を無視して漂うその小さな水球は、リヴァイアサンが自力で生み出したものだろう。

 水棲生物であろうリヴァイアサンは、ちゃっかり自分の安全は確保していたという訳だ。


 そしてシテンは、空中での移動方法を持ち合わせていない。

 落下する程リヴァイアサンとの距離は遠のくばかり。

 そしてレベルアップしたシテンといえど、このまま地面に激突すれば大ダメージは不可避だろう。




 だが。


「迂闊だったな、リヴァイアサン」


 海水が無くなったことでシテンの目には、リヴァイアサンの生み出す巨大ながはっきりと見えていた。

 シテンは見に纏う暗紅あんこう色の装備に魔力を流し、影に潜る魔術を起動する。

 先ほどまでは暗い海中にいた為、どこからどこまでが影なのか範囲が定まらず、使えなかった戦法。

 水中から脱した今、吸血鬼の装備に備わった影魔術が猛威を振るう。


「――なッ!?」


「くたばれ。【穿孔解体ブレイクランス】」


 巨体の影を通り、リヴァイアサンの側に接近したシテンはすぐさま攻撃に移る。

 泡を食ったリヴァイアサンだが、シテンが接触する直前、全身から鱗を弾丸のように発射してみせた。

 至近距離での攻撃で僅かにシテンの狙いが逸れ、致命傷をなんとか免れたリヴァイアサン。


「悪足掻きを!」


「グッ、おのれっ!!」


 しかしそれでも、リヴァイアサンは無傷では済まなかった。

 直接肉体に接触しなかった、にもかかわらずその胴体が、抉られたかのように欠損していた。

 【穿孔解体ブレイクランス】は【遠隔解体カットアウト】を更に発展させたものだ。

 触れずに解体するという点では同じで、差違点は形状と威力である。この現象も当然と言えた。



(――もっと威力が欲しい。

さっきの【激流砲】を参考にしろ。更に力を圧縮して、回転を加えるんだ)


 シテンはスキルの改善点を分析し、更に改良を重ねていく。

 凶悪な攻撃力が、より凶悪に。そして分析と成長を重ね、シテンは【解体】スキルの深淵を少しずつ理解していく。


(そういえばさっきの【激流砲】は、凄まじい水量を一瞬で圧縮していた。あんな芸当、普通できるものだろうか? 圧縮するにしたって限界はある。もしかして僕のマジックバッグみたいに、空間ごと無理矢理圧縮した?)


 一点集中。空間の圧縮。

 【解体】スキルは、捉えたものを何でもバラバラにする事ができる。例え実体のないものであっても。

 ……シテンは着実に、次の段階レベルへと足を進めていた。



「図に乗るなよ人間!!」


 リヴァイアサンが魔法で生み出していた水球が解除される。

 再び空中に投げ出されるシテン。

 そしてリヴァイアサンは、再びスキルを発動させる。


「【迷宮改変ダンジョンマスター:海水化】――大波濤タイダルウェーブ!!」


 シテンの頭上、何もない空間から一瞬にして、莫大な量の海水が出現する。迷宮の構造物である空気を、海水に改変したのだ。

 影に潜る暇もなく、シテンは激流に呑まれる。


「くっ、【完全解体パーフェクトイレイサー】!」


 あまりの勢いに身動きが取れなくなったシテンは、咄嗟に周囲の海水を解体して身を守る。

 しかしその間に大空洞は、海水で殆ど満たされてしまっていた。

 そしてリヴァイアサンは……シテンから遠ざかるように、今度は下層へと潜っていく。


(やっぱり変だ、あいつの挙動。僕を無視して下に向かっていった……何を企んでいる?)



 ――そして、リヴァイアサンと入れ替わるように。

 シテンの下方から、大量の蟹の群れが寄り集まってきた。


「!?」


『カルキノスよ、時間を稼げ! その人間を足止めしろ!!』


(あれは、師匠が言っていたもう一体の【墓守】!? というか、群体!?)



 咄嗟に【穿孔解体ブレイクランス】を放ちカルキノスを蹴散らすが、あまりにも数が多すぎる。

 一本の槍ではとても倒しきれない。更にスライムのように、千切れた身体から新しい個体が生まれ増殖していくのだ。


(手数が足りない! というか師匠は!? コイツらの相手をしてたんじゃないのか!?)


 師匠の敗北という最悪の想像がシテンの脳裏を掠めた、その瞬間。



『おいシテン。聞こえるカ』



 首に下げていたマジックアイテムから、いつも通りの様子でユーリィの声が聞こえてきた。


「……ちょっと師匠、今何やってるんですか!? もう一体の【墓守】全然抑えられてないじゃないですか!」


『いやすまん、予想より敵が上手うわてだっタ。ちゃっかり私に対して対策を張っていル。ミノタウロスが倒されて、向こうも本腰を入れてきたかナ? 分体はやられてしまったが、とりあえず私の本体は無事ダ』


「いややられたじゃなくて!? 【墓守】二体同時に相手は流石に厳しいですよ!!」




「では、このカニさん達は私が相手をしましょうか」


 ドゴッ!!!

 と、水中にも拘らず何かが爆発したような、凄まじい衝撃音がシテンのすぐ側で生まれた。


 そして、シテンに群がっていたカルキノス共の半分が、文字通り粉々のミンチ状になってしまっていた。

 こんな馬鹿げた芸当が可能なのは、この場において一人、いや一匹しかいない。


「クララさん!」


「肝心な時に役に立たないおバカユーリィですね? 救助活動も終わりましたし、私はこのカニさん達の足止めをするとしましょう」


『ほざケ。私もこのまま黙っているつもりはなイ。今下層からデカいの・・・・を運ばせている最中ダ』



 相変わらず半裸の……いや、水中で激しく泳ぎ回ったせいか、纏っていた布切れが何処かに流れて、もう完全に全裸になってしまっているが。

 ともかく【狂犬】クララが、増殖し続けるカルキノスに再び攻撃を加える。

 音速を容易く越える拳。水中でありながら地上と何ら変わらぬ様子で活動する彼女の身体には、魚のエラ・・ヒレ・・のような器官が生じていた。


(……相変わらずメチャクチャだなこの人。というか、さっきまでなかったヒレが追加されてる。【変身】スキルの類かな……? でも何か違う気がする)


『シテン。リヴァイアサンの目的が分かっタ。説明してやるから、お前はすぐにリヴァイアサンを追エ。私の切り札が到着するまでは、もう少し時間が掛かル』


「現状【墓守】に致命傷を与えられるのがシテンさんだけですからね。私はここでカニ食べ放題……違った。足止めをしていますので、あのデカい魚の方をお願いします」


『食うなよお前? それ分類的にはアンデッドに近いからナ? 屍肉を食ったら腹を壊すゾ』


「私がこの程度でお腹を壊すとでも?」


(……なんか、締まらないなぁ)



 Sランク二人の呑気な掛け合いを聞きつつも、この場はクララに任せてシテンは下方へ向かう。

 リヴァイサンの向かう先。更なる深海へと。

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