第145話 揺れる馬車の中で


(一人称視点)


「しぬかとおもった。いやもうしんだ」

「シテンさん、しっかりして下さい! お水ありますから!」


 エデン聖国へ向かう馬車に何とか辿り着いた僕は、中に転がり込むや否や疲労困憊で倒れ込んでしまった。

 シアが膝枕で介抱してくれている。ああ、お水が美味しい……


「シテン、怪我はない? 一応回復薬とか持ってきてるけど」

「ありがとうソフィア、僕は大丈夫。疲労が溜まってるだけだから。……それよりも」


 特製仕様という事で、ウリエルさんが乗れるくらいの広々とした馬車。

 その車内に、いつもと違う装いを纏ったソフィアが座っていた。

 魔女の格好ではない。黒を基調としたお洒落なレースだ。

 初めて見る格好だが、もしかして私服なのだろうか? ソフィアみたいな美人が着るとまるでお出かけ中のお嬢様みたいに見える。


「……ソフィア、本当についてくる気なの? 知ってると思うけど、聖国は魔女をうとんでる。もしも魔女だってバレたら捕まる危険性だってあるよ?」

「重々承知よ。それでもついてく。……私よりももっと危険な立場にいるシアやリリスちゃんが、勇気を振り絞って聖国へ行くっていうのに、黙って私がお留守番できる訳ないでしょう?」


 ……仲間想いのソフィアらしい理由だ。

 でも気持ちはわかる。僕だって逆の立場なら、同じ行動をしていただろうし。

それに。


「聖教会といえども、私がいるうちはソフィアさんに手出しはさせません。ソフィアさんは私の大切な友人ですので。もちろん、シアさんとリリスさんも含めて」

「えへへ、ウリエルさんにそう言ってもらえると、すっごく頼もしいです!」


 今回はウリエルさんが味方してくれている。

 ウリエルさんを始めとした四人の熾天使は、かつて女神と勇者と共に、魔王と戦い続けた本物の戦士でもある。

 魔王との戦いから数千年が経った聖教会においても、その影響力は計り知れない。信徒でもない僕がでも知ってるくらい、熾天使の名前は有名だ。

 そのウリエルさんが味方してくれる限り、僕らの安全はほぼ確保されていると言ってもいいだろう。


『――クク。そう心配する必要もなイ。迷宮都市と比べれば、聖教会の抱える戦力などたかが知れていル。ウリエルに加えてこの私が居るんだ、向こうも下手な手出しはできないサ』

「師匠、戻ってきたんですか」


【狂犬】クララさんとの戦いに集中していたのか、しばらく何の反応もなかったマジックアイテムから、久しぶりに師匠の声が聞こえた。


『ああ、こちらは片付いタ。もう追手の心配はしなくていイ。あとはゆっくり聖国に向かって、我々の目的を果たすだけダ』


 ……まあ、確かに師匠の言う通り。

 エデン聖国が、迷宮都市を上回る戦力を持っているとは正直思えない。

 聖国の誇る七聖女の一人、ルチア。そして迷宮都市が誇る最大戦力、Sランク探索者。

 この両方と対峙した僕だからこそ分かる。単純戦力でいえば、聖国の戦力は迷宮都市に数段劣る。

 さっきの戦いだって、師匠は最後まで本気を出していないように見えた。実力が底知れない今の段階でコレなのだから、師匠が本気になれば聖国くらい、本当に一人で潰せるんじゃないかと考えてしまう程だ。


 ……だからこそ今回の師匠の目的には、不可解な点が残るのだが。

 自力でなんでもできそうな師匠が、どうして僕らの助力を得た上でわざわざ、勇者の聖骸・・・・・なんかを求めるのだろうか……?


「……師匠がそういうなら信じますけど。でもああいうのはホント勘弁してくださいよ。僕の命が幾つあっても足りません」

『命の数など問題ではなイ。私の手に掛かれば幾らでも増やせるのだからナ? むしろ甲斐甲斐しく弟子を世話する師匠として、感謝してほしいくらいダ』

「はいはい……」


 そんな取り止めのない会話をしつつも、馬車は聖国へと向かっていく。

 束の間の休息。聖国で何が起こっても対応できるように、僕はゆっくりと体を休める。




 ……やがて、僕たちはエデン聖国、首都バビロンへと辿り着いた。


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