第148話 ガブリエルとの交渉


「聖剣ダーインスレイヴを……?」


 ガブリエルさんの提案は、僕にとっては予想外のものであった。

 聖剣は確かに僕が持っている。しかしそれを扱えるのは勇者だけ。現代の勇者であるイカロスがいなければ、無用の長物なのだ。

 そしてあいつらは今、大量の探索者を犠牲にした罪で探索者ギルドに拘束されている。


 しかしガブリエルさんは、イカロス達については何ら言及をしなかった。

 まるで聖剣以外は・・・・・どうでもいい・・・・・・、と言っているように、僕には聞こえた。


「ん、どしたん? 何か言いたいことがありそうな顔やね」

「……。聖剣の返却を要求してくるのは予想していました。でも、一緒に勇者イカロス達へも言及すると思っていたんです。けれど今の口ぶりでは、彼らの身柄はどうでもいいと言っているように聞こえたので」


「まあぶっちゃけその通りやね。アレ・・はもうどうでもいい。勇者なんかより、聖剣の方がよっぽど大事やねん」


 は……?


「勇者イカロスの役目は終わり。ウチはもう、あのアホに興味はない。今のウチが欲しいのは聖剣、正確にはそこに蓄えられた莫大な魔力・・・・・や」

「イカロスの役目が、終わり……? 聖剣の魔力……?」


 ダメだ、何を言っているのか理解できない。

 この熾天使は、一体何を考えている?


「……聖剣の魔力が目的と言いましたが。それを回収して、何をするつもりなんですか」

「そこまで話す義理はないなぁ。味方ならともかく、聖教会ウチシテン一行あんたらは現状敵対関係やろ?

まあでも、世界平和のため・・・・・・・、とだけはゆうとくわ」


 ……胡散臭い。

 この熾天使、本当に人類の味方なのか?

 あの勇者イカロスを肩押ししておいて、いざとなったら切り捨てる。

 あまりに身勝手な考えだ。今日こんにちの聖教会の発展は、歴代の勇者達が命を掛けて迷宮を攻略してきたからだろう?

 イカロスはどうしようもないクソ野郎だったが、それでも勇者の存在自体を慕う人々は沢山いる。それを裏切るような真似をするこの熾天使は、どうにも胡散臭いのだ。

 本当に、何を考えて行動している?


「……納得いってない、って顔やね。ま、こっち側の事情をなんも話してないし、怪しまれるのもしゃーないか」

「……勇者の役割が終わったというのは、どういう意味ですか。聖教会にとって、勇者は大事な存在じゃなかったんですか? あのイカロスを祭り上げるくらいには」

「――。うーん、そやね。そのくらいなら話してもええか。“元”勇者パーティーの一員であり、被害者でもあるシテンあんたには、知る権利があるやろうし」


 そう言ってガブリエルさん――いや、ガブリエルは、口の端を釣り上げて笑みを浮かべた。

 人間には真似できないような、酷薄な笑みに見えた。




「そもそもあのアホイカロスを勇者に任命したんは、ウチや。

ウチは啓示けいじの熾天使。あのアホの夢の中に降り立って【勇者】のスキルを授けるのも、ウチにとっては簡単な話やった」

「――ガブリエル!? それは女神様の役割・・・・・・でしょう!? なぜあなたが、勇者任命という大事な役割を代行しているのです!?」

「あーそこは後で話すわ、だからウリエル、今は黙って聞いといて?

……で、ウチはあのアホを焚き付けて勇者にしたてあげたワケや。どんな奴でも【勇者】のスキルを持っとったら、勇者として認められるからな」


 まるで、イカロスを使い捨ての道具としか見ていないような発言。

 イカロスの事は無論嫌いだが、それでもそれを仕立て上げた目の前の存在は、より醜い存在のように見えた。


「……なら、なんでわざわざイカロスを勇者にしたんだ」

「今代の勇者には、これまでとは違う役割を果たしてもらわなあかんかった。

一つが、聖剣ダーインスレイヴに魔力を集める事。もう一つが、聖教会の権威を貶めてもらうこと」

「――!??」


 は? 権威を貶める?

 そりゃ、イカロスの所業で今の聖教会は、かつてないほど評判が悪化しているけど――まさか!?


「イカロスが大量の犠牲者を出すのも、織り込み済みだったっていうのか!?」

「そこまでは言わんよ。なんか大問題起こしてくれへんかなーって、密かに期待してただけや。……聖剣の魔力は勝手に使うわ、ウチの忠告も無視するわ、探索者を囮にして逃げ出すわ、正直あそこまで酷いとは思わんかったけどな?」


 そう言って、ガブリエルは苦笑してみせる。

 ……なんだこいつは。何を考えているんだ。全く理解できない。


「けどあのアホは、ウチが期待してた役割はちゃんと果たしてくれた。

――だからもう、用済み・・・や。これ以上はもう、あの勇者は必要ない」

「な、んで」

「――ガブリエルッ!!」


 ガブリエルの意味不明な言動に、困惑していた僕を庇って。

 激昂の叫び声を上げたのは、ウリエルさんだった。


「貴方は――自分が何を言っているのが、わかっているんですか!?

私はこの時代にまだ疎いですが、それでも貴方の思考が異常な事くらいはわかります!

勇者とは人々の希望を背負って、魔王とその僕に立ち向かう存在! それを己が目的のために存在意義を歪め、あまつさえ使い捨てにするなど!!」

「――――」


 ……一瞬、ガブリエルが目を伏せた。ように見えた。

 少なくとも、彼女はウリエルの事は、大切な存在として扱っているようだった。


「……貴方は、そんな考えをする存在ではなかったはずです。かつて貴方と共に戦った、私にはわかります。

私が居ない数千年の間、貴方に一体何があったのですか……? どうして貴方は、こんな事を……」


 ……そうだ。目的がわからないのだ。

 聖教会の権威を貶めるということは、ガブリエルにとっては自分の首を絞めるようなもの。一体なぜ、そんな真似を?


「……。やっぱり、見せたほうが早いやろな」


 ふと、ガブリエルが動き出した。

 室内の空気と共に魔力が乱れる。先ほどの転移魔法だろうか?


「ガブリエル……?」

「説明したるから、ついてき。特にウリエル、あんたには知っといてもらいたいからな」


 そして、再び室内は光に包まれた。



 ――そして僕らは、それ・・に出会ってしまった。

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