第147話 熾天使ガブリエル


「――ガブリエルっ!?? 貴方、生きていたのですか!?」


 熾天使してんしを名乗る女性の突然の登場。

 硬直する僕たちの中で、真っ先に反応したのはウリエルさんだった。


「おー、久しぶりやなぁウリエル。会いたかったでー」

「そ、そんな軽いノリで……いえ、こうして再会できたのは何よりですが! しかしなぜ貴女が此処に、このタイミングで!? 聖教会の支配者とは、どういう……」

「ちょいちょいちょい、そんないっぺんに質問せんといて? 慌てんでもたっぷり時間は用意しとるから、後でゆっくり話しよっか」


 ……ウリエルさんの様子を見るに、彼女は本物の熾天使ガブリエルなのか?

 神話やお伽話にも登場し、勇者を任命する天使・・・・・・・・・とも言われている、あの……?


「……ガブリエル様」

「お、そうやね。このまま教皇の間で会話するのも肩張って疲れるやろし。ウチの自室にご招待しよか。そこなら万が一にも、会話の内容も漏れんしな」


 聖騎士団長、ラトムさんが促すと、ガブリエルさんは頷いた。

 そして次の瞬間、僕たちを囲むように巨大な魔法陣が現れる。

 素人の僕でもわかる、高度で精密な魔法陣だ。それを大した動きモーションもなく発動させた……やはり、本物なのか。


「んじゃお疲れさん、ラトム、ハウネス。もう元の仕事に戻ってくれてええよ、後はウチが相手するから――」


 そんな言葉を最後に、僕の視界は白い光に包まれ――


 次の瞬間には、さっきまで居た教皇の間とは別の光景が広がっていた。



 自室、と言うにはいささか殺風景な部屋だった。

 窓はおろか、扉すらもない完全な密室。魔法や魔術による転移でしか入れないようになっているのだろう。

 古びたテーブルと椅子以外、目ぼしい家具も置かれていない。


「ようこそ、ガブリエルちゃんの自室へ。他人を招待する機会なんて滅多にないんやで? 聖教会の中でも、この部屋とウチの存在を知っとるんは極々一部や」

「転移魔術……いや、魔法? 複数人を一瞬で、しかもあんな短い所作モーションでなんて……」

「お、さっすが魔女。今の一瞬でわかっちゃうかー」


 天の使いであるにもかかわらず、魔女であるソフィアに気さくに話しかけるその様子に、逆にソフィアの方がたじろいでいた。

 ……なんなんだろう、この人。ガブリエルさんのスタンスが、よくわからない。


「ガブリエル……本当に、貴方なのですね。まさかこんな形で再会するとは、思ってもいませんでした」

「……こっちのセリフや、ウリエル。迷宮のどこかに埋もれたアンタを探すのに、何百年もの時間を掛けたんやで? まさかこのタイミングで再会できるなんて、ウチもびっくり仰天や」


 そして、ガブリエルさんはウリエルさんを、正面から優しく抱きしめた。


「ほんまに……生きてて良かったわ」

「……ええ、貴方も」


 ……かつての大戦で生き別れた熾天使が、再会を祝って抱き合う光景。

 大衆に知られれば、歴史の一ページに刻まれてもおかしくない出来事だろう。

 ガブリエルさんのその声と表情からは、本気でウリエルさんとの再会を喜んでいるように、僕には見えた。


「……さて、再会の挨拶はこのくらいにして。そろそろ本題に入るとしよか。――探索者シテン。あんたもウチに色々と言いたい事があるんやろ?」


 その黄昏色の眼差しが、僕を真っ直ぐに捉えている。

 僕は頷く。彼女が、熾天使ガブリエルこそが、おそらくこの聖教会の中心にいる存在なのだろう。

 ならば僕は熾天使に、交渉を持ち掛けなければならない。

 聖教会からの干渉を退けるために、家族の身を守るために。


「探索者シテン。ウリエルを助けてくれた事には、ホンマに感謝してる。ありがとう」

「……えっ? あ、はい。どうも」

「けど、今からする話はそれとこれとは話が別や。さっきも言ったけど、今のウチはこの聖教会の実権を握っとる。教皇よりも上の立場、実質的なトップや。そして立場上、ウチはアンタに交渉を持ち掛けへんとあかん」


 そしてガブリエルさんは、驚きの取引内容を僕に告げた。




「探索者シテンと聖女シア。そしてその周辺の人物には危害を加えない。……代わりに、聖剣ダーインスレイヴを返してもらう」


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