第164話 vsリヴァイアサン ②“槍”


(三人称視点)


「にしても、いきなりリヴァイアサンとはなぁ」


 熾天使ガブリエルは、ため息混じりにそんな言葉を呟いた。

 既に転送魔法でシテンを迷宮都市近くに送り届けた後である。



「送り出したはええけど、果たしてあの坊主が勝てるか微妙なところやな」


「リヴァイアサンって、そんなに強いんですか……?」


 恐る恐るそう尋ねたのはリリスだ。

 同じ【墓守パンドラガーディアン】ということもあってか、その素性に興味を抱いているようだった。


「リヴァイアサンは魔王直属の配下の一体です。魔王と女神様の決戦において、甚大な被害を出した強大な悪魔です」


 代わりに答えたのはウリエルだ。数千年前の決戦において、彼女もリヴァイアサンの名は聞いていた。


「あいつは水を操って戦うんや。けどその規模が尋常やない、地上で大津波を起こして、幾つもの国や人間を呑み込んでしもたんや」


「……水中に取り込まれれば最後、呼吸も脱出もできずもがき苦しんで、悲惨な最後を遂げる事になります。とにかく被害範囲が広く、地上に甚大な被害を及ぼしました。なぜか現代では、その名は伝わっていないようですが」


「ミノタウロスの時も名前が残ってなくて苦労したみたいやからなぁ、なんか細工でもしたんやろ。ともかく水中は、完全にあの魚のテリトリーや、やから決戦の時は、同じく水を操るウチが相手したんや」


 ウリエルとガブリエルは、当時の大戦の様子を思い出しながらリヴァイアサンについて語る。


「水中の恐ろしさは、殆どのスキルが使用不能になるって所や。……人間は普通、スキルを使う際にはその名称を口に出して宣言せなあかん。ま、大戦当時はスキルなんてそもそも存在せえへん・・・・・・かったから、あんまり関係なかったけどな」


「……! ガブリエル、今の話は本当なのですか!?」


「んぁ、そっか。ウリエルはこの時代に目覚めたばっかりやから、スキルの事はよう知らんのか」



 ウリエルの顔色が変わる。シテンの強さは彼女も知っていたが、水中でスキルが使えないとなると話は別だ。

 水中で言葉を話す事など、普通に人間には不可能なのだから。


「ウリエル、ガブリエルの話は本当よ。冒険者の間では水中は死の領域、なんて呼ばれたりもする。迷宮にも水中エリアは幾つかあるけど、殆どの冒険者は寄りつかないのよ。対策がなきゃ何もできずにやられるわ」


「シテンさんは多分それも見込んで、何か対策を用意しているとは思いますが……」


 ソフィアとシアがそれぞれ補足をするが、彼女たちにできるのはそれだけだった。

 戦場に向かったのはシテン一人。ここにいる五人にできることは何もない。


「ま、お手なみ拝見ってとこやろ。ミノタウロスを倒したんがまぐれかどうか、これでハッキリするやろなぁ」






 【墓守パンドラガーディアン】とは、魔王の魂の欠片を取り込んだ超生物の事だ。

 生物が等しく持つ魂に加え、魔王の魂と合わせて計二つ。

 一つの肉体に二つの魂という常識外れの構造が、彼らを脅威たらしめている。


 しかし、それは言い換えれば弱点でもある。

 魔王の魂が在る限り肉体は何度でも蘇るが、魂そのものを砕かれば死に至る。

 リヴァイアサンはその魂の在処ありかを暴かれた。そして目の前の天敵シテンは、それを砕く手段を持っている。

 リヴァイアサンは既に、余裕を失っていた。


『――ウオオオォォォォッ!!』


 蒼銀に輝く巨体から、大量の何かが放たれる。

 それは鱗だった。刃物のように鋭く薄い鱗が、水流に乗ってシテンへと襲いかかったのだ。


(やはりこの男、危険だ! 我らの目的の為にもここで確実に排除しなくては!)


