第153話 【初代勇者の聖骸】
聖国エデンは、迷宮都市に並んで世界で二番目に栄えている国だ。
国土こそ帝国や共和国に引けを取るものの、聖教会の影響力は国境を超えて世界中に及んでいる。その総本山を一目見ようと、多くの観光客が世界中からやってくるのだ。
もっとも、イカロスの一件で聖国及び聖教会の評判は著しく悪化しているので、現在は観光客の数も少なくなっているようだが。
「――それでは、本日の観光ツアーのメインイベント! ご覧ください! あちらに見えるのが【初代勇者の聖骸】、その
僕たち三人が見つけたのは、そんな状況でも行われていた観光客向けのツアーイベントだった。
聖国の各種観光スポットを、順番に巡りながら案内してくれるというものらしい。
なのでツアーイベントに同行して、三人で気分転換がてら観光をしようという話になった。
三人で聖国の様々な観光名所を巡り、遂にこの場所に辿り着いた。
……僕の目的である【初代勇者の聖骸】が安置されているこの聖堂も、世界的に有名な観光スポットの一つだ。
女性のツアーガイドさんが、観光者向けに丁寧に説明をしてくれている。
「あちらの棺に収められている腕が見えますでしょうか? あちらがかつて女神様と共に魔王と戦い、勝利を収めたという初代勇者、その右腕だと言われています!」
……それは確かに、人間の腕だった。
白くほっそりとした、綺麗な腕だ。初代勇者は剣術を得意としていたそうだが、この細腕を見ると
数千年前の人物。その肉体の一部だというのに、その右腕は腐る事も干からびることもなく、まるで生前の姿をそっくりそのまま保っているように見えた。
「驚いている方も多いようですね。ご覧の通り、とても綺麗で細い腕をしています。魔王と戦った勇者と言われるくらいですから、ムキムキに太い腕を想像していた方も結構いらっしゃるんですよ。
初代勇者については謎が多く、名前すらも伝わっていませんが、一説には女性だったのではないかとも言われています。そう聞くと確かに女性の腕のようにも見えますね!」
「あれが、初代勇者の……」
「不思議ですね、とっても昔の人なのに、あんなに綺麗な状態で右腕が残っているだなんて!」
「……しかし、どうして右腕だけがここに置かれているのでしょうか……?」
「おや、そこのお嬢さん、とてもいい質問ですね! ではせっかくですし、もう少し詳しく説明しましょうか!」
「ひゃっ!? あ、ありがとうございます……?」
シアの零した疑問を聞き取ったガイドさんが、丁寧に聖骸について説明をしてくれる事になった。サービスの行き届いたガイドさんだ。
「何千年も前、魔王との戦いで勝利した初代勇者は、その際負った傷が原因で命を落としました。しかし死の直前、自身の肉体を人類の為に役立てて欲しいと言い残したそうです。
遺された人類はその言葉に従い、初代勇者の遺体を
「えっ……?」
「女神様から直接祝福を受けた為か、初代勇者の肉体そのものが魔を
死してなお人類の力になろうと願った初代勇者こそ、まさに
ぱちぱちぱち、とまばらな拍手が聖堂に響き渡る。
ガイドさんや話を聞いていた観光客、聖教会の関係者達のものだ。
しかし僕たちは、同じく拍手をする気分にはなれなかった。ちょうどついさっき、
「シ、シテンさん……これって、さっきのラファエルさんと……」
「うん、似ているね。
ガイドさんはあたかも美談のように語ってみせたが、果たして初代勇者は本当にそんな事を願ったのだろうか……?
……いや、今はそれを考えても、きっと答えは出ないだろう。真実はとうの昔に、初代勇者と共に
今考えるべき事は、もう一つの真実についてだ。
「ガイドさん。もっと聖骸に近づいてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ! 直接触れるのはダメですが」
「ありがとうございます」
ガイドさんの了承を得て、僕は安置されている右腕に近づく。
世界各地にばら撒かれた初代勇者の死体。数千年前と同じ姿を保ったままの、それを。
「――――――――」
……。
やっぱり、か。
師匠の言った通りだった。
聖骸は世界の主要都市に設置されているが、迷宮都市にはなぜか設置されていない。だから聖骸を見るのもこれが初めてだ。
そして聖骸を直に見なければ、この隠された真実には辿り着けなかっただろう。
「シテンさん……? どうかしたんですか?」
「ん、大丈夫だよリリス。ちょっと観察してただけ」
――師匠と初めて会ったあの日。
師匠が聖教会との交渉に力を貸してくれるその交換条件として、この初代勇者の聖骸を入手したいという話を聞いた。
その際、僕は師匠から教えてもらったのだ。聖骸と僕……いや、【解体】スキルとの関係性を。
『一度お前も見ておくといイ。もしかするとお前のユニークスキルへの理解度が、また一歩深まるかもしれないからナ』
そして、こうして直に見て僕は理解した。
バラバラに解体された死体が、長い時を経てもそのままの姿を保っている。
それこそまさしく、僕の【解体】スキルが起こす現象と全く同じものだ。
この初代勇者の遺体は、【解体】スキルによってバラバラにされ、その状態をずっと保っているのだ。
当然、僕の仕業ではない。初代勇者が没したのは数千年も前、僕なんか生まれてさえいない。
しかし【解体】スキルはユニークスキルだ。世界に同じスキルを持つ者は絶対に存在しない。ユニークスキルは、
ならば、この所業を
「やっぱり居たんだな。そこに」
――
初代勇者が生きていた当時、きっと居たのだ。
僕の前任者が、その歴史の転換点に。
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