第138話 いざ聖都へ
聖国、正式名称エデン聖国――その首都、バビロン。
迷宮都市から北東にそびえる、女神を信奉する聖教会の本拠地。
その歴史は古く、かつての魔王と女神との戦いが終結した後、女神の指示のもと生き残った人類と天使が協力して築き上げたという。
迷宮都市ネクリアができるまでは、バビロンこそが世界で最も栄えた都市であり、世界の中心でもあった。
それは戦争で疲弊した人類の安息の地になりえたことも理由の一つだが、他にも理由はある。
聖教会がこの世界で成し得た二つの大偉業――魔王の撃退。そして言語統一塔、バベルの建設。
バビロンの中央にそびえるその巨塔は、雲に届くほどの高さで、世界中に【スキル】の力を届けているのだという。
十三歳ごろになると人間はバベルに無意識的に接続され、スキルの力に目覚める。そして副産物として、言語の自動翻訳が行われるのだ。
例え常人には理解できない言語であったとしても、それに確固とした意思が込められていれば、自動的に翻訳されて相手にその意思が伝わるのだ(ただし、読み書きはまた別である)。
迷宮都市には世界中から様々な種族や人種が集まってくるが、言葉を介したコミュニケーションに不便しないのはこのバベルによる恩恵が大きい。
余談だが、記憶喪失であるソフィアが会話によるコミュニケーションを行えているのバベルのお陰である。もし言語統一塔がなければ、彼女は誰とも会話ができず孤立していただろう。
全盛期が過ぎた今でもこの二つの偉業、そして勇者の輩出による聖国の影響力は非常に大きい。
迷宮都市であってもその存在は無視できず、現在は聖国と提携体制をとっている。
数十年に一度女神によって勇者が選ばれれば、迷宮に潜り魔王討伐を目指すという習わしなのだ。
数千年の長い歴史の中で何人もの勇者が【魔王の墳墓】を訪れ、時には勝者として栄光を手にし、時には敗者として迷宮に散っていった。
その戦いの歴史は今でも迷宮都市に語り継がれ、冒険者の中には勇者の熱心なファンも多い。
……だが。此度任命された勇者、イカロスによる暴虐。
それは迷宮都市と聖教会の信頼関係を揺るがすほどの大事件であり、冒険者の中にも聖教会の体制を疑問視する声が大きくなりつつあった。
長い歴史の中で、
この状況がある一人の人物によって、意図的に起こされたものであると知る者は、この時点では極僅かだった。
そして不安と野望の渦巻く聖都バビロンへ、シテンとその一行は足を踏み入れようとしていた。
◆
(一人称視点)
き、気持ち悪い……頭がまだクラクラする……
「こ、これが……迷宮の外。地上の世界……」
手を繋いだリリスが、感極まったような声を溢している。
けど申し訳ない。今の僕には、それに構ってあげられるほどの余裕がない。
「あの光っているのが太陽で、上一面に広がる青いのが空……! あ、あのふわふわした白いのは雲ですか!?」
「その通りよ。ここが私達人類の住まう世界……迷宮都市ネクリアよ」
「凄い……! やっぱり本で知るのと実際に目にするのとでは、実感が全然違います!! 空気も綺麗で美味しい!」
隣でテンション爆上がりしているリリスは、初めて見る地上の光景に大興奮だ。
気持ちは分かる。分かるんだけど……手を繋いだままぶんぶん飛び跳ねるものだから、視界が揺れてまた気持ち悪くなってくる。
「……ウン、ヨカッタネ」
「はいっ! これもシテンさんのお陰ですっ!! まさか【解体】スキルにこんな使い道があったなんて、気づきませんでした!」
僕とリリス、ソフィア、シア、ウリエルさんは今、迷宮の出入り口、転送門の地上側にいる。
先日語った通り、今のリリスは僕の【解体】スキルの影響で肉体を維持した状態だ。
普段から魔物の死体を解体して外に持ち出しているのだから、その延長線上と考えれば大したことはない。生きているか死んでいるかの違いだけだ。
もちろんこの裏技を使うためにはリリスに【解体】スキルを使う必要があるので、ほんの少しだけ……目立たない背中の部分に、目を凝らさないと見えない程度の傷を付けさせてもらった。
僕が意識を失っても維持されるように設定したので、今後僕がスキルを解除しない限り、リリスはいつでも地上に出てこれるようになる。
……なお、それが冒険者ギルドに認められるかどうかは、また別の話である。
「……その、シテンさん。ユーリィさんと修行していたみたいですが……大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
「ありがとう、シア……なんとか動けるくらいには回復したから。行きの馬車の中で休めば、だいぶマシになると思う」
「……貴方がここまで疲弊するとは。ユーリィさんの修行とはよほどハードなものだったのでしょうか?」
ウリエルさんが首を傾げたが、正直ハードなんてものじゃなかった。
いきなり迷宮の超深層、最前線にぶち込まれて、訳のわからない存在と無理やり戦わされて、挙句に殺されて……
そりゃ強くなるためにはどんな修行も受け入れる覚悟だったけれど、まさか本当に死ぬ羽目になるとは思っていなかった。
生死の境を文字通り行ったり来たりして、Sランク冒険者の規格外振りを見せつけられて、何度も価値観が破壊されて……今の僕は肉体的にも精神的にも、疲労がピークに達している。
結局死んでる時以外、一睡もさせてもらえなかったし。死亡中が休憩時間ってどういうことだよ。
『まあ、一日にも満たない時間で最低限の事を叩き込むとなると、これくらい無茶なやり方でないと間に合わなかったからナ。毎回こんな感じではないから安心しロ』
面白がるように声を出したのは、相変わらずマジックアイテムから遠隔で声を出している師匠……ユーリィさんだった。
今回は本人が同行するわけではなく、このマジックアイテム越しに動向を伺うらしい。
それでも護衛には十分だ、とは本人の談だけれど。
「ほんとに勘弁してくださいよ、
『毎日はしない、私も疲れるからナ。まあ精々週五程度だナ』
「週五!?」
そんな常識離れした会話を師匠と繰り広げていると。
「おっとお待ちを、そこの聖国行きの一行。ここを通りたければ、この番犬を倒してからにしてくださいよ?」
と、何やら聞き覚えのある、できれば聞きたくなかった人の声が届いてきた。
◆◆◆
テンポ優先で今は修行シーンカットしましたが、後々書きます。たぶん。
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