「!」


 二人がいるこの空間は、リヴァイアサンが【迷宮改変ダンジョンマスター】のスキルで、ダンジョンの地形を海水に変換したものだ。

 つまりは全てがリヴァイアサンの支配下にある。水の流れも自由自在、泡に包まれたシテンに、回避の術はない。

 全方位から鱗の斬撃が襲いかかる。飛ばした鱗は、得意の超再生ですぐに生え変わる。


(接近戦はこちらの不利! このフィールドを生かして、距離を保ったまま攻め潰す)


「――【完全解体パーフェクトイレイサー】」



 しかし。

 リヴァイアサンの目論見は、早くも崩れ去る。


「流石に泡を保ったまま戦うのは無茶だったな。身動きが取れないんじゃ敵のいい的だ」


 気泡が割れる。

 しかし飛来した鱗は、シテンに触れる直前で全て消え失せていた。

 いや、触れる寸前で解体・・されたのだ。塵すら残さず消滅した鱗が、シテンに傷をつけられるはずもない。


 【尸解仙しかいせん】との修行の末、シテンはこの【完全解体パーフェクトイレイサー】を完全にモノにしていた。

 自分を傷つけてしまうというデメリットも最早、存在しない。


(……水中で問題なくスキルを使えている。多くのスキルはスキル名を宣言しなければ発動できない。つまり奴は気泡以外に、水中で呼吸をする術を用意しているという事)


 リヴァイアサンの考察は正しい。

 シテンがこの戦いの為に用意したのは空気魔石エアストーン

 口に含み魔力を流す事で呼吸に必要な酸素を発生させる、水中戦用のアイテムだ。

 呼吸ができなければ、スキルを宣言、発動することはできない。それを防ぐためにシテンは、ここに来る前に用意していたのだ。


『だが、その程度で我が領域を攻略したと思うなよ!』


 リヴァイアサンは海水を操作し、激しくうねる水流を生み出す。

 鋭利な鱗と合わせて、相手の動きを封じながら切り刻む戦法だ。

 普通の人間の力では、抵抗できず海の藻屑となっていただろう。


(恐らくは空気を生み出す魔石の類。しかしあれは消耗品、無限に使える物ではない。ならば奴の動きを封じ込め時間切れを狙う――)



 しかし、眼前の少年は普通の人間ではない。


「【完全解体:水中伝達アクアバイパス】」


 シテンの体表面に広がっていた、解体スキルの効果範囲を拡張。

 力が水中を伝達し、シテンの周囲数メートルにあった海水が削り取られた・・・・・・


 水流がなければ、シテンの動きを封じ込めることはできない。

 リヴァイアサンの支配下を離れ、シテンが距離を詰める。



「さっきから思ってたんだけど」


『ッ!?』


「お前は僕から距離を取るばかりで、なんにもしてこない。ミノタウロスとはまるで違う。……もしかして、ビビってるのか?」



 蔑む表情。明らかな挑発。

 しかしリヴァイアサンは、矮小な人間の戯言だと、聞き流すことはできなかった。


『ほざけええぇぇぇぇ!!!!!』


 リヴァイアサンは切り札を切る。

 それは【迷宮改変ダンジョンマスター】の派生スキル。

 海水へと変えた周囲の地形を操作して一点に集中させ、生まれた莫大なエネルギーに指向性を与えて放つブレス。


『【迷宮改変ダンジョンマスター:海水化】――激流砲!!』


 数千トンもの海水を圧縮させ放たれたその一撃は、迷宮を数階層ぶちぬく程の威力であった。

 当然、人間が防げる代物ではない。



「【解体】スキル、一点集中」


 そしてシテンがとった行動も、リヴァイアサンと同じであった。

 シテンの周囲を覆っていた【完全解体パーフェクトイレイサー】のエネルギーが、一点に集中していく。

 【狂犬】クララとの戦いで学んだ、解体スキルの威力を一点に集中させる技術。

 シテンの新たな到達点。第四の派生スキル。



「【穿孔解体ブレイクランス】」


 一点に圧縮された解体スキルが、真正面から激流砲と衝突し――

 リヴァイアサンの必殺の一撃を打ち消し、風穴をあけた。

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