第161話 ここ掘れワンワン


「クララさん! 来てくれたんですか!!」

「今日のお散歩も終わりましたし、この騒ぎを無視する訳にもいきませんでしたので。……シテンさんがこの場にいるのは謎ですが、加勢しにきたという解釈でよかったですか?」

「あ、はい」

「なら一緒に行きましょうか。一人で鏖殺お散歩するよりも、他の人と一緒に鏖殺お散歩する方が楽しいですからねー。シテンさんの実力なら申し分ないでしょうし」


 ……お散歩? なんとなく僕の知ってるお散歩とは違う意味な気がする。

 ともあれ、クララさんの提案に異論はない。彼女の実力は身をもって知っているし、一緒に来てくれるなら大助かりだ。


「え、いやあの……いくらクララさんの提案でも、流石に許可なしとは……」

「じゃあツバキさんも行きます? こんな所で通せんぼしててもつまんないでしょうし」

「いえそうではなく! 現状立ち入りを許されているのはSランク以上の冒険者だけでして――」

「――そうだ! なんで俺たちがダメで、そこの坊主が入れるんだ!!」


 荒げた声をあげたのは、さきほどツバキさんと揉めていた冒険者達だった。


「俺たちも黙って見てるワケにはいかねぇんだ!! どんな魔物だか知らねぇが、俺の剣でぶった斬ってやる!!」

「おいよせっ! 相手はあの【狂犬】だぞ、突っかかるんじゃあない!」

「Sランクがなんだっていうんだ!! いくら俺らより強くたって、一人じゃたかが知れてるだろうが!! 数は多けりゃ多い方がいい、そうだろ!?」




「いえ違いますけど? はっきり言って足手まといは要らないです」


 そんな冒険者の考えを、クララさんはバッサリと切り捨てた。


「なっ……俺はAランクだぞ! 足手まといになんざならねぇよ!」

「Aランク程度・・で務まる相手じゃないですよあれは。無駄に怪我人を増やすだけなので、大人しくここで待っててください」

「じゃ、じゃあなんでそこの小僧は許されるんだ! そいつもSランク冒険者じゃねぇだろ!?」

「よく見りゃあの顔、ゴミ漁りのシテンじゃねぇか! 勇者パーティーを追放されたっていう!」

「……いつの話してんだ? でもまぁ、確かシテンはCランクだろ? ミノタウロスとやら相手には活躍したらしいが、いくらなんでも実力不足だろ」


「? そんなのシテンさんが、あなた達より強いからに決まってるじゃないですか」


 何言ってるんだコイツ? みたいな顔でクララさんはそう告げた。

 ……いや、実力を認めてもらえるのは嬉しいけれども。もうちょっと穏便にして欲しかったなあ……


「シテンさんは、私に手傷を負わせる程の実力者です。そう遠くない内に、Sランク冒険者にも手が届くでしょう」

「「「なっ……!?」」」

「それとも試してみますか? 貴方達の攻撃が、私に傷を与えられるかどうか。もし本物の実力者がいたなら、連れて行ってあげてもいいですよ」


 そう言ってクララさんは、無防備に白いお腹を衆目に見せた。

 薄く筋肉がついた美しい腹だ。しかしその防御力はミノタウロス以上であることを、僕はよく知っている。


「「「…………」」」


 そして、【狂犬】に刃を向ける者も、この場には誰一人として居なかった。

 感じ取ったのだろう。彼女から発せられた、超越者としてのオーラを。


「決まりですね。じゃあ行きましょうか」

「ちょ、ちょっと!? だからシテンさんはギルドの許可がないと駄目ですってば!!」

「残念ながら私は犬なので、人間の定めたルールは適用されません。犬とは世界一自由な生き物なのです」

「何言ってるんですか!? あ、ちょっとー!?」


 そしてクララさんは僕の手を引っ張って、強引にギルドの封鎖網を突破する。

 ……ごめんツバキさん。後でちゃんと謝りに行きます。でも僕もここで足止めを食らっている暇はないんです。

 それに、他の人では恐らく【墓守】の相手はできない。あの不死性を突破するのは、師匠やクララさんであっても難しいだろう。

 だからこれは【解体】のユニークスキルを持つ、僕だけにしかできない役割なんだ。



「さて、封鎖網を突破したはいいものの、実は私目的地を知らないんですよね」

「えぇ……」


 迷宮に侵入してすぐ、クララさんはそんな事をほざいた。

 この人、さては何にも考えずに動いたな? 犬の方がもうちょっと賢いのでは?


「まあいいです。どうせ下に潜ればいつかは着くでしょう」

「クララさんミノタウロスの時も迷子になってたそうですね? ちょっとそういう思考回路どうかと思います」

「犬は本能のままに動くもの。そして実は私、なんと穴掘りが大得意なのです」

「……?」

「道がわからないなら穴を掘るまで。私の野生の勘をもってすれば、迷子になろうが何の問題もありませんよ」


 わんわんと、両手を丸めてクララさんは土を掘るジェスチャーをした。

 何言ってるんだこの人、いや犬?

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