第162話 名も無き怪物


(三人称視点)


 魔王の墳墓、第45階跡地・・


「「「クキュ、キュキュKukuka……」」」


 金属を擦り合わせるような、奇怪な声を立てながらカニ型の【墓守パンドラガーディアン】――カルキノスの大群が襲いかかる。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【■■■■■】 レベル:65

性別:オス 種族:魔物、墓守(■■■■■)


【スキル】

迷宮改変ダンジョンマスター……自在に迷宮の地形を操作する権能。

輪廻転生リインカーネーション……肉体の一部、または全てを、記憶とスキルを引き継いで新生させる。このスキルは死後にも自動的に発動する。このスキルは【魔王の墳墓】内でのみ使用可能。


【備考】

なし

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




 ――そのステータスを眺めながら、ユーリィは思案する。


名前が欠けているな・・・・・・・・・。魔王に名を削り取られたか。

……ミノタウロスやリヴァイアサンと違い、このカルキノスという【墓守】には知性らしきものが感じられない。恐らく【墓守】としては不完全な状態だろう。少しでも戦力を補強するために無理矢理起動させられたか)


 何もない水中から、突如として骸の兵士達が出現する。

 ユーリィが呼び出したアンデッドの群れ。カルキノスの大群を迎撃するが、大した抵抗もできずに破壊されていく。

 カルキノスの甲殻に傷一つ付けられず、巨大なはさみで切り刻まれていく。


(知性が欠落している分動きは単調だが、それでも驚異的な戦力には違いない。強固な甲殻と鋭利な鋏、そして倒しても蘇る不死性と、スライムのように増殖する性質)


 骸骨兵の一体が甲殻の隙間、関節部を狙って剣を差し込む。

 カルキノスの脚が切断されるが、逆戻しのように瞬く間に再生してしまう。

 それどころか、切り離された脚からモコモコと、泡が沸き立つように肉体が再構成されて、新しいカルキノスの一体として生まれ変わった。


(単純な物理攻撃では効果がないな。さて、どうやって攻略したものか)


 チラ、とユーリィが視線をやれば、そこには水中を悠々と泳ぐリヴァイアサンの巨体があった。

 彼はユーリィに近づこうとしない。遠巻きに彼女を観察しながら、何かを探すように視線を彷徨わせたり泳いだりしている。


(……ミカエルの石像を探している? にしては挙動に違和感がある。まるで何かを待っている・・・・・・・・かのような――)




『――師匠、目的地に着きました』


 その時。首に掛けていたマジックアイテムから、そんなシテンの声が聞こえた。



(一人称視点)


 ――Sランク冒険者というのはつくづく埒外であると、改めて思い知った。


「穴掘りが得意って、まさかそのままの意味だったなんて……」


「むふー。もっと褒めてくれていいんですよ? 犬は特に頭を撫でられるのが大好きです」


 【狂犬】クララさんはなんと、素手でダンジョンの床に穴を掘り始めたのだ。

 いや、ぶち抜いたという表現が正しいかもしれない。床を殴りつけた瞬間に、2階へ直通の大穴が空いてしまったのだから。

 後はそれの繰り返し。下の階層に降りる穴を掘るという力技で、本来ならあり得ないショートカットをした僕達は、ひとまず目的地に到着した。


「これは……」


「うわー、なんだか大変な事になっていますね」


 そこは一言で表すならば、地獄の入り口であった。

 元は巨大な広間であったのだろう、岩で囲まれたこの部屋は今や、その半分以上が水没していた。

 ――水辺には大量の冒険者と魔物の死体が浮き上がっている。


「まだ生きてる奴がいるかもしれん! 急いで水から引き揚げろ!!」

「海水がどんどん侵食してきてる、呑み込まれないように気をつけろよ!」

「潜る奴はこっち来い、魔術で空気泡作ってやるから! あのデカブツに見つかるなよ!」

「地上からの救援はまだか!?」

「連絡役は送った! もうすぐ来る筈だ!」


 浮き上がっている冒険者や魔物は、迷宮の浸水に巻き込まれてしまったのだろう。

 それを見捨てずに、危険を冒しながらも助けようとしている人達がいる。


「おや、てっきり大半は逃げたと思っていましたが。まだ生き残りの冒険者がいたようです」


「……クララさん。役割を分担しませんか」


 感じる。

 この昏い水底に、あのおぞましい魂の気配を。

 間違いなくこの先に、【墓守】はいる。


「ほう、と言いますと?」


「クララさんは彼らの救出を最優先してください。地上で治療を受けられれば、まだ助かるかもしれません。機動力なら、僕よりクララさんの方が上でしょう」


「確かにそうですが。ではシテンさんはどうするんですか?」




 そんなものは決まっている。


「僕が一人で、【墓守】を仕留めます」

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