第157話 沈む迷宮、浮かぶ【墓守】
――迷宮、【魔王の墳墓】。
地上とは別の位相に存在すると言われ、侵入するには迷宮都市にある転移門を潜るしかない。
その構造は多数の階層に分けられ、降りれば降りるほど危険度も増していく。
十層毎に存在する
攻略開始から数千年という時が経っても多くの脅威に阻まれ、未だ最深部に辿り着いた人類は居ない。
数多くの欲望と命を飲み込んできた、悪名高き迷宮。
そしてその迷宮は今――
◆
(三人称視点)
「――状況報告を。手早く、簡潔にお願いします」
迷宮都市ネクリア。冒険者ギルド西支部。
そこには大量の探索者が溢れ、至る所で怒号と悲鳴が飛び交っていた。
平時の探索者ギルドの喧騒も大概だが、この日ばかりは度を越していた。
「い、いきなりだった……
俺は間一髪助かったけど、仲間が一人呑み込まれちまった!!」
「私も同じ事象を見たわ。あれは溶けるというより、迷宮の地形そのものが水になったみたいだった……ああ、ミノタウロスの時を思いだすわ」
「少なくとも、30階から下は冠水しちまったらしい! あちこち水浸しでとても奥に進めない! まるで洪水でも起きたみたいだ……!」
大量の冒険者達が受付に押し寄せ、
受付嬢のツバキはそれを聞いていたが、どれも俄かには信じがたい内容であった。
(迷宮の大半が、浸水……? 30階より奥に潜っている探索者達と、連絡が取れないという報告もあった。この話が本当なら、かつてない大規模な被害に……ううん、災害になってしまう!)
あまりにも急な出来事で、冒険者ギルドもまだ状況を把握しきれていないのが現状だ。
こうして逃げ帰ってきた冒険者から情報を聞き取っているが、それだけでは事態は解決しないであろうことは、彼女も薄々理解していた。
(こんな大規模な異変、必ず元凶がある筈。そこを叩けば解決するかもしれない、けれど今動ける人材は……)
ツバキの脳裏に浮かんだのは、最強の個人戦闘力を持つSランク探索者達、そして冒険者シテン。
しかし、シテンは今この場に居ない。聖国に向かった、という話は彼女も小耳に挟んでいる。そしてSランク探索者の大半は、すぐには動かせない。自由気ままに動く彼らに指示を出すだけでも一苦労だし、そもそも連絡のつかない者もいる。
……しかし。不幸中の幸いと言うべきか。
一人だけ連絡の取れそうなSランク探索者に、ツバキは心当たりがあった。
(この時間帯なら、【狂犬】はちょうど日課のお散歩を終えた頃の筈……ご飯を餌にして釣り出せば、この緊急依頼も受けてもらえるかもしれない!)
【狂犬】クララの狂気の
ほとんど全裸で迷宮に潜り、お散歩と称して道中の魔物を虐殺してまわるのだ。
クララの行動パターンは毎日決まっているため、彼女はSランク冒険者の中で最も接触し易い人材と言えた。
(けど……ここ最近の迷宮は、明らかに異常だ。大規模な地形変動や魔物の暴走。何か、恐ろしい事態が進行しているような……
ギルドの上層部は、この事態を把握しているの? それとも敢えて、情報を伏せているの?)
ツバキの心中とギルド西支部は、混乱の
そして支部長であったアドレークが姿を眩ました今、それを収められる者は居なかった。
◆
――そして迷宮内部。45階。
【
(面倒な事になったな)
彼女は【
しかしその規模は、彼女の想像を上回っていた。
迷宮の中層部、30階から60階までは既に、完全な
浸水範囲は徐々に広がり、このままでは被害が広がる一方であるという事は、彼女も理解できていた。
だが。
(まさか、二体同時に起動させるとはな。それだけ必死という事か? そんなにシテンのユニークスキルが恐ろしいか)
常人ならば水圧と酸素不足で既に死亡しているであろう、過酷極まりない環境。
その死の領域に漂う彼女。そしてそこには、
『――貴様の話はあの蛇から聞いている』
それは五十メートルはあろうかという、巨大な海蛇であった。
硬く、鋭く、凶悪な棘と鱗。
光無き深海に、その蒼銀の鱗が鈍く輝いている。
『【尸解仙】ユーリィ。貴様の武器は数多のアンデッドを使役し、死の概念を操る事だと』
『随分とお喋りな魚ダ。ご大層な迷宮操作までしておいて、私と世間話でもしに来たのカ?』
『――水中で
しかし、貴様の不利は依然変わりない』
その巨大な魚影――リヴァイアサンは、静かに、悟らせるようにユーリィへと語りかけた。
『アンデッドには幾つかの弱点が存在する。その中の一つが、
『――――』
『我が領域……この
――ユーリィの身は、既にこの巨大な水球に囚われている。
リヴァイアサンを中心に展開された
水底の方に目をやれば、ユーリィの率いる死兵達が力なく沈んでいた。
『貴様の戦闘力は大きく減衰している。その状態で、果たして
……そして、その死兵を
Aランクモンスターに匹敵する強さの骸骨兵を、まるでクッキーのように容易く噛み砕いたそれらは、次の狙いをユーリィに定めていた。
「「「クキュ、クキャ、KyuカAa……」」」
『魚の次は
鈍色の甲殻と巨大な
金属を引っ掻いたような不気味な鳴き声を上げながら、ゆっくりとユーリィに近づいていた。
『こやつらの名は、カルキノス。我ら【
能力を制限された状態のユーリィに、数千匹もの大量の蟹――カルキノスが迫る。
大きさこそ人間の子供程度の大きさだが、その一体一体がAランクモンスターを凌駕する強さ。
下手をすればSランクモンスターに認定されるであろう魔物の群れに、しかしユーリィは動じる事なく思案していた。
(……こいつらは何故、このタイミングでここまで大きな動きを起こした?
シテンが居ない以上、身柄の確保以外の理由がある筈だ。秘密主義だったこいつらが、急に騒ぎを起こした理由が)
以前、ミノタウロスが騒動を起こした理由を思い出す。
それはシテンとリリスの身柄の確保。そして熾天使ウリエルの発見、破壊であった。
(リヴァイアサンは迷宮の地形を操作し、辺りを水へと変えた。そして水中で集団行動が可能なカルキノス。
……火属性に対しての対策だというのなら、この
目の前の【
それらがもし、ミノタウロスと同じ動機で動いているのなら。
(火を司る最後の熾天使。――目的は、ミカエルか)
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