第167話 vsリヴァイアサン ⑤深海の悪魔の正体


(三人称視点)



(妙だな)


 【尸解仙】ユーリィは、海中を漂いながら思考を巡らせていた。

 シテンとリヴァイアサンの戦い。その様子は、シテンが身につけているマジックアイテムを通しておおよそ把握していた。


 戦況だけ見れば、シテンの一方的優勢。

 しかしユーリィは、その状況に違和感を覚えていた。


あまりにも弱すぎる・・・・・・・・・。シテンが強くなったのもあるが、本来リヴァイアサンはこの程度の強さではない。あの熾天使ガブリエルと対等に渡り合う大悪魔だぞ)


 女神の生み出した天使達。その頂点に座する、四人の熾天使。

 彼らの実力は本物だ。魔王の軍勢を蹴散らし、幹部級の悪魔と対等に渡り合う。

 彼ら四人の助力がなければ、初代勇者とて魔王を倒すことはできなかったであろう。

 故に【墓守パンドラガーディアン】達も、その力を警戒している。

 そして石像から復活する前に、彼らを破壊しようと目論んでいる。


(何らかの理由で生前・・の強さを発揮できていない? 或いは、それすらも想定内で、何か別の目的が……?)


 不意に、彼女は先ほどまでのリヴァイアサンの様子を思い出す。

 シテンが来るまで彼は、ユーリィに手だしをせず遠巻きに眺めているだけだった。

 まるで何かを待つように。あるいは、時間を稼ぐように。


(ミカエルを探すための時間稼ぎと言われれば納得はいく。しかし【墓守】側にミカエルを探索できるような手駒がまだあるとは考えづらい。

そこまで同時に【墓守】を動かせるなら、最初から全員動かして人間を殲滅すればよいのだから)


 ユーリィは【墓守】を動かすためには、何らかの制限があると予想していた。

 恐らく同時に活動できるのは二、三体が限度。

 それ以上は起動できないか、できてもフルスペックを発揮できない。

 現にもう一体の【墓守】カルキノスの軍勢は、ユーリィの身体をムシャムシャと貪る・・だけで、そこに知性らしきものは感じられない。

 ステータスの異常から見ても、明らかにフルスペックを発揮できていなかった。


 ここにいる彼女は分体だ。全身を食い尽くされても、別の場所に居る本体には一切ダメージが入らない。

 不死者を弱体化させる塩水に呑まれ、形勢不利と見た彼女はこの肉体を捨てる決断をしたのだ。

 全身を貪られながら、しかし一片たりとも苦痛の表情を見せないユーリィは思考を続ける。


 敵からのこれ以上の増援は考えづらい。

 そして蛇ーーヨルムンガンドが動く可能性も低い。

 他でもない彼女が、彼がしばらく行動不能になるほどのダメージを与えたからだ。


(ならば、リヴァイアサンは何を企んでいる。増援を待っているのでなければ、一体何を待って……)


 そこまで考えが及んだ所で、ユーリィの意識が現実に浮上する。

 正確には外部からの刺激により、強制的に浮上させられたのだ。


 眼前には、先ほどまでとは全く異なる景色が広がっていた。

 ユーリィを閉じ込めていた海水の檻が、跡形もなく消失していたのだ。

 迷宮を海水へと変化させていたスキル【迷宮改変ダンジョンマスター】が解除されたのだ。

 ……同時に、彼女はリヴァイアサンの狙いをようやく悟った。


「チッ、そういう事カ」


 彼女は迷宮中に、独自の監視網を張り巡らせている。

 それは魔物にふんしたアンデッドであったり、マジックアイテムを使ったものであったり、様々な手法で行われている。


 ……だが実のところ、それらの監視網はつい先ほどまで正常に機能していなかった。

 迷宮をまるごと水没させるという荒技で、リヴァイアサンは迷宮に仕込んだ監視網の大半を機能不全にさせていたのだ。


 それでも完全に停止した訳ではなかったし、それが無くともどこが水没しているか、程度であれば容易に把握する事ができていた。

 水没エリアには必ず【墓守】が居るという事も予測できていたので、ユーリィは監視網の緩み・・をそれほど気にしていなかった。



 しかし【迷宮改変ダンジョンマスター】が解除された今、その違和感が、リヴァイアサンの目的が浮き彫りとなった。

 彼女の監視網は、未だに水没・・・・・し続けている・・・・・・エリアがある事・・・・・・・を観測したのだ。




(水没が一部解除されていない。それは即ち、そのエリア内に【迷宮改変ダンジョンマスター】の発動者が存在する事を意味する)


 ユーリィやシテンが居た水没エリアと比べれば極小。

 下手すれば平時の監視網でもすり抜けてしまいそうな程、密かにその水没エリアは存在し、そして移動していた・・・・・・


「一本取られたナ。リヴァイアサンめ、この巨大な水没エリアを目眩しにして、自身の分体にミカエルを探索させていたナ?」




 蟹の【墓守】カルキノスと同様に。

 リヴァイアサンもまた、“個”の【墓守】ではなかったのだ。


「双魚。どういう理屈かは知らんが、蘇ったリヴァイアサンは二体で一つの【墓守】だったカ」

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