第151話 喪われた名前


「ガブリエル!! 貴方は自分が何を言っているのか、理解しているのですか!?」


 聖教会と勇者そのものをなくし、新たな時代を作り上げると宣言したガブリエル。

 それを聞いたウリエルさんは、激昂げっこうした。


「私たちは、人間を救うために女神様に作られた存在です! 貴方の行いは、私達の存在意義に反している!! 同じ天使として、貴方の行いは到底許容できません!!」

「……。まあ、ウリエルは昔っから真面目やったからなぁ。正直こうなることは予想できとったわ。

けど、今回ばかりはウチも引き下がる気はないよ。聖教会も勇者も潰す。そしてウチら天使が人間に構わずに、平穏に暮らせる時代を作る。例えその過程で、どれだけの人間共が擦り潰されたとしても」


 二人の熾天使の衝突は、どちらも一向に引き下がる気配を見せなかった。


「理解できません……! こんな事が知れたら、女神様が黙っていませんよ!?」

「――なぁ、ウリエル。アンタ本当に気づいてないんか?」


 そして、ガブリエルは更なる衝撃的真実を、ウリエルさんに容赦無く告げた。


「ウチが聖教会を裏から操って、女神様の名を騙って勇者を生み出して、こんなに羽が真っ黒になるまで好き放題にして。

ここまでやってウチが何の裁きも受けてないの、おかしいやろ?」

「ガブリエル、な、なにを」

「鈍いアンタでも、流石に薄々察しとるやろ?

――女神様が、もうこの世におらん事に」



 かつてこの世界に魔王が現れ、魔物の軍勢を率いて地上を侵攻し始めた時。

 突如天界から女神が現れ、天使を率いて魔王と戦ったという。

 そして戦う術を持たなかった人類に勇者の力を与え、種族の垣根を超えて協力しあい、魔王を退けたのだ。


 ――天使達の多くは戦火に散り、生き残った天使や女神様は傷を癒すために、地上から姿を消したとも伝えられている。

 子供から老人まで誰でも知っている、神話時代のおとぎ話。




 その女神様が、既に死んでいる――?




「――う、そ」

「嘘やない。ウチが女神様の動向を、調べへん訳ないやろ?

――魔王との決戦の後、女神様はついぞ帰ってこなかった。

数千年掛けて調べ上げた結果が、コレや」


「そんな、筈はありません……女神様は、私たちを創造した偉大な存在です。そのお方が、魔王に敗れるなど」

「多分アンタは、最終局面の前に石化してもうたから、その場面を見てなかったんやろなあ。

けど、結果は結果や。女神様は魔王との戦いに敗れた。そして魔王と数多くの魔物、天使と共に、あの迷宮【魔王の墳墓】に沈んだんや。アンタと一緒にな」


「やめて、ガブリエル。私は」

「やめへんよ。アンタはまず、この世界の現状と真実を知らなあかん。

それに証拠はまだある。初代勇者パーティーの一員として、共に魔王と戦ったアンタなら知っとるやろ? あの魔王の恐るべき権能を」

「あ、ああぁ」




名前を喰らう権能・・・・・・・・。その力に囚われた者は、名前を失い世界から忘れ去られる」




 ――僕の脳裏に、とある光景が蘇る。

 師匠に連れられ、迷宮99階に向かった時。

 そこで僕は、神の残骸・・・・と戦った。

 意識もなく、自我もなく、只々自動的に僕を殺戮した存在。

 あれのステータスには、名前がなかった・・・・・・・




「――おかしいと思わへんかったか? この世界の存在が、誰も女神様の名前を覚えとらん事に」





 そして、聖国から遠く離れた場所。

 魔王の墳墓、その深部にて。


「ガブリエルの奴メ。旧友と再会したからか、随分とお喋りだナ」


 マジックアイテム越しにシテンとガブリエルの対談を聞いていた【尸解仙】ユーリィは、静かに呟いた。

 ガブリエルの語った内容は全て真実だ。そしてそれを、ユーリィはとうの昔に把握していた。


「シテンにまた質問攻めにされそうだナ。……私の目的・・を悟られないように、どこまで話すべきか事前に考えておくカ――」


 しかし、ユーリィの独り言はそこで止まる。

 彼女が迷宮中に貼りめぐされた感知器・・・が、とある異常を彼女に伝えたからだ。


「もう動き出したカ。想定より早い復帰だな――【墓守パンドラガーディアン】」



 そして、第二の災厄が姿を現す。

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