第137話 出立前夜


『聖教会が抱える、シアを除いた七人の聖女。その中にフィデスという、【自由の聖女】と呼ばれているガキがいル』


 ユーリィさんは一切の澱みなく、僕たちに聖国へ行くべき理由を述べる。

 まるで……予め台本を用意でもしてきたみたいだ。こうなることがわかっていた様に。


『奴の持つスキルは【施解錠マスターキー】。本来は鍵や宝箱の開閉を行うスキルだが、聖女の力でその対象と解釈は拡大されていル。その力を使い、リリスの【墓守パンドラガーディアン】の器としての機能を封じル』


「鍵を閉めるというよりは、封印みたいなものかな」


『その認識で相違なイ。何かを封じたり解放したりするのに、アレほどの適任はいないだろウ。そこのウリエル解呪にも一役買ったと聞いたナ』


「……ええ。確かに一度、私は彼女と会っています」


 【自由の聖女】の名は聞いたことがある。どんな封印や呪縛も解除して、自由を与えることからついたあだ名。

 ……ウリエルの解呪にも関わったということは、聖教会から派遣された聖女というのは彼女のことだったのか。


『シテンの持つ聖剣を取引材料に、フィデスにリリスへの封印処理を要求すル。同時にシアの聖女としての扱いと、勇者が起こしたトラブルへの責任も問い詰めてやろウ。そして並行して私とシテンの、それぞれの用事を済ませル』


「……それぞれの用事?」


『クク、それは向こうについてからのお楽しみダ。あまり期待させてしまうのも悪いだろうからナ』


「……?」


 ……確かに、僕とユーリィさんの用事は、今みんなに話しても仕方がないだろう。不確定な要素も多いし、リリスの件で混乱しているところにさらなる火種を投じたくはない。

 けれど、もしユーリィさんに聞かされた話が真実ならば……僕はこの【解体】スキルを、更なる次元へと進化させられるかもしれない。


『さテ。語るべきことはおおよそ語ったかナ? 何か質問はあるかネ? まぁ、答えられない内容もあるガ』


「……あの、私は結局どうすれば良いのでしょうか? ここでフィデスさんが来るまで留守番でしょうか」


 おずおずと手を上げて訪ねたのはリリスだった。

 そうか、まだあの話をしていなかった。


『ああ、話していなかったカ? お前にも聖国行きには同行してもらウ。シテンの力を使えば・・・・・・・・・お前は迷宮の外に・・・・・・・・出られるのだからな・・・・・・・・・


「……へっ!!?」


 その言葉を聞いたリリスから、今日一番の驚愕の声が上がった。


「黙っててごめん……でも本当の話だよ。リリスに【解体】スキルを使えば、迷宮の外に出ても肉体が崩壊せずに外に出られる。クリオプレケスを生捕りにしたのと同じ原理でね」


 僕の解体スキルには『対象の性質を維持する』という能力がある。

 解体した相手の再生スキルを無効化するのも、バラした死体が消えないのもこの能力のお陰だ。いわば裏技のようなもの。

 それを応用すれば、魔物の肉体を生きたまま維持することも可能だ。僕がスキルを解除しない限り、迷宮の外であっても活動ができる。【墓守パンドラガーディアン】はこの裏技を使って迷宮の外にでるために、僕の身柄を狙っていたらしい。


「魔物が迷宮の外に出るなんて、前代未聞の事だから……クリオプレケス生捕りの件はともかく僕の勝手な判断でリリスを外に出すわけにはいかなかったんだ。だからあえて黙ってた。ごめんねリリス」


『その判断は正解だったナ。仮にギルドの許可を得ずリリスを外につれだしていたら、真っ先にお前ごと処分されていただろウ。……まあ【墓守パンドラガーディアン】の危険性が浮き彫りになった今なら、事情を説明すれば許可は降りるだろウ。リリスが奴らのてに渡れば最悪、【墓守パンドラガーディアン】が一体増える事になるからナ』



 さらっと怖いこと言わないでほしい。



『安心しロ。ギルドへの説得と許可は私が請け負ってやル。こういう時こそSランク冒険者の権力を活かす時だからな……クク』


「じゃ、じゃあ私、迷宮の外に出られるんですね!? ずっと本の中でしか見れなかった、地上の景色が見られるんですね!? 私すごく楽しみです!!」


 さっきまでの怯えた様子はどこへやら、意地の悪い笑みを浮かべるユーリィさんとは対照的に、地上に出られると聞いてテンションが上がりまくりのリリス。

 ……一生迷宮の中で過ごすと思っていた所を、地上に出してもらえると聞いたんだ。興奮しても仕方のないことだろう。


『他に聞きたいことはないカ? 特にウリエル。現在の聖国の状況について、聞きたいことが山ほどあるんじゃないカ?』


 指摘されたウリエルさんは、しかしゆるゆると首を振った。


「確かにその通りですが……今はあえて、聞かない事にします。私がこの目で直に見て、その在り方を判断する事にしましょう。故に、余計な事前情報は不要です」


『……フン。そうカ。まあ……それがウリエルの選択なら、私からは何も言うまイ。だが、覚悟はしておけ・・・・・・・ヨ』


 そう意味深な言葉を残して……ユーリィさんからの説明会は、一旦お開きになったのだった。




『ああそうだっタ。もう一つ確認があったナ。シア、お前の話はもう誰かに話したのカ?』


「え?」


 話が終わったと思いきや、ユーリィさんがシアに問いかけた。


「……はい。シテンさんとソフィアさんには、私の出自は話しました」


『クク、そうか、そうカ。……ならその話を、お前は聖国でも話すつもりカ?』


「はい、そのつもりです」


「え……? 二人ともどういう関係なの?」


 確かに僕は入院中、ソフィアと共にシアの過去の話を聞かされているけれど……その口ぶりだと、ユーリィさんも知っているのか?


「その、ユーリィさんには一度、個人的にお世話になったことがあるんです。その時に私の出自を、少し」


『安心しろ、お前の話は誰にも漏らしていなイ。私は顧客のプライバシーは守る主義なんダ』


「顧客……?」


 何かの取引でもしたんだろうか?

 僕、シアとユーリィさんに面識があったなんて初耳なんだけど。


「その、私が迷宮都市に来た時に、ちょっと」


『その話は今はいいだろウ。どうせ明日には明らかになる事ダ。シテン、お前にはそんな話を聴いている猶予はないゾ?』


「……え? どういう事ですか?」


修行・・に決まっているだろウ。取引が成立した以上、お前は私の弟子ダ。そして弟子にしたからには、中途半端な育成をするつもりもなイ。今から付き合エ。迷宮に潜るゾ』


「えっ、今から!!?」


 いくらなんでも急すぎる!

 明日聖国に行くって決まったばかりだぞ!?


『こうしている間にも【墓守パンドラガーディアン】は次の手を打っている。お前が考えるほど、残された時間は多くはないのサ。一日の時間すら惜しい故、今から修行開始ダ。今夜は寝れると思うなヨ?』



「え、えええええぇぇぇ!!!?」




 こうして僕は、新たに師匠を得て……そのまま迷宮の深層へ連れて行かれ、超スパルタな修行を受けることになった……




 そして翌日。

 僕らは聖教会の本拠地に向けて、迷宮都市ネクリアを旅立った。


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