第149話 神話の残骸
元は美しい造形であっただろうそれは、全体の半分以上が砕かれ残骸が床に転がっていた。
膝から下は原型を留めないほど破壊され、その小さな身体はヒビ割れと穴だらけだった。
両腕は折られ、頭部は左半分を粉砕され、その瞳は光を失っていた。
おおよそ生きていたと思えないほどに、それは風化していて、摩耗していた。
――それは、天使の亡骸だった。
◆
「――――」
誰もが、言葉を失っていた。
突然ガブリエルに転移させられ、連れてこられた部屋の先で見せられた物。
そのあまりにも壮絶な有様に、誰も、何も発する事ができなかった。
「――これはタダの石像やない。肉体を石化させられた後に、砕かれた物。本物の天使の残骸や」
「な、これは……」
「シテン、そして魔女ソフィア。あんたらならよく知っとるやろ? 石化した生物が元に戻れず、その身を砕かれた場合に、どうなるか」
……当然だ。よく知っている。
僕とソフィアは、かつて連続石化事件を解決するために奔走したのだから。
一度石化してしまった生物は、自力で回復するのはほぼ不可能だ。
石像が無事ならば石化解除薬を塗る事で回復できる。だがもし、石像が既に破壊されていたならば。
……解除薬を塗っても、バラバラになった死体が出来上がるだけだ。そして、砕かれた石は二度と完全には繋がらない。
石化状態が、極めて危険性の高い状態異常として知られる
「ガ、ガブリエル……この、顔は、この石像は、まさか」
「……このちっちゃな天使はな。【ラファエル】っていう名前の天使やった。
ウチらと同じ、四人の熾天使の中の一人やった」
そしてガブリエルの次の発言で、再び僕らは衝撃を受ける。
熾天使ラファエル……あの、おとぎ話に出てくる偉大な熾天使が、目の前の残骸だというのか。
……ウリエルさんは。目に涙を浮かべて、顔を青ざめさせていた。
「……一応、聞いとくわ。
ウリエル、この子を元に戻せる? 土の元素を司るアンタなら、石化状態への対処法とか知ってるかと思って」
「――――」
ウリエルさんは、その残骸と化した石像に近づき、そっと触れた。
そして力なく、首を横に振った。
「……。私の力なら、石化を解除する事はできるでしょう。しかし、それだけです。壊れてしまった肉体までは、元には戻せない。何よりこの石像には……もう、ラファエルの魂が残っていない。
これはもう、ラファエルの姿形をした……ただの、石像です」
「……そうか。やっぱりアカンか」
そう言って肩をすくめるガブリエルも、元より期待はしていないようだった。
しかしその声色には、悲嘆の感情を隠しきれないでいた。まるで人間と同じように。
「手は、尽くしたんやけどな。迷宮の出土品を試したり、聖女の素質持ちを世界中からかき集めてみたり、新しい石化解除薬を試してみたり」
「……え」
「大っぴらに魔女を名乗る錬金術師……魔女ソフィアの話は、前々から聖教会に伝わってたんよ。結構前から監視されとったで? 知ってた?」
ソフィアが驚いた声を漏らした。
僕もそうだが、全然気づいていなかったらしい。でも聖教会は魔女を敵視しているようだし、監視の対象になっても不思議ではないのか。
「もちろん、その監視対象が石化解除薬を開発した話もすぐに伝わった。だからウチは真っ先に聖騎士団を使って、その薬を買いに行かせた。あ、さっきのイカついおっさんがそうやで?」
……もしかして、さっき出迎えてくれた騎士団長のラトムさんの事か?
いや、待て。確かにあの低い声には、聞き覚えがあるような気がしたが……
一番最初に石化解除薬を買いにきた男。まさかあれが、ラトムさんだったというのか?
「もし薬が偽物なら
「し、知らない所で結構ピンチだったの、私……?」
「けど別の要因でその石化解除薬も、ラファエルには効かへんかった。多分、もう魂が抜けてしもてたからやろなぁ。もう石化した生物やなくて、ただの石塊になってたんや」
「なぜですか……どうしてラファエルがこんな目に!? 私が居ない間、貴方達に何があったというのですか!!?」
そして、堪えきれないというように叫んだのはウリエルさんだった。
無理もない。面識のない僕たちですら、目の前の光景にはショックを受けているのだ。
同胞であるウリエルさんが受けた衝撃は、計り知れないだろう。
「ウチはな。魔王との大戦の後、傷ついた身体を癒すためにしばらく、身を隠して眠りについたんや。ウリエルとミカエル――残りの熾天使は、魔王との戦いから帰ってけーへんかったからな。残された最後の熾天使、ラファエルがその間、人間達を導く役割を果たす事になったんや」
ウリエルさんとは対照的に、静かな声色で話し始めるガブリエル。
ラファエルの石像は、既に艶色を失い薄汚れていた。
しかしその子供と見紛う程の小さな体躯で、彼女は熾天使としての役割を果たしたのだろう。
「ちっちゃくて可愛い、素直なええ子やった。熾天使の中では一番の
「――――」
「ウチも、妹のように可愛がってたわ……けれど、ラファエルは。
ラファエルは、人間に殺されたんや」
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