第159話 再臨


 転送魔法。

 ガブリエルが僕らを自室に招くときに使った、あの魔法の事か。


『今、ネクリアに戦力が不足していル。Sランクですぐに動けるのは私と【狂犬】だけダ。しかしそれでは【墓守パンドラガーディアン】の討伐には時間が掛かるだろウ。その前にミカエルを向こうに発見されたら、我々の負けダ』

「……シテンなら、その戦力を補えるってか」

『貴様も知っているだろう、【墓守】は尋常の手段では倒せなイ。それはSランク冒険者であっても例外ではないのダ。そしてシテンのユニークスキルは、その数少ない例外ダ』


「師匠、もしかして僕に【墓守】と戦えと」

『嫌カ?』

「いいえ」


 僕の心はもう決まっている。【墓守】も僕とその家族の平和を壊す、明確な敵に間違いないからだ。

 どの道奴らは僕の力を欲している。ここで逃げたところで、【墓守】との因縁が切れることはないのだろう。


 それに不思議と、僕の心に恐怖といったものは湧いてこなかった。

 一度ミノタウロスを倒して、自信がついたからだろうか。

 文字通り死ぬ程修行して、あれからさらに強くなっている。今の僕なら、新たな【墓守】にも十分対抗できるかもしれない。


『その言葉を聞いて安心したヨ。……迷宮への直接転移は、冒険者ギルドが固く禁じていル。なのでガブリエルに迷宮都市近郊に転送してもらい、そこからは徒歩で来イ。ちょうどその頃には、あのアホ犬も来ているだろウ』


「ちょ、ちょっと待ってよ……なんでシテンが戦いにいく話になってるの!?」


 そこで否を唱えたのはソフィアだ。

 僕を気遣ってくれているのだろう。彼女もミノタウロスの戦いを経験して、その危険性を理解しているはずだ。


「迷宮都市が大変なのはわかったけど、こういう時に真っ先に戦うのがSランク冒険者でしょう……? シテンは普通の人間・・・・・よ! あんな危険な戦いに巻き込むなんて――」

「ありがとう、ソフィア。でも大丈夫」


 ソフィアはいつも恐れず、僕たちの言いたい事をハッキリと言ってくれる。

 でも、今回ばかりはその気遣いも不要だ。僕は自分の意志で、【墓守】と対決する。


「僕はこの戦いから、逃げる訳にはいかないんだ。迷宮都市には大切な友人や、家族が沢山いる。【墓守】の好きにさせていたら、彼らの身に危険が及ぶかもしれない。僕はそれを防ぎたい」

「シテン……」

「それに、今の僕じゃ……普通の人間・・・・・じゃ、その望みは叶えられないと思うんだ。

僕の周りの人間が、平穏に暮らせる日常が欲しい。……そんな望みを叶えるためなら、僕は何者にもなれる・・・・・・・・・。今ならそう、ハッキリ言えるよ」


「ッ……だったら、せめて私も一緒に! シテンよりは強くない自覚はあるけど、それでも少しは――」

『ダメダ。お前の戦力では逆に足手纏いになル。【墓守】との戦いとは、そのレベルの領域なのダ。

……ウリエル。貴様もまだ本調子ではないのだろウ。だから連れて行くのはシテンだけダ。残りは大人しくそこで待っていロ』

「……く、うぅ」

「ま、妥当な人選やな。本調子じゃないウリエルを戦場に引っ張り出すなんてウチが許さへんし、ウチもまだ・・世間に存在を知られるのは困る。

……ええよ。都合良く使われてるみたいで気乗りせんけど、シテンだけなら転送したるわ。【墓守】共の好きにさせる訳にもいかへんし」


 けど、とガブリエルは付け加える。師匠の勝手な要求に、彼女も不満を抱いているようだった。


「聖剣は置いてってもらうで。お仲間さんがここに残る以上、持ち逃げの心配はしてへんけど、アンタがやられたら聖剣まで向こうの手に渡る可能性もあるしな。それだけは絶対に避けなあかん」


 ……まあ、当然の判断か。

 ガブリエルが聖剣を使って何を企んでいるのかはわからないけれど、【墓守】の手に渡ったら碌でもないことになるのは間違いない。


「じゃあ、聖剣は置いていきます。半分だけ・・・・


 そして僕は、真っ二つになった聖剣の片方を取り出して床に置いた。


「は、はぁ!?」

「【臨死解体ニアデッド】の力で壊さず・・・真っ二つに解体しています。半分だけなら万が一の事があっても、最悪の事態は免れるでしょうし」


 聖剣を丸ごと彼女に預ける程、僕はガブリエルの事をそこまで信用していない。

 この聖剣は僕たちを守る命綱なのだ。そう簡単に渡すわけにはいかない。


「僕が死んだら、そのスキルは解除されるように設定しています。つまり聖剣は本当に真っ二つになって壊れます」

「……ええ度胸しとるやないの」


 聖剣を丸ごと渡して万が一、用済みとして転移の最中やその後にガブリエルから 襲われたりしたら、何もかもお終いだ。それを防ぐための保険、しちなのだ。

 僕の言いたい事が伝わったのだろう。ガブリエルの眉がぴくぴくと動いていた。


「シテンさん……また、戦いに行っちゃうんですか?」

「大丈夫だよリリス。今度は早めに帰ってくるから」


 心配そうに声を掛けてくれるリリスの頭に触れ、少しでも安心させる。

 ……リリスからの告白にも、なんだかんだまだ返事ができていない。この戦いが終わったら、ちゃんと僕の正直な気持ちを伝えなければ。


「……シア」


 そして、僕はシアに視線を向けた。

 僕は彼女が、自らの過去をガブリエルに話すつもりであることを聞いている。

 とても勇気の要る決断だっただろう。本当なら僕も側についていてあげたい。

 けれど……


「シテンさん。私は大丈夫です。もう、覚悟は決めましたから」

「シア……」

「私は自分の過去から、もう目を背けないって決めたんです。だから、大丈夫」


 そう言って、シアはにっこり笑って見せた。

 ……なら、僕の返事は決まりきっている。可愛い妹分に心配を掛けさせるわけにはいかない。


「僕も、勝つよ。ミノタウロスの時とは違う。修行した成果を奴らに見せてやる」




 ……今日という日は、僕にとってもシアにとっても、人生の岐路となるだろう。

 けど迷いはもうない。持てる全てを出し切って、この脅威を乗り越える。

 その先に、僕の目指す日常はある筈だから。



 ――およそ十五分後。

 迷宮都市ネクリアに、冒険者シテンが再臨する。

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