第160話 Sランクの条件
「シテン、Sランク冒険者に昇格する条件を知っているカ」
僕が師匠に弟子入りした直後、そんなことを尋ねられた事がある。
「いえ……詳しくは」
「条件は三ツ。
一つ、レベルが100を越える事。
二つ、迷宮都市に多大な貢献をもたらしている事。」
三つ、他のSランク探索者、あるいは支部長から推薦を受ける事」
「へぇ〜……」
Aランクまでは依頼を受けたりギルドに貢献すれば、順当に昇格していくのは知っていた。けれどSランクに上がるための条件までは、真偽不明の情報ばかりでハッキリとは把握していなかったのだ。
「一つ目と三つ目については私が何とかしてやるとして……問題は二つ目だナ」
「え、レベル100ってだいぶキツいと思いますけど。僕まだレベル58ですよ」
「レベルなど死ぬ気で努力すればすぐ上がル。格上の敵を倒しまくればいいだけだからナ」
「えぇ……?」
この後文字通り死にながら修行する羽目になるとは知らず、僕は呑気な返事をしたものだ。
「話を戻すゾ。二つ目の“迷宮都市への貢献”についてだが、意外にハードルが高イ。少なくとも、ただ真面目にギルドの依頼をこなしているだけでは無理だナ」
「じゃあ、どうしろと……?」
「お前はミノタウロス討伐の件でも功績を残しているが、それでも足りないだろウ。
――だから、もう一体。【
「も、もう一体って……あの怪物をまた!? ていうか、そう都合良く【墓守】なんて……」
「いや、来るサ。そう遠くない内ニ。……私の勘が正しければナ」
そう言ってクククと、怪しい笑い声を漏らす師匠がやけに印象に残っている。
……当時はまさか、こうも早く現れるとは思っていなかったけれど。
「さて、そう考えるとやはり時間が足りんナ。早速修行を始めるとしよウ。まずは手っ取り早くレベルを100にすル」
「え、もしかして今からですか!?」
「当たり前ダ。まさかそんな生ぬるい覚悟で弟子入り志願したのカ? その程度ならどうせ付いてこれないだろうから、今の内に諦めて帰った方が身の為だゾ」
「……。いえ、やります。やらせてください。いきなりでちょっと驚きましたけど、僕としても早く力を手に入れたいので」
「決まりだナ。よし、今から90階に転移するゾ」
「…………は? いや転移って、え? 違法ですよね?」
「バレなければ問題なイ。それにバレても、私を罰せる奴など存在しなイ」
「僕は!? 迷宮での無許可空間魔術は大罪ですって!! 僕を犯罪に巻き込まないで!!?」
「お前もSランクを目指すなら細かい事は気にするナ。強くなれば誰もお前の事を咎めたりはしなくなるゾ」
「違うそれは僕の求める方向性じゃない! やっぱ弟子入りはキャンセルで――」
◆
『――おい、聞いているのカ? シテン』
「――。ええ、聞いてますよ」
ふと、数日前の出来事を思い出していた。
高速で走る僕の視界に流れる景色は、既に慣れ親しんだネクリアの景色に切り替わっている。
ガブリエルの転移魔法、聖国から迷宮都市まで一瞬で移動できるだなんて。なんて便利な魔法だ。
『今の所、出現した【墓守】は二体。海蛇型のリヴァイアサンと、蟹型のカルキノスという名ダ。……蟹の方は私が相手をすル。その間にお前はリヴァイアサンを倒セ』
「共闘した方が早くないですか?」
『お前のスキルは
……それに私が見る限り、恐らく蟹の方は
……マジックアイテム越しに、何かの炸裂音や金属音が聞こえてくる。
既に師匠は、カルキノスという【墓守】と戦闘中らしい。
「わかりました。僕はリヴァイアサンという【墓守】に集中します」
『言っておくが、あまり猶予はないゾ。侵食速度……迷宮の海水化が予想より早イ。ミカエルが見つかって破壊されれば我々の負けだし、他のSランクに手柄を取られても負けダ。お前は当分、Sランクに昇格する機会を失ウ』
「……。他のSランクの人は何してるんですか」
『さあナ? 私も全てを把握している訳ではなイ。任務で国外に居るか、迷宮の奥底に潜っているか、傍観を決め込んでいるカ。
奴らは自分勝手だからな、
師匠も大概自分勝手だとは思うが、余計な喧嘩は売りたくないので黙っておく。
いずれにせよ、援軍はあまり期待できなさそうだ。
『さっきも言ったと思うが、30層より奥は既に浸水していル。水中戦になるだろうかラ、
「もうさっき買いましたよ。……着いた、転移門だ」
師匠の話では、迷宮内部が海水に沈んでしまっているのだという。
そのせいか、転移門には普段以上の人だかりができていた。
「現在迷宮は立ち入り禁止ですっ!! ギルドが問題を解決するまで、どうかしばらく
「冗談じゃねぇ!! 俺の知り合いが巻き込まれてんだ、黙って見てられるか!」
「俺たちはAランクの探索者だ! 元凶なんざすぐに倒してやる!! だからさっさと門を開けろ!!」
「駄目なものは駄目ですっ!! ちゃんとギルドの指示に従ってくださ……あれ? シテンさん?」
転移門に誰も入れないよう、ギルド職員が道を塞いでいる。
その中の一人に見知った顔――ツバキさんの姿があった。
「ツバキさん、お勤めご苦労様です」
「ええ、どうも……聖国に向かったと聞きましたが、どうして此処に?」
「細かい話は後で。それよりも、そこを通してくれませんか。僕は中で暴れている【墓守】を倒さなくちゃいけないんです」
僕の言葉を聞いて、ツバキさんの顔色が変わった。
同じ【墓守】であるミノタウロスの情報は、彼女も把握しているだろう。それに匹敵する脅威が現れたとすれば、一刻も早く対処が必要だと理解できるはずだ。
「だ、ダメです……シテンさんの実力は理解しているつもりですが、今は非常事態です! ギルドマスターの許可なく立ち入りは何人たりとも……」
「――この人なら大丈夫だと思いますよー?」
と、制止をかけるツバキさんの前に現れたのは。
またもや僕の見知った顔。Sランク冒険者【狂犬】。クララさんだった。
相変わらずボロ布を纏っただけの半裸である。
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