第155話 償いの刻
(???視点)
――夢を見た。
脳裏に焼きついてしまった、あの凄惨な光景。
既に何百年も前の出来事だというのに、時を超えて今もなお、私の身体中にドロドロ巡り続けて、こうして悪夢として現れるんです。
……最近は、見てなかったのに。
やっぱり、あの石像を見てしまったのが理由でしょうか。
『あなた達……こんな事をして、一体何を企んでいるの!』
暗く、古びた石造りの部屋。
そこには両手を鎖で繋がれ、天井から吊るされた
『おや、話していませんでしたか? 我々の目的は至極単純。あなた達天使の持つ素晴らしい力を、人類の更なる発展のために使わせていただきたいのですよ』
『だからって、こんな風にボクを囚えて無理矢理協力させる気なんだ? 残念だけど、あなた達に話すことは何もないよ』
幼い少女の見た目をした熾天使――ラファエルは、身体の自由を封じられながらも、強い意思の籠った瞳で、目の前の男を睨みつけました。
『いえいえ、あなたは何もしていただかなくて結構です。あなたの役割は、この牢屋に閉じ込められている事なのですから』
『……? 何を……』
怪訝な顔をするラファエルの前に、その男は怪しげな笑みを浮かべながら、わざとらしく部屋を見回してみせます。
暗くてよく見えませんでしたが、その石室の至る所に怪しげな器具が設置されていました。
医療用、拘束用、用途の分からないもの。多種多様なそれらの器具がラファエルの視界に映ります。
けれど、
『ッ……』
『ふふ。ようやくお気づきになりましたか? あなたの役割を』
ラファエルもその気配に気づいたのかもしれません。その美貌から血の気が引き、真っ青になっていました。
『ボクの、身体を……実験に使うつもりなのか』
『それ以外にないでしょう? あの大戦以降、天使の殆どは迷宮に埋もれ消えました。生き残った極僅かな天使、それも熾天使となれば……実験サンプルとしては完璧と言えるでしょうね』
……既にラファエルの身体は、ボロボロになっていました。
至る所に生傷が残り、未だに鮮血がぽたぽたと滴り落ちています。
熾天使が持つ六対の翼も、その半分がもがれていました。
宝石のように綺麗だったのでしょう、エメラルドグリーンの髪は血と煤で汚れ、みる影もありません。
そんな状態のラファエルに男は容赦なく、彼女に訪れる末路を突きつけます。
『天使の持つ奇跡の力。それを人類が扱えるようにスケールダウンしたものが【スキル】の力。……しかし現状の人類ではその劣化した奇跡の力ですら十全に振るう事ができません。
喜びなさい熾天使ラファエル。あなたは役目を終えてなお、人類の貢献に役立つことができるのですから』
『……人類の発展だなんて嘘っぱちだ。あなたは自分の、自分の国の利益の為だけにその技術を独占するつもりなんでしょう?』
『ふふ……さて、どうでしょうね? いずれにせよ、あなたには関係のない事です。あなたはもう二度と、日の目を見ることは叶わないのですから』
そして、男の魔手がラファエルに伸ばされます。
抗う術を持たない彼女は、それを受け入れる他ありませんでした。
『魔王の脅威が去った今、天使などもはや不要……! 世界はあるべき形に戻り、再び人類の時代が訪れる! そして奇跡の力を用いて、我が
『……断言するよ、愚かな人の王』
狂笑を浮かべる男を、ラファエルの翠色の瞳が冷たく見つめていました。
『あなたの野望は、失敗に終わる。今でなくとも、遠い未来で。きっとこの愚かな行為の代償を支払う事になる。それがあなたの国か、子孫か、それはわからないけれどね』
『ッ!?』
『ボク達の持つ力は、世界を歪ませる力だ……決して
『減らず口を……! その強がりもどこまで保つか、見ものですね!』
――意識が遠ざかっていく。
夢の深淵から、
私の意識が、ゆっくりと浮かび上がる。
……この後の結末は知っています。
王国は内乱の果てに疲弊し、国としての体裁を保つのに精一杯でした。
そしてラファエルの身は石像と化し……時を超えて、私の前に現れました。
きっと、彼女の言った刻がようやく訪れたのでしょう。
誰も、何も救われない。遥か昔に起きてしまった、世界の闇に埋もれた悲劇。
その
ずっと隠し通してきた、
伝えなければならない。彼女に……ラファエルの死によって変わってしまった、ガブリエルに。
例えどれだけ、残酷な真実であったとしても。
◆
◆
◆
(三人称視点)
「
迷宮の奥底。人間の寄り付かない暗闇の中で蛇――ヨルムンガンドは苛立ち混じりの声をあげた。
「【
その身は既に満身創痍。身体の至る所が
以前、ミノタウロス騒動の裏で暗躍していたヨルムンガンドを、ユーリィが迎撃した際に負った傷だ。
辛うじて逃げ切ることはできたが、Sランク冒険者の圧倒的な実力の前に、ヨルムンガンドも無傷では済まなかった。しばらくの間、身を隠し傷を癒す必要があった。
「けれど奴は一つ、ミスを犯した。――今シテンは、この迷宮都市にはいない。わざわざ尸解仙が奴をここから遠ざけた」
しかし。ヨルムンガンド自身が動けなくとも、彼の手駒はまだ残っている。
彼は暗闇の中でほくそ笑む。
「墓守は無敵だ。普通の人間にはどうやっても倒せやしない。……あのユニークスキルだけが例外だった。けどその例外たるシテンがいない今、墓守は動き放題という訳だ」
全身を塵にされてもなお蘇る不死性。
墓守を無敵たらしめるその能力で、蛇は次の一手を打つ。
「君も独自の
――さあリヴァイアサン。仕事の時間だ。起きたばかりの所申し訳ないが、君には大事な仕事を担ってもらおう」
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